昇級試験2
「それではこれから天野リリスさんの補修実技試験を始めます」
イスから立ち上がった男の先生が私の方へ歩いてくる。
10人いる中でひときわキツイ顔をしているその人こそ、今回の補修実技試験の提案者、アーロン先生だ。
生徒の間からも厳しすぎると恐れられていて、成績の悪い生徒は容赦なく切り捨てる。
そのくせ顔だけは良いため女子の間からは大人気だ。私は苦手だけど……。
「天野さん。試験内容は分かっていると思いますが、もう一度説明をさせてもらいます」
先生は私と一切目を合わせず横を通り抜け、窓際まで歩いていった。
「こちらを向きなさい」
鋭い声に慌てて窓側へ向きを変える。
先生の顔に表情はなく、ツーブロックの金髪は夕日で照らされ燃えるように輝いている。
「試験は全部で三つあります。一つは変身魔法。魔法で天野さん自らの姿を『馬』に変えてもらいます。二つ目は召喚魔法。何を召喚しても自由です。一番召喚しやすい精霊や妖精を召喚してください」
ん? ってことは悪魔を召喚すれば……。
「分かっていると思いますが悪魔を召喚したら即刻退学です」
駄目だった!
「三つ目は炎の魔法。ここに置いてある蝋燭に火を付けてください」
先生は窓際の机を指さした。蝋燭の立った皿がのせてある。
「では自分のタイミングで始めなさい」
そう言ってアーロン先生は窓際の黒板側へ移動していった。
夕日色の窓に写る私の目下には、マジックで塗ったかのようなクマがある。今日まで3日間寝ずに実技の練習を続けてきた。
なんとかして学園に残りたい。負けたくない。馬鹿にしてきた同級生たちを見返したい。その負けん気をバネに特訓を重ねてきた。
結果、一切何もできるようにはなっていない。
正直逃げようかとも思った。
それでも私の足がこの試験会場へ向いたのは多分ヤケクソだったからだ。
足が震える。先生たちからも分かるくらいに激しく震えている。
動悸は早まり、呼吸も短く荒くなってきた。
成功するイメージが全く湧かないかわりに失敗するイメージは鮮明に思い描ける。
――空を切る私の魔法の杖。だけど何も起きなくて、先生たちからため息と嘲りの声が聞こえる――そんな光景。
絶対無理だ。出来っこない。練習で出来なかったことが本番で出来るわけがない。
ああ。みんなから何て言われるかなあ。
「結局最初から無理だった」
「才能の無い奴が調子に乗るから」
「1年を無駄にするくらいなら最初から入学しなければ良かったのに」
とか? はは。言われそー。
ボンヤリと窓に写る自分の姿を見ていた私は、ふと左手の手首に光るものを見つける。
それは親友のルーシーが作ってくれたブレスレットだった。ルーシーは魔法を使うのが苦手だったけれど、誰にでも優しい、笑顔の可愛い女の子だった。一緒に頑張り、励まし合い、笑いあった、たった一人の私の親友。でも既に彼女はこの学園にいない。親の経済的な都合で、この学園を出て行かざるを得なくなったのだ。
「リリス。私の分まで立派な魔女になってね。リリスは強い子だから絶対良い魔女になれるよ!」
涙を流す彼女はそう言って、金色の丁寧な刺繍の施されたブレスレットをくれたんだ。思わず涙があふれてきて、ブレスレットを固く握りしめる。そうだ。なんで忘れていたんだろう。
同級生を見返すためにこの学園に入ったわけじゃない。父さんみたいに優しくて強くて、みんなを助ける魔法使いになりたいと思ってこの学園を志したんだ。私は、なる。立派な魔法使いになってみせる。自分のために、父さん母さんのために、そして何よりルーシーのために!!! 私は絶対にこの試験に受かってみせる!!!
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