村人達
私は次に家の近くで薪を割っている老齢の男性に話しかけた。
「何かお手伝いしましょうか?」
「君は?」
「柚子葉と申します。鴇様に縁がありましてこの村で一晩お世話になる事になりました。恩返しをしたいと思い皆様の仕事を手伝っております」
「そうか、鴇様の……」
その後老齢の男性と交渉の結果、私も薪割りをさせてもらう事になった。
薪割りを手伝いながら男性に雑談を持ちかける。
「この村に来て長いのですか?」
「一年くらいだよ。息子家族に呼ばれてね。ここで暮らす事になったのさ」
「息子さん達が先にこの村に来たのですね」
「ああ、変な村だから最初は断ったんだが、村人が足りないからどうしてもと言われてね」
「村人が足りない?」
「生活するには人数がいるだろう? 若い者は払暁様の元で働いているから日常生活を回す年寄りが必要なんだと。年寄りが必要とされるだなんて珍しいからね、ここでの生活も悪くないと思っているよ」
薪割りを一通り手伝い終え、私はお爺さんに頭を下げて次の村人を探しにいった。
まだ時間はある、私が次の手伝い先を探していると誰かに呼び止められる声が聞こえた。
振り向くとそこに居たのは老婆と三歳程度の子供だった。
「何かお手伝いしましょうか?」
「あ、ああ。そうだね……」
老婆は周囲を気にするようにしながら私を呼び寄せた。子供は初対面の私を警戒してか、老婆の後ろに隠れてしまった。
「家の裏の落ち葉拾いを手伝ってくれないかい?」
「お安い御用です」
家の裏へと行くと、殆ど落ち葉はなく綺麗に掃除されていた。それでも季節柄枯れた葉は、途切れなく地面を赤や黄に飾っており、やる事がないわけではなさそうだ。
私はその落ち葉を指先一つで片付けた。
老婆の影から子供が、目を丸くしながら私の技を見ていた。
散らばっているものを集め終わると、老婆は私に感謝し握手を求めてきた。
握手に応じると、私の手に小さな紙切れが握らされた。私はその紙を受け取り、何事もなかったかのように老婆に挨拶をし、その場を去った。
人気のない物陰に行き、折りたたんである紙を開くとそこには一言こう書かれていた。
逃げろ
逃げろか……、いよいよ臭くなってきたではないか。
あの老婆はこの村の異常を何か知っているのだろうか、ここにはこの村に不審を抱いている者もいるのだ。しかし鴇がいる以上、私はここで逃げる訳にもいかない。老婆の好意を無碍にするようで悪いが、私はそのまま手伝いという名目での引き続き調査を続けた。
手伝いをして回っている内に空は赤くなり、村人はそれぞれ自分の家の中へと下がっていた。
今回の調査で気が付いた大きな事柄と言えばこの村の表で生活しているのは年寄りばかりで、若者が一切いないという事だ。
働き手となるべく若者は払暁のところで何やら別の仕事をしているらしい。
生活のための生産より大切な仕事は限られてくる。逃げろと書かれた手紙の事もあるし、あまり良い予感はしない。
私は渡と情報交換するために屋敷へと一度戻る事にした。
のんびりと歩いていた私が払暁邸の門に差し掛かったところ、目の前が暗闇で覆われた。
「何!?」
何者かが私に袋を被せ、私を背後から締め付けた。
どうやら誰かに捕まったらしい。
私を拘束する腕は太く、身長も私よりは大きい事から恐らく男だろう。
この村の者だろうか、はたまた迷い込んだ山賊だろうか。選択は複数あるが可能性としては前者の方が大きいだろう。
ここで抵抗しても良いが、大人しく捕まってどこかに連れて行かれるのも情報を得るには悪くない。
抵抗しないのも変なので、私は軽く相手の脛辺りに蹴りを入れた。
「痛っ! この女、大人しくしろ!」
この声は聴いた事がある。確か夕景と名乗った大男だ。夕景は怒りながらも私を袋の上から縄で縛り動きを封じた。
夕景は払暁の手の者だ。鴇を連れ出すためにも、この村の闇は暴く必要がある。
逃げる事も可能だが、私は収穫を期待して夕景に大人しく捕まったのだった。
※
鴇は厨房で夕食の準備を手伝っていた。
この世界の人間は夕食は軽めに済ます者が多いため、朝食程準備は手間取らない。
それでも大量に作らなければならないのは変わらず、“朝食より楽”がイコール大変でないという事にはならなかった。
鴇は力があるため、大量の食事作りで重宝されている。基本は調理師という料理に向いた職業に就いている者が行うのだが、鴇は大量の米を運んだり、漬物樽を移動させたり重いものの移動で活躍していた。
払暁より、この屋敷の近くに神様を祀る建造物を造っている最中だと聞いている。そこで働く者達全員分の食事を用意しなければならないのだ。
食事を現場に運ぶのは力がある夕景が行ってくれるが、厨房内での食材の移動にも労力がいるため鴇はそう言った点でもこの村に貢献していた。
鴇は建設に関わっている者達と会った事がない。少し行くのに面倒なところにあるため、払暁には力ある鴇にはこの村に居て妖や山賊からここを守って欲しいと言われているのだ。
そのように言われては守らざるを得ない。それに村には力ない老人ばかりだ。鴇一人でこの人数を安全に生活させなければならないのだ。あまり遠くに行くべきではないだろう。
このように汗を流して働き、仲間達が自分を受け入れてくれるこの状況は鴇の理想の状況だった。
鴇はふとこの異世界へ飛ぶ前の学園生活を思い出し、そして鼻で笑った。
生活しているだけで皆に求められるという承認欲求が満たされるこの環境は、元の生活を忘れさせてくれる程鴇にとって理想的だった。
自分の横に瑠璃が居てくれたらと思う事がないわけではないが、瑠璃は別の男に気があるようだった。
ならばこの生活を捨ててまで追いかける必要はないだろう。
鴇の事を誘ってくれた柚子葉には申し訳ないと思いながらも、鴇は夕食の準備に勤しむのだった。




