呪いを掛けられたおかげです
ストレス発散のために書いたモノなので内容は支離滅裂(笑)
設定もあやふや。
それでも許せる方のみお読みください。
読後の苦情は受け付けません(`・ω・´)キリ
胸に焼き付けるような痛みを感じた瞬間、全てが無駄だと理解した。
私には幼い頃からの婚約者がいた。
そう『いた』過去形だ。
正確には書類上は未だ婚約者だけどね。
私と彼の婚約は彼の家からの申し入れだった。
私の家よりも爵位が上からの申し込みを断れるわけがない。
私の家は子爵家。
彼の家は侯爵家。
向うは上級貴族、こちらは下級貴族。
最初からつり合いなど取れていなかった。
ただ、侯爵家は度重なる浪費が重なり、家計は火の車だという。
そこで目を付けられたのは商売を手広く広げて資産(財産)は国庫に匹敵すると言われている我が子爵家。
簡単に言おう。
侯爵家は我が子爵家の財産目当てだ。
私は子爵家の跡取り娘だから、結婚相手は自動的に子爵家への婿入りとなる。
子爵と位は低いが、資産(財産)は天井知らずに増え続けている我が家。
私への結婚の申し込みは我が家の財産目当てであることは幼い子供でも分かるほどだった。
両親は財産目当てではない人物を探してくれていた。
だが、それも無駄骨となってしまった。
表向きは侯爵家の子息が私を見初めたという事になっている。
侯爵家は子爵家の財産を失うのを恐れ、婚約が成立したその日に私に呪いを掛けた。
『婚姻前に浮気した場合、その身をもって償い、受け継ぐべき財産は全て侯爵家へ譲渡』
という何とも理不尽な術を掛けられた。
まあ、私が不貞行為をしなければいいだけの話だ。
私の周りは侯爵家の手の者によって完全に『異性』を遠ざけられていた。
ただ、侯爵家の誤算はこの術が不完全であったことだ。
私は立派な淑女になろうと血反吐を吐きながら10年間暮らしてきた。
侯爵子息は見目も麗しく、王位に最も近いとされる王子とも親しい。
剣の腕前も騎士団トップクラス。
そして侯爵家の三男だから後を継ぐことはないがすでに伯爵の爵位を譲られることが決まっている。
王子に次いで優良物件である。
逆に私はどこにでもいる平々凡々の容姿の特記すべきことがない平凡な女。
周りのお嬢様方からの視線は……語るまでもないだろう。
社交界では我が子爵家が侯爵家の懐具合に付け込んだという意見が大半だ。
そう、世間ではカワイソウなのは私ではなく彼。
彼は家の為に身分の低い女を妻にしなければならないと憐みをもって同情されている。
私も彼も15歳の年に王立学院に入学した。
王立学院は貴族の子は全員入らなければならない、社交界の予備会場だ。
本来王立学院には貴族以外は入学できない。
ただし、例外がある。
貴族の庶子だ。
貴族の気まぐれでお手つきになった侍女たちの子をその家の当主が認めれば貴族と同じ扱いを受けることが出来る。
この場合、母親から引き離されるのが大半で、子供を奪われたくない人は貴族にばれないように身を隠し国外逃亡することがある。
公には知られていないが、そういった女性たちを援助(海外逃亡の手助け)する組織が密かに存在しているのは事実だ。
もっとも、貴族社会で知っているのは我が子爵家だけだけど。
我が婚約者殿は公の場では私に優しく接するが、人の目に触れない場所では私と目を合わせることもしない。
私は私なりに彼に相応しい人物になろうと努力はした。
彼の人となりを知ろうとお茶会に誘ったりして会話をしようと努力したが無駄だった。
彼は一度たりとも私自身を見ようとしてくれなかった。
私のバックにある子爵家の財産しか見ていなかった。
王立学院を卒業するまであと半年というある日。
胸に焼き付けるような痛みが走った。
あまりの痛さに授業中に私は意識を失った。
私が意識を取り戻したのは3日後。
王立病院の病室だった。
