逸太神
鴇は今現在、ヘンタイ教の教祖の家に住んでいるらしい。
教祖邸までの道のりで彼はこの村での事を色々と私に話してくれた。
この村が“月逸太神”通称:逸太神を崇めている比較的新しい集団だという事、異世界から来た勇者が元になっている逸太神を祀っているため同じく異世界から来た鴇が大事にされているという事、そして村人は良い人達で鴇は居心地が良くなし崩し的に過ごしていた事。
小さな村のため、そんな雑談をしていたらすぐに教祖のお屋敷まですぐだった。
「鴇君、入る前にお願いがあるの」
「何だ?」
私は周りの様子を見ながら鴇に耳打ちした。
「私が異世界から来たって事は黙っていてもらえないかな。鴇君の昔のお供って設定でお願い」
「ああ、いいけど何でだ?」
「異世界から来た戦士の一人が掃除婦とか余計怪しまれるから」
「あー、そう言えばお前掃除婦だったな」
鴇は納得してくれ、私の事は黙っておいてもらえるとのことだ。
と言うのは実は建前で、実は異世界人を崇めているこの村でそんな事知られたら注目されてしまう。私はなるべく目立ちたくないのだ。
「入れよ」
鴇に続いて私も教祖邸の中へと入った。
屋敷内は埃一つないのではないかと思えるくらい、隅々まで掃除が行き届いていた。
逸太神が掃除に由来があると知っての事なのか、宗教的な理由なのだろうか。
私の出る幕はなさそうだ。
短い廊下を歩き、屋敷の一番手前にある客間に通された。
ここで待っていろと言い、鴇は行ってしまった。教祖を呼んで来るらしい。
通された部屋は床は畳、廊下側は御簾で仕切られただけの簡素な部屋だ。家具はお膳以外は壁にかかった掛け軸くらいのものである。
この質素さは、この国全体の特徴だった。
家具はあまり置きたがらず、最低限にするのがこの国の人達の美徳のようだ。
誰の気配もしない事を確認し、私は服の中にいる渡に声を掛けた。
「大丈夫?」
「居心地は悪くないでござる」
渡はひょっこり顔を出した。
「そんな事より柚子葉」
私を睨む彼の言葉は重く、少しの怒気を含んでいた。
「ど、どうしたの?」
「お主が異世界から来ただなんて聞いたことないでござるよ」
「あー、ごめん。言ってなかったっけ?」
「そういう大事なことは早く言うべきでござる」
「そうだよね、申し訳ない」
あまり知られたくなかったが、状況的に仕方ないか。
鴇を前にして、その事を話さないわけにはいかないしね。
頬を膨らませていた渡が、再度私の服の中へとさっと入った。どうやら誰か近付いて来たようだ。
「待たせたな」
鴇が後ろに初老の男を引き連れて戻って来た。少し肥満気味の体型と白髪混じりの黒髪、垂れた目と厚い唇が特徴的な男だ。
この男が教祖と呼ばれる者なのだろうか。
私は立ち上がり、男にお辞儀をした。
「教祖様、昔旅をしていた時に仲間だった子です」
「柚子葉と申します。よろしくお願いいたします」
教祖は垂れている目を、さらに下げて笑顔を作った。
「柚子葉さん、初めまして。私は月逸太神様より開祖を承った払暁と申します」
ヘンタイ先輩は無関係って言っていたけどなぁ。嘘だと言うことがわかってしまうから、この人に対しての不信感が高まってしまう。
「初めまして」
ここで嘘を指摘する程子供ではないので、私は愛想笑いで返した。
「さあ、お座りになって」
私は促されるまま、払暁と鴇と向かい合って座った。
「払暁様、この子をこの村に泊めてもらえないかな。道に迷っちまったらしいんだわ」
「構いませんよ、いくらでもいらしてください」
「恩に着ます」
この村に滞在できるのは願ったりかなったりだ。
払暁が私を値踏みするかのように、上から下、下から上へと舐めるように視線を動かした。
「柚子葉さんは鴇様のお仲間だった方と伺っております。さぞやお強いのでしょうね」
「私はしがない掃除婦です。ただの雑用としてお供しておりました」
「そうでしたか」
払暁は私に利用価値がないと知ると、興味を失ったように表情に色がなくなったが、すこしの間の後に、はっと目を見開き眉間に皺を寄せて「掃除婦が旅のお供……?」と小さな声で呟いた。
掃除婦は旅に雑用として同行する事すら許されないのか。世知辛いな。
嘘がバレても面倒なので、この話はさっさと終わりにして話を変えるか。
「払暁様、このお屋敷は綺麗ですね。掃除婦として掃除でもと思ったのですが私の出る幕はなさそうです」
「あ、ああ。そうですか、ありがとうございます。逸太神様に仕える者として掃除には気を遣っているのですよ。掃除の神様でもあられますから」
「そうですか」
さすがヘンタイ先輩。こっちでも掃除で無双していたようだ。
けれど、先輩の掃除はあくまでも酷い汚れのものを普通程度に綺麗にするもので、普通の状態をさらにピカピカにするものではなかった。
だから彼が巣窟にしていた化学室は別段磨かれていたわけではなく、正常通りに整っている程度を常に保っていた。
綺麗にする事は衛生的だしいい事だ。当人の思惑とは異なるが、それが良い方向に行くのであれば間違った教えも悪くはない。
「それでは、仕事がありますのて、私はこれで」
払暁は腰を上げ、立ち上がった。
「鴇様、柚子葉さん。二人は積もる話もあるようですからゆっくりしていてください。何か必要な物があれば遠慮なく言ってくださいね」
「ありがとうございます」
私は払暁に頭を下げ、彼を見送った。
残された鴇と私は互いに目を合わせた。
「鴇君、どうしよっか」
「散歩でもするか?」
鴇はまだ私に付き合ってくれるらしい。
私は彼の誘いに二つ返事で了承した。




