聖なる戦い
鴇は悲壮感溢れる視線を私に向けた。
私も彼の目を意思を持って見る。
「鴇君……?」
「夕景ご苦労であった」
視界の端から払暁がゆったりと入場してきた。
払暁は夕景の手の内から私を引っ張り、自分の元へと寄せた。
私はそこで謎の薬によって意識を奪われている設定を思い出したが、この状況ではそんな演技している場合ではない。
「柚子葉……すまない」
鴇が私に跪き、手を合わせて懇願するような恰好をした。
「俺は命を握られてしまった、お前が払暁様の命令通りにすれば俺は殺されない……どうか頼む」
「という事です、柚子葉さん。お手伝いしていただけますね?」
払暁が私の肩に手を置いて、耳元に息を吹き替えた。
生温かい息を肌で感じ、気色の悪さに吐き気が込み上げてくる。
夕景が私の前に立ち、腕を組んで笑った。
「おい嬢ちゃん。さっき嗅がせたのはただの香りがするだけのただのお香だ。意識なんか飛んじゃいないから答えられるだろう?」
「なっ」
「一人で動かれても面倒だからな。動きを封じるために嘘を吐かせてもらったよ」
「最低……」
私はまんまと騙されてしまったと言うわけか、やつの都合の良いように動いてしまった事が悔しい。
「で、私が目の前の鴇君の命を救うために、貴方達に協力しろってこと?」
払暁はその通りと言うように、口の両端を上げた。
「そうです、ここは聖なる戦いに向けての戦士の育成場」
「聖なる戦い?」
「逸太神様の教えを世に広め、唯一神と崇めるための戦いです」
ヘンタイ先輩はそんな事望んでないと、本人に聞いて知っていると話しても信じないだろうなこの人達は。だって本当に信じているわけじゃないのだから。
知り合いが戦争するための理由に使われるのは気分が悪い事この上ない。
「聖戦を以って輝夜を打ち倒し、私が神の意志を広める伝道者となるのです」
「要は輝夜様に取って代わって自分が頭になりたいと言うことですね」
私は皮肉をたっぷり込めて払暁に伝えた。
輝夜とヘンタイ先輩が敵対する事なんてあり得ないのに、何も知らずに物言えぬ神の意志を妄想で決め付け自分の欲に利用する、私はこの男に対し深いイラ立ちを感じていた。
「輝夜はこの世に君臨してはならない存在なのです」
「何故そう思うのですか?」
「女が頂点に立つから男の地位が下がるのだ、私が彼女の代わりにあの場所へ座り、そして彼女を象徴として私の隣に座らせる。それこそが正しい形なのです」
「はあ……」
要はあれか、輝夜を屈服させて自分の妻にしたいってことか。目の前の男の小さな欲望を満たすために、この村の人は集められ洗脳され傷つけられたという事か。
私は払暁の隣で太い腕を組んだ夕景を睨んだ。
「貴方もそれに賛成なのですか?」
「俺は強い奴と戦えればそれでいいのさ。後の事はどうでもいい」
この男は洗脳されていないが、自分の欲に素直に動きそれ以外は協力するつもりがないというのか。
「柚子葉さん、貴方には私の世話係としての栄誉を与えましょう。悪い話ではないでしょう」
払暁は私の腰を掴み撫で回し、良いところが一つもない提案をした。
私は大きく溜め息を吐いた。
「その鴇君は偽物ですよね」
鴇の偽物は「偽物ではない」と涙ながらに訴え、払暁はやれやれと言うように大きく首を振った。
「その鴇様のどこが偽物だと言うのでしょう」
「鴇君は私の事“柚子葉”だなんて呼ばないし、それに本物がそこにいるもの」
私は扉の隙間から中を覗き見る鴇を指差した。
気が付かれた鴇が恐々とした様子で、部屋の中へと入ってきた。
「夕景!」
払暁に名を呼ばれた彼は、素早く私を拘束し人質のように鴇に見せつけた。
「鴇様、何故ここに……?」
払暁が身構えながら、鴇の様子を窺う。
「とある人物に言われ、夕景さんの跡をつけました」
「そうですか、見られたなら仕方がない。貴方の事はじっくりと準備を整えてから仲間になっていただこうと思っていたのですが……」
払暁がゆったりとした歩みで鴇へと、一歩一歩近寄っていく。鴇は悲しそうに睫毛を伏せていた。
「鴇様、この娘の命が惜しくば我々の聖戦に協力していただけませんか?」
「払暁様……」
信じていた人達に裏切られ騙されていたと知った鴇は、ゆっくりと双眸を閉じ唇を噛み締めた。
鴇の目の前まで歩き、払暁は鴇の肩に手を置いた。
「よろしくお願いしま……」
払暁は言葉を言い切る前に鴇が手に持った短刀によって首を裂かれていた。無駄のない太刀筋で一秒にも満たない速さで動脈を切られた払暁は血を噴水のように吹き出し膝をついた。
払暁が切られたと思えば、すでに鴇は私を拘束する夕景を攻撃すべくすぐ目の前まで迫っていた。
私を殺していては防御が間に合わないと悟ったのだろう。夕景は私を飛ばし、私の首元にあてがっていた短刀で鴇の刀を受けた。
「鴇様はもっと甘い人間なのかと思っていた」