原因は侯爵家が掛けた呪い。
王宮魔術師である幼馴染が術の解析をした結果は私と幼馴染しか知らない……多分。
「ごめん、フィー。僕では君に掛けらえた術は解けない」
次期王宮筆頭魔術師である幼馴染にも解けない呪い。
どれだけ強固な呪いなんだろう。
「どうして、どうしてフィーがこんな目に遭わなきゃいけないの?」
私の手を握り締めてぽろぽろと涙を流す数年ぶりに会話をすることが出来た幼馴染の頭を軽く撫でた。
左胸に走る痛み。
これは術が発動した証拠。
左胸に刻まれた侯爵家の家紋の下に刻まれた二つの名前と数字。
数字が0(ゼロ)になった瞬間……
***
術が発動してからの私は度々倒れるようになった。
そのたびに幼馴染や数少ない友人が心配そうに甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
時々、幼馴染が婚約者だったらどんなに良かったかと思う時がある。
侯爵家からの申し込みがあったのは私が8歳の時。
当時、父はまだ早いとやんわりと断っていたが最終的には権力に屈せざるを得なかったのだ。
当時は幼馴染と共に大泣きをして両親達を困らせた。
侯爵家からの申し込みさえなければ、私と幼馴染は縁を結ぶことが出来たのだ。
幼馴染の父親と私の父親は学院時代からの親友。
母親同士も幼い頃から仲の良い親友。
互いに子供が生まれたら~という夢物語を語っていたという。
その夢物語が実現する直前に横やりが入った。
侯爵家は財産はないが、政治的権力は王家に次いでいた。
その侯爵家に逆らえる貴族は一人もいない。
我が子爵家は被害者と言われてもおかしくはないが、社交界での世渡りが上手い侯爵家の噂操作によって我が子爵家は悪徳貴族と影口を叩かれるようになった。
もっともすべての貴族が口を揃えてそう言っているわけではない。
侯爵家から零れ落ちる蜜を掠め取ろうとする者達が得意げに言いふらしているだけである。
そうわかっていても、上下関係というモノはなかなか崩せないモノ。
下級貴族が上級貴族に刃向うのは一族が没落(死)の覚悟がある場合のみである。
卒業式を翌日に控えた夜。
私と仲良くしてくださっていた方たちがこぞって私の屋敷を訪れた。
何やら婚約者殿達が明日の卒業式のパーティーで事を起こすらしいという情報を得たという。
心配して私にその話を持ってきてくださったのは第二王子の婚約者であるアリサ様。
第二王子の護衛騎士候補の婚約者であるリル様。
宰相のご子息の婚約者であるカルラ様。
彼女たちは皆一人の女性に婚約者を奪われてしまった方達。
そしても私も同じ女性に婚約者を奪われた。
彼女が学院に入学してきたのは一年前。
彼女は男爵家の令嬢。
本来なら上級貴族の方達と直接会話することはできない。
しかし、彼女は社交界のルールを無視して、王子たちに接触していった。
私やアリサ様たちがやんわりと注意しても聞き入れて貰えないどころか、歪曲した言葉で私たちの婚約者にあることないこと吹き込み、私たちの関係を踏みにじっていった。
私は婚約者殿にそれほど愛情を抱いていなかったので静観していたのですが、アリサ様たちは違った。
彼女たちは家同士の結びつきという建前はあるものの婚約を結ばれる前から相思相愛の貴族にしては珍しい縁組だったからだ。
アリサ様達は男爵令嬢だけではなく第二王子達(ご自分の婚約者)にも苦言を言っていたが、第二王子達はアリサ様の話を聞くことなく、アリサ様達をぞんざいに扱うようになった。
第二王子達の行動は瞬く間に社交界に広まった。
アリサ様達は国王陛下に直訴して現在『婚約白紙』に向けて行動をされているそうだ。
「フィラ様、フィラ様も証拠を携えて陛下に直訴なさればよろしいのに」
私の部屋で優雅にお茶を飲みながらも話していることは互いの婚約破棄の話。
