鴇との再会
まるで、私が化け物かのように、鴇は叫びながらどこかに走って逃げていってしまった。
「渡、お願いがあるのだけど……」
「あの男でござるか?」
「うん、少しお話したいの」
「構わないでござるよ」
「ありがとう」
今から立ち入る村は未知の領域だ。
もしもの時に隙を付くためにも、渡には小さくなってもらい、私の服の中へと隠した。
「渡、ここに隠れてくれる? 窮屈だったら言ってね」
「問題ないでござる」
渡を入れる事が出来るポケットが今着ている服にないので、私は胸元の重ね合わせから渡を中に突っ込んだ。
下着代わりに晒しが巻いてあるので、胸の間に挟んでおけば落ちることはないだろう。
私は深呼吸し、村へと足を一歩踏み入れた。
村の中は広場を軸に扇状に民家が広がっていた。奥の一段高いところに立派な家があり、おそらくそこは村長あるいは教祖の住まいなのだろうと予想できる。
奥のお屋敷を目指してもいいのだが、私はまず広場で作業をしている痩せ型の中年男性へと声を掛けた。
「あの、初めまして。旅の者なのですが」
「ああ、新しい信者希望か。それなら教祖様の家で話を聞くといい」
信者希望ではないが、適当に話を合わせておく。変に否定して怪しまれたくないし。
「教祖様の御宅へ行く前に知り合いに挨拶をしたいのです」
「知り合い?」
「はい、灰桜鴇という若い男なのですが……」
「鴇様!?」
「様……?」
鴇はこの村で様付けで呼ばれるような立場なのか。
「鴇様なら、教祖様の家にいるだろう」
「あ、ありがとうございます」
結局、私は教祖様の家とやらに行かなければならないのか。
適当に鴇と話して帰るわけには行かなさそうだ。
私は怪しまれないように、すれ違う村人と挨拶を交わしながら、村の奥にある教祖とやらのお屋敷へ向かった。
お屋敷は小さい村の割に大きいという印象だった。おそらく寄り合い所のような役割も果たしているのではないかと予想できる。
私は門の前で、落ち葉を掃除していた初老の男に話し掛けた。
「もし、私は柚子葉という者です。鴇君の知り合いで、彼に会わせて頂きたいのですか」
「鴇様のお知り合い? そうですか。ここで少し待っていてください。聞いて参ります」
初老の男性は屋敷の中へと入って行った。
門の前で少し待つと、お屋敷から鴇が出てきた。
鴇は私を見ると逃げた先程とは違い、すごい勢いで駆け寄ってきて私の肩を強く掴んだ。
「違うんだ、唐金!! これには深い訳があるんだ!」
「えっと、鴇君……?」
「生きる為に必要だったんだ!」
「そ、そうなんだ」
「やりたくてやってたわけじゃないんだ!」
「うん、信じるよ」
「頼むから誰にも言わないでくれ!」
悲痛の叫びを上げる鴇の胸を押して、少し離れるように促した。
言いたい事を言い疲れたのか、鴇は私から離れて肩で息をしている。
「と、鴇君。えっと……まずはお久しぶり」
「あ、ああ」
少し冷静に戻った鴇は、「少し話したい」と言い、先程の広場の一角に連れて行かれた。移動中、鴇は村民に大切にされているのか、皆んな鴇に深々とお辞儀をしたり、手を合わせる人までいた。
まるで、生き神様のような扱いだ。
「鴇君、有名人だね」
「まあな、色々と事情があって」
広場に着いた私達は、一角に横たわった大木があり、それをベンチ代わりにして座った。
「じゃあ、改めて。唐金、久しぶりだな」
「うん、元気そうで良かった」
「お前はどうやってここに?」
「私は、別のところに行こうとしたのだけれど、ドジって道を外しちゃって……。偶然この村を見つけたの」
「そうか、大変だったな」
「そうだ。私一人じゃないんだ。知り合いも一緒で……渡」
私は胸元に挟まっている渡に声を掛けた。渡が着物の合わせ目からひょっこりと頭を出した。
「おお……、この小さいのは人間か?」
鴇は目を凝らして渡の方を見た。
「拙者は鳥塚渡でござる。柚子葉と諸事情により旅をしている」
「は、初めまして」
鴇は渡に小さく会釈をした。
渡は自己紹介だけ済ますと、誰かに見られたら困るからと言い、再度私の胸元に戻っていった。
「唐金、この男をずっとそこに仕舞っていたのか?」
「うん、他に隠せる場所がなかったし」
「まぁ、お前がいいなら、いいのだが……」
鴇は何故か苦笑した。
「鴇君はどうしてここに?」
「それがわからなくてな。あいつらと旅をしている最中宿屋に泊まっていたのだが、いつの間にかこの村のこの広場で俺は倒れていた。意味わからないだろ」
確か鴇は宿の部屋で、輝夜に操られた真朱に殺されたのだ。その時からこの巻き戻しに合ったのだろう。
覚えていないのであれば無理に思い出す必要はない。
私は「不思議だね」と鴇に同調した。
「唐金は何で無事なんだ?」
「私は蛙の妖に食べられたじゃない? 実はあの後何とか自力で脱出したの」
「マジか。完全にダメだと思ってた。すげーなお前」
「まぁね」
「遠慮しねぇのかよ!」
鴇は笑いながら、私を肘で小突いた。
二人の間に和やかな笑い声が生まれる。
しかし、その暖かい空気は二人の沈黙によって空へと吸い込まれていった。
私は鴇に会ったら伝えたい事があったのだ。雑談で誤魔化してばかりいられない。
沈黙の中、私は鴇を真っ直ぐに見つめ、鴇も私の目を真剣に捉えた。
私は深呼吸するように息を吸って、二酸化炭素と一緒に自分の気持ちを吐き出した。
「あの時はごめんなさい」
「あの時はすまん」
私と鴇は同時にお互い頭を下げた。
「そ、そんな。悪かったのは私の方だよ。態度も良くなかったし、一人で行動しちゃってあんな事になって」
「それはしょうがねぇだろ。あの後、お前の気持ちを何も考えてなかったって、すごく反省したんだ。自分が強いからって、お前まで簡単に出来るって思っちまってた……」
「そんな事ないよ。確かに人それぞれ限界は違うけど、私のはやれば出来る事だった。だからあの時の鴇君の言葉が今考えるとすごくその後の旅の糧になったの」
「そんな風に言われると照れるな」
「わかる。実はこの空気むず痒い」
「じゃあ、この話はこれで終わりだな」
「うん」
私は鴇に手を差し出した。鴇がその手を握り、私達は強く握手を交わした。
そこで、ノイズと共に空間が切り替わった――。