払暁が鴇の猛攻を僅差で交わしながら、余裕ぶってそう言った。
確かに有無を言わさず払暁にトドメを刺した姿は、私の知る熱くて人情家の鴇のイメージとは異なる。
「ここへ辿り着くまでの間の景色を見たら、払暁には憎しみしかわかねーよ」
鴇は視線に憎しみを込め、夕景の防御を抜け彼の腕を切りつけた。
夕景に一太刀入れたその隙に、鴇に火の玉が襲いかかる。
「鴇君!」
割り込むのも悪いと思い静観していたが、仲間の危機に助太刀しようとするも鴇が私に向かって手のひらを向けた。
鴇は火の玉の存在など気にもせずに、夕景の胴に二太刀目を入れた。それと同時に大量の火球が鴇の身体を襲った。
しかし、どの火の魔法も鴇の身体に触れた瞬間飛散し、彼に一切のダメージを与えていなかった。
「並大抵の魔法は俺には効かないんだよ」
鴇は魔法が使えないが、素の攻撃力と防御力が飛び抜けて高い職業だったはずだ。
夕景の魔力では抜けないということか、鴇の無事に私はほっと胸を撫で下ろした。
これで二人の勝負は明暗がついた。手負いの夕景では鴇には勝てない。死を覚悟しても良いであろうこの状況で夕景は不敵に口の両端を釣り上げた。
「お前達の負けだ」
それだけ言い残し、夕景は鴇に胸を突かれ息絶えた。
鴇は少し息を切らしながら、夕景の最期の言葉を気にしていた。
「負け惜しみか?」
戦いが終わり、周囲に目を向けるとそこには鴇の偽物と払暁が忽然と姿を消していた。
してやられた。払暁は死んでいなかったのだ。回復魔法を使える者が彼の傷を治しあの男を連れ出したというのだろうか。
鴇もそれに気が付いたのか、悔しそうに舌打ちした。
「逃すかよ」
鴇が急いで消えた払暁を追いかける。私も後に続いた。
今の部屋から続く長い石の廊下を駆け抜け、突き当たりを左に抜けると途端に鼻に血の生臭い匂いが鼻をついた。
嫌な空気に一瞬足が止まるが、今は追わなければいけない相手がいるのだ。私達が再度走り出そうとしたところ足先に何かが当たった。
私は反射的にその何かを見るため下を向いた。
それは払暁の一部だった。
胴体と切り離された払暁の首が私の足下に転がっていたのだ。
「何で……」
鴇も怪訝そうにしながら、払暁の残骸を見た。
払暁の遺体の側には別の男の物と思われる引き裂かれた身体が落ちていた。こっちが鴇の偽物だった男だろうか。
「渡さんがやったのか……?」
「渡?」
「ああ。俺、渡さんとここに来たんだよ。俺が夕食の支度をしていた時、渡さんが唐金が攫われたところを目撃したらしく俺も来いと言われて跡をこっそりつけながらここまで来たんだ。ここに入った後、侵入者に警戒し襲い掛かられたのだけど、渡さんはここの人達を足止めしてくれて、俺がここまで来られて……」
「そうだったんだ」
「取り敢えず、渡さんを探すか」
「そうだね」
追うべき敵があっさりといなくなり、拍子抜けした私達はまだ敵の拠点内だと言うのに落ち着いてしまっていた。
「じゃあ、手分けして探そうか」
「ああ、俺はあっち行くわ」
私と鴇が二手に分かれら渡を探しながらここの人達を説得、解放しようと決まり私達は別の道を行った。
暗い石畳の道を私が一人歩いていると、血の臭いが濃くなって行った。
再度曲がり角を曲がったところで、私は血を流しながら倒れている若い男を見つけた。
「大丈夫ですか!」
駆け寄って抱き起こすと、その男はすでに絶命していた。
丁度心臓の部分に穴が空いており、心臓が握り潰されているようだ。
渡に抵抗してやられたのだろうか、だが渡なら刀を使って斬るはずだ。ならばここの者同士のいざこざで殺されたのだろうか。
理由は気になるが、どちらかと言えば後者の方がしっくり来るので、私は今はそう思う事にした。
私は手を合わせ死んだ男を再度横たわらせる。きちんとした供養は今はしている余裕がない。私は立ち上がり、渡を探しに意識を戻した。
それから行く先行く先で遺体を見つけた。
焼かれた者、溺死した者、粉々に肉を裂かれた者、様々な殺され方で亡くなっている。
全て魔法を使った殺し方だろう、渡ではあり得ない誰かの仕業だ。
そこに気が付くと途端に私は寒気がした。
私が生きているという事は渡も生きているだろう、しかし訓練をされたこの人数を殺して回ったのだから犯人が強者である事は間違いないだろう。
私は鴇と合流しようと元来た道を戻った。
「鴇君!」
「唐金……」
鴇も同じ光景をみて戻ってきたようで、私達は比較的楽に合流する事ができた。
「渡さんは?」
「居なかった、でも私が生きているし無事だと思う」
「そうか……一旦村に戻ろう。嫌な予感がするんだ」
「わかった」
渡の事も気掛かりだが、ここには誰の気配もなかった。もしかしたら一足先に村へと戻っている可能性もある。
私と鴇は急ぎ村へと走った。