アリサ様達は着実に第二王子達の不貞の証拠を集めていた。
3人分の証拠を集めるとかなりの数が集まっていた。
その証拠の品々を目の前に広げてどの材料で彼らを追い込むかと瞳をキラキラさせながら話しているアリサ様達は本当に生き生きとされていてちょっと羨ましいです。
「私は大丈夫ですわ」
にっこりほほ笑むとアリサ様達は首を傾げながらもそれ以上は聞いてくることはなかった。
***
卒業パーティーは第二王子達によってめちゃくちゃにされた。
国王夫妻臨席の私たち卒業生にとっては大切な儀式の一つであった卒業パーティー。
国王陛下の開会の宣言を遮るように始まった男爵令嬢に骨抜きにされた第二王子たちが繰り広げる茶番劇。
私は会場の隅に置かれた椅子に座りながらその様子を眺めていた。
長時間立っていることが困難であると医師が診断したため特別に許可を頂いていることを周知しておいたので誰からも注意はされずにいる。
そもそも、下級貴族の子たちは中央になんてしゃしゃり出ることなどできない。
上級貴族の方に誘われない限りは隅の方で雑談をしているくらいです。
第二王子達が次々と上げる罪を一つ一つ丁寧に冤罪だと証拠と共に解明していくアリサ様達はカッコイイです。
彼女たちは生まれてくる性別が逆でしたら今頃このような茶番劇を繰り広げることはなかったのかもしれない。
だんだんと勢いがなくなっていく第二王子達だが、私の名を上げ、すべて私が行ったことだろうと喚き散らしている。
私は椅子から立ち上がり陛下の護衛騎士の方にエスコートされ、陛下の前で従順の礼を取った。
「面を上げよ。…………ずいぶんと顔色が悪いが大丈夫か?」
心配そうにお声を掛けてくださる陛下に笑みを浮かべ応える。
陛下の許可なくして発言は許されませんから。
「フィランディア=レグディアの発言を許す」
「ありがとうございます。国王陛下」
再び礼を取ると、陛下は優しい笑みを浮かべていた。
「フィランディア嬢。先ほどの王子たちの申すことについて異議はあるか?」
「私には全く身に覚えのないことにございます」
視線を陛下に向けたまま告げる私に陛下は深い笑みを浮かべた。
「父上!レグディア子爵令嬢は嘘を言っています!貴様もなぜそんな見え付いた嘘を……」
「誰がお前に発言を許した?」
「父上……」
「許可するまでその煩い口を閉じてろ」
陛下に睨まれ第二王子は大人しく口を噤んだ。
陛下はすでに調査機関で今回の一連の騒動をきっちり調べられていたそうだ。
後日、王子達にはなんらかの罰が与えられ、公に公表するという。
「……マリア嬢をはじめ、今回の騒動に巻き込まれた者たちには後日改めて詫びをすることを知らせておく」
「陛下、少々よろしいでしょうか」
「よい、許可する」
「このような祝いの席でこのようなことを申し出るのは誠に申し訳ありませんが、ここにいらっしゃる皆様方に証人になっていただきたい事がございます」
第二王子を無視して陛下に言葉を向けると陛下はすぐに表情を和らげた。
「申してみよ」
「はい、私フィランディア=レグディアとゴルディオ=ジャルジア侯爵令息との婚約を白紙に戻して頂きたく……」
「何を勝手な事を!」
私が最後まで言葉を紡ぐ前にジャルジア侯爵が大声を上げ、夫人と共に私の隣りに立とうとした。
「ジャルジア侯爵」
陛下が低い声でジャルジア侯爵夫妻の行動を止めた。
「そなたには発言を許していない、下がっておれ」
陛下の言葉に渋々ながらも私の後ろに下がるが、元の場所に戻らずにいた。
「フィランディア嬢。理由を聞いても?爵位が下であるそなたからの申し出だ。何かあるのだろう?」
私は小さく頷くと羽織っていたショールを外した。
「理由はこれです」
左胸に刻まれたジャルジア侯爵家の家紋と二つの名前、そしてその下に刻まれている数字。
それを見た陛下を始め、模様が見える人たちから徐々にざわめきが広がっていった。
「……なんてことを!よく見せて頂戴!」
国王陛下の隣りでにこやかに微笑まれていた王妃様が血相を抱えて上座から降り、私の左胸の模様を検分し始めた。
王妃様はこの国一の術の担い手。
彼女にわからない術はないのではないかというほど術に精通されている方だ。
「ジャルジア侯爵」
王妃様から冷たい声が発せられた。
ざわついていた会場が一瞬で静まり返るほどの冷たい声だった。
「フィランディア嬢に禁術を掛けましたね」
いつもにこやかに微笑まれ、誰かを睨みつけるようなことをなさらない王妃様が目を吊り上げている。
「この術は5代前の国王陛下が大変危険な術だからと禁術に指定されたモノ。なぜ彼女に禁術を……いえ、言わなくても分かりますわ。フィランディア嬢が受け継ぐ資産を得る為ね」
冷やかに睨みつける王妃様に侯爵夫妻は視線を反らしている。
「……しかしこれは術式が間違っている……名前が逆に組み込まれているわ」
「え?」
驚いたように視線を王妃様に向ける侯爵夫妻。
「侯爵はフィランディア嬢が自分の息子以外と不貞を働いた場合、発動するように術を施したと思っているようですが逆ですわ。侯爵の息子がフィランディア嬢を蔑ろにし、不貞を働くと術が発動するようになっております。つまり、この術はゴルディオ=ジャルジア侯爵令息の不貞を証明しているのです」
「な、なにを証拠に……」
「証拠?ここにあるではありませんか。紋様の下に名前が刻まれているでしょ?ゴルディオ=ジャルジア、アリス=ガーナルと。この術は術式に組み込まれた人物が不貞を行った時、名前が刻まれるのです。もし、正しく術を組み込み、フィランディア嬢が不貞を働いていたのならレグディア家の家紋と彼女の名前そして相手の名前が刻まれるのです。しかし、ここに刻まれているのはジャルジア家の家紋と侯爵令息の名前とそのお相手の名前。私が言いたいことはわかりますね」
にっこりと笑みを浮かべながらも瞳が笑っていない王妃様に誰も何も言葉を告げられずにいる。
「ところで、ジャルジア侯爵。もちろん、息子さんにも彼女と同じ術を掛けてあるのよね?」
「そ、それは……」
額に浮かぶ汗をハンカチで拭きながら少しずつ後ずさっている侯爵夫妻。
「まさか、彼女だけに術を掛けたの!?この術は対になっているもので、片方にしか術を掛けていない場合、掛けられた人に二倍の術が掛かるってわかっていてやったのでしょうね!」
声を震わせる王妃様に周りからのざわめきが大きくなったような気がする。
「王妃様、落ち着いてください」
興奮している王妃様は今にも泣きだしそうな表情を浮かべておりました。
「この術の解除方法はいまだ解明されていないの」
そっと私の左胸の紋様に触れる王妃様。
「しかも発動から1年後に彼女が死亡するよう術を加えている。この数字を見る限り……半年前に発動しているわね」
私の瞳を見つめ、嘘をつくことは許されないという言葉に小さく頷く。
「陛下、今すぐ。今すぐフィランディア嬢のお願いを聞き届けてくださいませ!確証はありませんが、今ここで婚約を白紙に戻せばフィランディア嬢に刻まれているカウントを止めることが出来るかもしれません」
王妃様の言葉に数名の魔術師が私の紋様を検分したが、誰もが首を横に振った。
「王妃様、この術は改竄され婚約破棄程度ではカウントを止めることは不可能です。術を解除できない限りは……
「そ、そんな」
顔を真っ青にさせる王妃様に私は小さく首を横に振った。
「王妃様、この術が解けないことはすでに聞いております。ならば残りの人生を自由に生きたいのです。母の故郷でもあるディアーノ国にも行ってみたいです。ですが、国の決まりで、婚約をしている者はこの国から自由に出ることはできない。だから婚約を白紙にしたいと申し上げたのです」
「フィーちゃん……」
「ジャルジア侯爵子息にはすでに私を殺してでも得たいという恋人もおります。私との婚約を白紙に戻し、恋人と婚約させてあげてくださいませんか?」
見上げるように王妃様と国王陛下に視線を上げるとお二人は頷きあった。
王妃様がご自分の定位置に戻られると国王陛下は私の婚約白紙と侯爵家の新しい婚約を正式にお認めになりました。
あ、王子たちが喚いていた罪についてはアリサ様達が『絶対にありえない』と証言をしてくださりました。
第二王子達がなにやら騒いでいたようですが、衛兵たちによって会場からつまみ出されたのでそのあとのことは私が知ることではありません。
***
卒業パーティーから10日後。
陛下より王宮に伺候するよう令状が届きました。
両親と共に登城すると、幼馴染の家族もおりました。
幼馴染の家族はニコニコしておりますが、私たちはなぜ彼らがここにいるのか首を傾げていると国王陛下と王妃様がお見えになりました。
臣下の礼をとり、陛下からのお言葉を待っていると扉の外からバタバタと騒々しい音が響いてきました。
陛下はその音を無視して私たちに顔を上げ、用意してあった椅子に座るよう促しました。
扉の外が何やら騒がしいようですが陛下達は完全無視しておられます。
ここは公の場ではなく、陛下達のプライベートな部屋であるから楽にするように言われましたが、はいそうですかと気を抜くことはできないと思うのですが……
しかし、幼馴染の両親と私の両親は遠慮なく寛ぎはじめたのをみた瞬間、幼馴染と顔を見合わせて互いに苦笑いをしたほどです。
あまり公にはされていないが、私の母(子爵夫人)と王妃様と幼馴染の母親はディアーノ国出身で女学校時代の親友という関係です。
ついでに言えば、幼馴染の母親はディアーノ国の王族出身で、私の母とはイトコという血縁関係です。
また、王妃様と私の母もイトコ同士です。
簡単に言えば、幼馴染の母親の父と私の母の母(私の祖母)が兄妹。
私の母の父(祖父)と王妃様の母君が兄妹という関係です。
「あのね、ディアーノ国の国王陛下に今回のことを相談したら、術を完全に消すことはできないが、上書きすることはできるって教えてもらったの」
用意されたお茶を優雅に飲みながら話を始めたのは幼馴染の母親であるセルディア=マルクル辺境伯夫人。
マルクル辺境伯領はディアーノ国との国境に位置しており、昔は要塞などが築かれていたいわば戦の最前線の場所だ。
マルクル辺境伯家は代々軍人の家系だが、幼馴染は魔力が他人よりも過多だったため、軍人(または騎士)としてではなく魔術師となることが定められた子だった。
もっとも本人は父親に負けず劣らず武術(剣術・体術など)も修めているのでそこらへんのお坊ちゃま騎士(家柄だけで騎士になった者)よりはるかに強い。
ただいらぬ争いは好まない人なので武術は趣味、本業は魔術師と公言している。
「上書き?」
「そう、術式にあるあのクソガk……失礼、ジャルジア侯爵子息の名前の部分をうちの息子の名前に変えればいいのよ。侯爵子息の名前とフィーちゃんの名前を入れ替えることは出来ないらしいの。なら侯爵子息の名前の部分を強制的に削ってうちの息子の名前を刻んでしまえばいいのよ!うちの息子の方が魔力はあっちより遙か上だから書き換えは楽勝よ」
語尾にハートが付きそうな勢いで告げるセルディア様。
既存の術式に術者よりも魔力が強い人が術式に上書きすることで術を他のモノに変えることが可能というのは聞いたことがあるけど、実際に目にしたことがないので半信半疑なんですけど……
「うちの息子はフィーちゃんがあのバk……ジャルジア侯爵子息と婚約を一方的に結ばれた後もずっとフィーちゃんを想っていたくらいに一途だから術が発動することはないわ。むしろ発動したら……ねぇ?」
美しい笑顔を浮かべながら幼馴染を見るセルディア様からなんか黒いオーラが見えているのは気のせいでしょうか……
