勝負
次の日の朝、私達は星の村を出発した。
馬は連れて行けないのでこの村に預け、これからは徒歩で進んで行く。
私は道中共に旅をした馬を撫で、別れを惜しんだ。
「柚子葉、あの森の中に洞窟の出入り口がある。地図もあるから迷うこともないでござろう」
「了解、サクサク行こう」
私と渡は、余裕のある足取りで森へ向かって、一歩踏み出した。
※
森の中は鬱蒼と雑草が茂っており、木の根が所々にあって足下に気を張っていないとすぐに転んでしまいそうになった。
渡が羅針盤で方角を確認しながら、地図と照らし合わせて道を示してくれるため、それに従うように私も後に続いた。
どこも似たような木と草ばかりで、ここで一人放り出されたら帰る自信がない。
道を確認しながら慎重に進んでいたところ、渡が急に足を止めた。
「渡、どうしたの?」
「妖でござる」
渡が言うと同時に、目の前の木々がバキバキと折れる音がし、どすんと言う鈍い着地音が地響きとともに広がった。
現れたそいつは、私を食ったトラウマでもある妖だった。
「大王蛙でござるか」
渡が刀に手を掛けると、大王蛙の舌が伸びるより早く切り刻んでしまった。
本当に一瞬で、さっきまで生きていた大王蛙が、瞬きしたら食べきりサイズにバラバラになっていたと表現できる程だ。
「早っ」
「大王蛙の舌に捕まったら逃れる間などないでござる。出会ったら一瞬で倒す。基本中の基本でござるよ」
「私が倒したかったのにぃ」
「倒したかったら、拙者より早く反応するべきでござる。妖の来訪に驚いて固まっている者に討伐は任せられぬでござるよ」
「うっ……」
悔しい。悔しい。悔しい。
次は絶対に私が倒してやると闘志を燃やしながら、さっさと先に進んで行く渡の背中を見つめた。
それからしばらく森を歩いていると、粘玉の集団が私達を囲んだ。
粘玉は俗に言うスライムのような妖で、手の平より一回り大きいくらいの大きさに、透明の身体、そして毒を持ち、数の暴力で獲物に襲い掛かる妖だ。
粘玉は火に弱い。渡は自分の刀に炎を纏わせ、粘玉に斬りかかろうとするも渡が剣を振る前に、その場に現れた大量の粘玉はみるみる小さくなって消え去ってしまった。
私がその場に塩を降らせ、すべての粘玉を処理してやったのだ。水分の塊である粘玉は塩にやられて全て跡形もなく消えていった。
一瞬で生き物を殺せる技もあるが、見える範囲にしか効果がないため四方を囲まれているこの状況では、塩を生成してそれを振りかけた方が早く始末できるのだ。
渡が振り返って、“お前がやったのか”と言わんばかりに私を見た。
私は鼻高々に自慢気な顔で渡を見た。
渡が悔しそうに、下唇を噛む。
「何をしたのでござるか?」
「掃除人の技の一つ、塩生成で塩を撒いたの。粘玉の弱点は火だけじゃないってこと」
「そ、そうか。柚子葉も中々やるでござるな」
渡の声は若干震えている。
私は先程の悔しさを取り返せた事が嬉しくて、少し調子に乗ってしまっていた。
渡の私を見る目が一瞬鋭くなり、私の方へ刀の切っ先を向けた。刃先がこちらへ高速で移動してくる。
刺される――と、私は思わず目を瞑ってしまった。
痛みを覚悟するもどこも痛くない、ゆっくりと目を開けると渡の刀に串刺しになった粘玉がついていた。
「だが、柚子葉はまだまだ爪が甘いようでござるな」
そこで、私の掃除婦としての誤ったプライドが燃え上がった。
私と渡は火花を散らしながら見つめ合う――。
そこから、掃除と剣術での腕競べが幕を開けたのだった。
小竜という妖が襲い掛かって来た時は、渡より早く私が害獣・害虫駆除という動物を瞬時に殺せる技で仕留めて見せた。
その後現れた、化土竜という人の大きさ程ある、姿はモグラに似ており地中から自分の巣穴に獲物を引きずり込む妖は、渡が地中を正確に貫いて一突きで倒してしまった。
森の中に人間が迷い込むのが珍しいのか、妖は私達目掛けてどんどん襲い掛かって来る。
私と渡は我先にと妖の気配がすれば反応し倒して回った。
お互い十種類は倒した段階で、私達は少し休憩する事にした。二人共走り回ったせいで、息が切れ、その場で膝に手を当てながら肩を揺らした。
「柚子葉、ここは一旦冷静になるでござる」
「そ、そうだね。今は競争している場合じゃなかったんだったね」
「ところで、柚子葉。もしかして気が付いているかも知れぬが……」
「やっぱり渡も気が付いてた? 実は私もそうなんじゃないかと思っていたの」
私達は顔を見合わせてお互いに頷いた。
「道に迷った」
「道に迷ったでござる」
二人共妖退治に夢中で道に外れていた事に気が付いておらず、冷静になった時には時既に遅しだった。
私と渡で地図と羅針盤を照らし合わせながら、進む方角を確認する。
「あっちに行けばいいのかな?」
「そうでござるな」
「最悪、大王蛙に食べられれば巣穴の洞窟に連れて行ってもらえる可能性もあるけど」
「それは断固拒否するでござる」
私の提案は、渡によって即却下された。
進むべき方向はわかったので、そちらの方へ進もうとした時、疲れていた私は注意力が散漫していたようで、足下の木の根に足を引っ掛けてしまった。
「きゃっ」
バランスを崩し転びはしなかったが、勢いよく前方へ飛び出してしまい。目の前の草むらに突っ込んでしまった。
そして、突撃したその先は、草で見えなかったが運悪く傾斜になっており、そのまま私は滑るように坂を転げ落ちてしまった。
「柚子葉!?」
どこか掴まれる木があれば良いのだが、落ち葉ばかりで掴まれそうな場所がない。落ち葉を操る能力で身体を落ち葉で包み、多少身体へのダメージを減らせるようにしているが効果があるのかわからない。
傾斜の先は崖になっているようだ。高圧の技があるから落ちても死にはしないだろうが、そこに放り出されてしまうと渡とも別れてしまうし、洞窟の入り口までの道のりが遠くなる可能性がある。
私が打開策を考えている隙に、渡が傾斜を駆け下りて、先回りしてくれていた。
このままだと渡にぶつかると思ったその時、渡は前に土の魔法で壁を作り、そこで私の身体を止めてくれた。
「渡……」
「気を付けるでござるよ」
「面目ないです」
渡がゆっくりと私を起こしてくれる。
「渡。助けてくれて、ありがとう」
「別に命を繋がれているから仕方なくでござるよ。普通の状態なら助けないでござる」
渡はふいっと私から、顔を逸らしてしまった。
「先を急ぐでござる」
「うん」
渡が私の手を取り、ぎゅっと引っ張った。繋いだ手が温かくて心地良い。渡と手を繋いだまま、傾斜を登ろうとしたその時だった――。
足場の土がずるりと滑る感覚が足元に伝ったのは……。
「地滑り!?」
「渡!」
そのまま地面がずれ、崖に向かって私達は地面ごと滑り落とされた。
咄嗟に私は渡にしがみ付き、私達は二人で抱き締め合うようにして、崖下へ落とされていったのだった――。




