ゆうれいバス (童話18)
おばあちゃんは電話を切ると、テレビをみていたボクに声をかけた。
「あっちのバス停まで、おかあさんが迎えに来てくれるってよ。ちょっと早いけど、そろそろ出ような」
最終バスまで二十分以上ある。
「早すぎるんじゃない?」
「ちかごろ、時刻表どおりにこんのよ。最終に間に合わんかったらどうするんや」
おばあちゃんにせかされて立ち上がった。
最終バスで帰るのは初めてなので、バス停まで送ってもらうことになっていたのだ。
夜の田舎道。
バス停までほとんど車を見かけなかった。
「雨が降り出しそうやな。ちゃんと向こうで降りられるか?」
「だいじょうぶだよ」
「来週になったらな、おかあさんがこっちに来る用があるそうや。そんとき、またいっしょにおいで」
「うん、また来るね」
おしゃべりをしていると、闇の通りにヘッドライトの明かりが近づいてきた。
「ほら、早目に出てきてよかったやろ」
「ほんと、時刻表よりだいぶ早いね」
バスが止まり乗降ドアをあける。
この停留所からの乗客はボク一人だった。
バスが発進する。
十人ほどの客が乗っていた。
ボクはおばあさんの前の席に座った。
車内がやけにうす暗い。おまけに電灯は、ゆれるたびにチカチカと点滅する。
バスが山あいを走り始めた。
うしろの席で、あかちゃんのぐずる声と、それをあやす母親の声が聞こえる。ときおり前方から、おじいさんのせきばらいもしていた。
ボクは外の景色と、窓ガラスに映ったバスの中をかわるがわる見ていた。ガラスに映る通路をはさんだ席には、花柄の服を着た若い女の人が座っている。
夜のバスは乗せる人も降ろす人もなかった。
窓ガラスにポツポツと水滴がつく。
雨が降り始めたのだ。
雨がしだいに強くなる。
ボクは窓ガラスを流れ伝う雨だれを見ていた。
あきることなく見ていた。
ふと、おかしなことに気がついた。
花柄の服を着た女の人がいない。
映っていた窓ガラスから、いつかしら消えていたのだ。バスは止まっていないはずなのに……。
ボクはバスの中を見まわした。
やはりどの席にもいない。
――えっ?
おばあさんもいない。
いつのまにか消えていた。ついさっきまで、すぐうしろの席にいたのに……。
バスの中は、あかちゃんと母親、おじいさん、ボクの四人だけになっていた。
ボクが乗ったときの半分以下だ。
そのうち……。
あかちゃんの声がしなくなる。
ふり返ると、やはりあの親子づれはいなくなっていた。さらに、おじいさんまでも消えていた。
――いつ降りたんだろう?
ボクは眠ってなんかいない。通路を通ったなら気づいてもいいはずだ。
それにバスは一度も止まっていない。
いそいで運転席に行った。
――あっ!
ボクは、そこで立ちすくんでしまった。
なんと運転席がからっぽなのだ。
あわてて外を見ると、バスは山と谷の間のカーブを走っていた。
バスはまっすぐ進んでいる。
それからすぐに電灯が消え、バスの中がまっ暗になった。
ボクは物音で気がついた。
丸い明かりの輪が近づいてくる。
「おお、いたいた。奥さん、いましたよ」
男の人の声だ。
「よかったわー」
おかあさんの声もする。
明かりは、男の人の手にある懐中電灯だった。
「さあ、降りような。おかあさんが迎えに来てるぞ」
男の人が声をかけてくる。
窓からのぞくと広い駐車場が見え、そこにはたくさんのバスが並んでいた。
ボクはぶじだったのだ。
それもケガひとつしていない。
「びっくりしたわよ」
おかあさんが笑顔で迎えてくれた。
「ねえ、ここどこ?」
「終点のバスターミナルよ。あなた、途中で眠ったんでしょう。乗り過ごしちゃったのよ」
「すみませんねえ。うちの運転手が、最後によく確認しなかったものですから」
男の人がしきりに頭を下げる。
「こちらこそ、ご迷惑をおかけしまして。ほら、あなたも所長さんにお礼を言いなさい。わざわざバスの中を探してくれたのよ」
「いえね、奥さんから話があったとき、すぐにピンときたんですよ。まれになんですが、雨の降る夜、こんなことがあるもんですから……」
所長さんに見送られ、ボクらはバスターミナルをあとにした。
帰りの車の中。
「いつものバス停で、降りるはずのあなたが降りてこないでしょ。うちまで車をとりに帰って、ここまで追いかけてきたんだからね」
おかあさんがあきれたように言う。
「信じてくれないだろうけど……」
ボクは話して聞かせた。
バスの中であった不思議なできごとを……。
「夢でも見てたのよ」
おかあさんは笑って聞いていた。
たしかにそんなことがあるわけがない。あるはずがない。
ボクも夢を見たのだろうと思った。
一週間後。
おかあさんの運転する車で、この日もおばあちゃんの家に向かっていた。
山あいを走るようになって、車が大きなカーブにさしかかった。
そこの道路わきに花束が置かれてある。
「ねえ、あの花束って?」
ボクはふり返りながら聞いた。
「ちょうど一年ぐらい前だったかしら。あそこからバスが転落してね、乗客も運転手も、みんななくなったそうよ。あの花は、たぶん家族の方がそなえたものなのよ」
「どうして落ちちゃったんだろう?」
「事故は夜だったの。だから道路が見えにくかったんじゃないかしら。おまけにその日はひどい雨だったんで、スリップしたのかもね」
「そうなんだ……」
「そのバスね、今も谷底に残ってるんだって。バスって、大きくて重いでしょ。それに落ちたところの谷が深いんで、いまだに引き上げられてないそうよ」
おかあさんがスピードを落とし、車を道のはしに止めた。前方の急なカーブから、いきなりバスがあらわれたのだ。
バスはゆっくり横を通り抜けた。
「ねえ。バスの運転席、からっぽじゃなかった?」
おかあさんが首をかしげる。
「えっ?」
ボクはあわててふり向いた。
けれどそのときすでに、バスは山のかげにかくれて見えなくなっていた。