セルディア様から簡単な説明を受けた後、幼馴染であるエルネスト=マルクルによって私に刻まれた術は名前を書き換えられ、左胸から消えた。
紋様が消えると、今まであった倦怠感がなくなり、すっきりした気分になっている。
「ありがとう、エル」
笑顔でお礼を言うとエルも嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ふふ、名前の書き換えも終わったことですし、正式に二人の関係を確固たるものにしちゃいましょう」
王妃様の声も心なしかはずんでおります。
今まで静かに見守って(?)いた陛下が従者から一通の書類を受け取ると私とエルの前に置いた。
書類をざっと見るとこれはどう見ても『宣誓書』。
両親たちの名前と国王夫妻の名前は既に記載されていた。
隣りにいるエルを見上げる。
エルも私を見下ろしていた。
「今更だけど、フィーは僕でいいの?」
「今更だけど、エルは私でいいの?」
同時に出た言葉に私達は一瞬の間の後、小さく頷くと書類にサインをした。
貴族同士が婚約を結ぶ場合、『宣誓書』にサインし、国王陛下が見届け人となり術を掛けると成立するのがこの国ヴォルテーヌ国の決まり。
成立すると『宣誓書』は『婚約書』となり、神殿で婚姻を宣言すると『婚姻書』に自動的に変わる仕組みになっている。
ちなみに『婚約破棄(白紙)』になった場合は、黒く塗りつぶされ、神殿の奥で浄化するそうだ。
「エルネスト=マルクルとフィランディア=レグディアの婚姻をヴォルテーヌ国国王クレール=ディオ=ヴォルテーヌがここに認める」
陛下の宣誓後、書類は黄金の光りを放ち薄い鉄板上のモノに変形した。
「「……え!?」」
私とエルの驚きの声が部屋に響く。
いま、『婚約』じゃなくて『婚姻』と宣言されたような……
それに、普通『婚約』の場合は、術後、紙の周りが黄金色になるだけのはず……
鉄板化するのは婚姻を結んだ場合のみのはず。
驚いている私たち二人に両親たちはしてやったりの表情を浮かべている。
「ま、まさか……」
私の隣りでプルプルと震えだしたエルにセルディア様がVサインをしながら
「婚約すっ飛ばして婚姻結ばせちゃった♪」
「母上!」
「なによ!誰も『婚約の儀式』だとは言ってないわよ」
「は!?」
そういえば、王妃様は『確固たる関係』って……
私は『宣誓書』を見た時に婚約してある程度期間を置いてから婚姻するモノだと思い込んでいた。
本来は婚約してから婚姻を結ぶが、例外がないわけじゃない。
国王陛下と神殿の神官長が認めれば婚約期間をすっ飛ばすことも可能だ。
主に王族の婚姻で行われる場合が多かったがいろいろと問題もあり、ここ数百年なかったはずだが……
「まあ、いろいろ言いたい事もあると思うが、結婚おめでとう。エルネスト、フィランディア」
国王陛下から祝辞を頂き、慌てて頭を下げる私達。
「エルネストには悪いが、プロポーズはあとでゆっくりするといい」
笑いながら告げる陛下にエルは苦笑していた。
「結婚式は半年後よ~♪場所は大聖堂。すでに招待客の選定やドレスの制作は始まっているからね」
王妃様の発言は私たちの両親を驚かせるのに十分だったようだ。
ワイワイと私たちをそっちのけで何やら喚いている。
騒いでいる大人組を横目にエルに促されてバルコニーに出た私とエル。
エルが跪いて私の左手を取る。
「フィランディア」
『フィー』としか呼ばなかったエルに改めて呼ばれた自分の名前にドキッとする。
「私、エルネスト=マルクルはこの命尽きるその時まで貴女を愛し続けることを貴女に誓う。どうか、私のただ一人の女となってください」
エルの口から紡がれた言葉は目に見えない糸となり私の心を絡め取る。
「私、フィランディア=レグディアは命尽きるその時まで貴方を愛し、エルネスト=マルクルの唯一の存在でいることを貴方に誓います」
また、私の言葉も見えない糸となりエルを絡める。
エルはポケットから取り出した小さな箱から指輪を取り出し左手の薬指にはめてくれた。
指輪に嵌め込まれているのはダイヤとルビーとサファイア。
永遠の愛を意味するダイヤモンドを挟むようにエルネストの瞳の色のルビーと私の瞳の色のサファイアが並んでいる。
立ち上がったエルに抱きしめられた私は『戻ってこれた』と涙が浮かんだ。
目じりに浮かんだ涙をエルの唇に吸い取られていった。
「おかえり、フィー。もう、二度と離す気はないから」
「エル、ただいま。私も離れる気はないよ」
そっと見上げると、満面の笑みを浮かべているエルの顔があった。
目を閉じようとして端っこに写った情景に思わずエルにしがみつく。
「フィー?」
私がじっと窓を見ていることに気づいたエルが振り返ると大人組がニヤニヤしながらこちらを眺めていた。
それを確認したエルは何を思ったのか私の頬に手を当てると素早くチュッとキスをしてきた。
多分真っ赤になっているであろう私をぎゅっと抱きしめたまま、部屋に戻るエル。
「これで満足ですか?」
「えー、もっと濃厚なキスシーンが見れると思ったのに」
「誰が好き好んで親の前で濃厚なキスをしますか!もったいない……」
「あら、勿体ないって……キスをした後のフィーちゃんの表情を見られたくないとか?」
「それ以外に何があるっていうんです?僕だけの特権ですよ!ねえ、父上?」
「う、うむ……」
セルディア様とエルの口論(+巻き込まれ辺境伯)が始まると私は父親の腕の中にいた。
「あと半年しか一緒にいられないのか……」
ギューギューと力を込めてくる父の背をポンポンと叩く。
「お父様、私が家を出るわけではありませんよ?」
「あ……」
「そういえばそうね……エルネスト君がウチに来るのよね」
私が跡取りであることをすっかり忘れていたらしい両親。
「セルディア様の勢いに押されてすっかり嫁に出す雰囲気になっていたわ」
おほほと笑いだす母に父もあははと笑いだした。
国王陛下と王妃様はそんな私たちを横目に、いつの間にか乱入してきた者達への対応をしていた。
陛下と王妃様から冷たい空気が迸っているのは気のせいではないようです。
喚く乱入者たちに最後は陛下から雷が落とされた。
部屋に立ち込める焦げたような-いえ、確実に床が焦げている―においを払しょくする為に窓を開け、エルが風の術を使って換気をすると床に数名の男性が転がっていた。
よーく見ると第二王子とその取り巻き達。
陛下はそれはそれは素晴らしい笑顔を浮かべております。
その隣で王妃様も今まで見た中で一番美しい笑顔を浮かべておりました。
なぜでしょう……お二人の笑顔がものすごく怖いです。
「「さっさとこれらを元の場所に戻して(自室に監禁して)こい(来てください)」」
まだ公には発表されていないが陛下と大臣たちの間で第二王子達の処分が決まり、それを人づてに聞かされた第二王子達が怒鳴り込んできたとの事。
処分内容はいたってシンプル。
第二王子は王位継承権剥奪の上、辺境にある寂れた地の領主として赴任。
王および大臣たちが納得する成果が出るまで王都への立ち入り禁止。
第二王子の護衛騎士候補だった者は下級兵士として地方勤務(一番いろいろな意味で過酷な勤務地で尚且つ誰もが嫌がる部署に配属)
宰相のご子息は下級文官(雑用係)として上級文官の使いパッシリ(出世の道は果てしなく狭くて遠い)
当然それぞれの婚約者とは婚約解消。
各家から廃嫡されないだけマシという処分ではないだろうか。
そして陛下から教えて頂いたジャルジア侯爵家への処分内容(爵位返上の上国外追放)を聞いた私の両親と辺境伯夫妻は笑顔を浮かべながら
「「「「生ぬるい!」」」」
と口を揃えて処分の見直しを要求している。
私とエルは静かに大人組の意見のやり取りを見つめていたが、ふと王妃様が私に視線を向けると
「フィーちゃんはどうしたい?」
「え?」
「今回、一番被害が大きかったのはフィーちゃんよ?他の子達には実害は少なかったけどフィーちゃんは違うでしょ?無理やり一方的に婚約を結ばされ、禁術を埋め込まれ、10年間フィーちゃんの為と言いながら自分たちが贅沢する為にお金を巻き上げられ、挙句に不貞行為をし、それを正当化する為にフィーちゃんに冤罪をかぶせようとしたジャルジア侯爵令息と侯爵家に対する処罰よ」
一気に言い切った王妃様。
陛下達が下した処分は第二王子達に対しては妥当だと思っていたが、ジャルジア侯爵家に対しては少々甘いような気がしていたので遠慮なく提案することにした。
「そうですね、10年間ジャルジア家に貸していたお金は利子を付けてキッチリと返済していただいて、ジャルジア侯爵令息とその婚約者である男爵令嬢には私に掛けられた呪いと同じものを施して頂き、爵位を伯爵または子爵に降格ってところでどうでしょうか」
「あら、爵位返上じゃなくて?」
「いきなり返上させて国外追放にするより、爵位を徐々に落としていった方がおもs……いえ、効果があります。侯爵家にお貸ししている金額はおいそれと返済できる金額ではありません。爵位が落ちるのですよ?今までの収入より格段と減ります。あのプライドだけは異常に高い侯爵夫妻にはいい刺激になるのでは?不服を申し出るようなら……一番重い罰だと言って平民に落としてしまえばいいだけですし。あ、平民に堕ちたとしても借金はきっちり返済していただきます。私の貴重な10年間という時間を奪い、挙句に冤罪をかぶせようとしたことに関しての賠償金等を上乗せしないだけありがたいと思ってほしいですわね」
にっこりと笑みを浮かべながら言うと陛下と王妃様は若干引いていたが両親たちはうんうんと頷いていた。
結局ジャルジア家の処罰は私の提案が採用されたのだった。
第二王子達は文句を言いつつも処罰を受け入れたそうだ。
のめり込んでいた男爵令嬢がすでに王令で婚約しちゃったからね。
ジャルジア家の令息とその婚約者殿には処罰を言い渡されたその日に術を掛けたそうだ。
エルがそれはそれは楽しそうに語ってくれた。
術を掛けた途端にジャルジア家の令息の左胸に紋章と元男爵令嬢(ガーナル男爵は騒動の後、速攻爵位を返上し、娘を見捨て国外に逃亡した)の名前と複数の男性の名前が浮き上がってきたとか。
元男爵令嬢は否定しているが、術は国王陛下の御前で筆頭宮廷魔術師(魔術師団のトップ)が掛けたのでミスはあり得ないとエルが嬉しそうに言っていた。
陛下の御前で痴話喧嘩を始めた二人を陛下は冷たい視線を向けただけで無言で城外に追い出したとか。
ちなみに『死』へのカウントダウンの術式は外してあるが、本人たちには伝えていない。
いつ気づくかと魔術師団内で賭けが始まっているとかいないとか……
元男爵令嬢のお相手は悉く各家の当主から勘当を言い渡されたという噂を聞いたが真実は知らない。
私とエルはその後、ささやかな結婚式を挙げた。
王妃様は豪華な式に~!と騒いでいたけど、一子爵家の結婚式にしては派手すぎると遠回しに遠慮したのだが……
「なによ~!国一の資産家なのになにケチっているのよ!あなたたちの結婚式で一時的でもいいから経済を活性化させてよ~」
と、王妃様が恐ろしいほどの笑顔で迫ってきたので妥協案として、式は身内でこじんまり、披露宴は盛大にという事で折り合いを付けた。
国王陛下と王妃様も変装して式と披露宴にこっそりと参加していたのを知るのはずっと先の話。
なんだかんだとありましたが、呪いのおかげで幸せをつかむことができました。
主人公の家が『子爵』なのには理由(裏設定)がある。
いつか小話に書くかもしれない。
侯爵家側(婚約者)のお話は……需要があれば……ね(多分ないだろうけど)