お墓
「鬼ヶ島?」
「はい、鬼ヶ島です」
「それは扶桑にある鬼ヶ島か? 鬼の国の時雨氏が住んでいるあの島でござるか?」
「そうです」
「行けるかー!!!」
渡は、私の提案にご立腹のようだ。
二人共生きねばならぬ時に、鬼の領土にむざむざ行くなど渡からしたら自殺にしか聞こえないだろう。
「渡さん、この前蘭月家で宵様が言っていた薊という女性の事なのですが」
「ああ、春茜の姉だと言う」
「その人に会いたいのです」
「何故?」
「春茜は薊さんに懐いていたとの事でした。だから攫って人質にしたら炙り出せると思うのです」
渡は眉間に皺を寄せるも、暫くの逡巡の後、悪くないと思ってくれたのかゆっくりと頷いてくれた。
「姫様に鬼ヶ島への通行証を貰えるか聞いてみよう」
「その必要はないです。というか許可は貰えないと思います」
「何故?」
「聞いた話だと、薊さんは時雨金雀枝の妻で時雨水仙の手伝いもしているようです。貸してくれと頼んで貸してもらえると思いますか?」
「それは……無理でござろうな」
「輝夜姫様だって、そんな事正式な書面で敵国に対して頼める立場ではないですよね」
「確かに」
「なのでこっそり入って、こっそり連れ去るのが私の目的です」
「それは……」
渡は口を引き攣らせながら、私を見ている。私は真剣だ。四竜殿の中なら知り尽くしている。これが一番手っ取り早いのだ。
「危険すぎるのでは」
「渡さんは弱いかもしれませんが、私は強いので大丈夫です」
「弱い?」
額を引く尽かせる渡。よし、ノってきたようだ。
「渡さん、もしかして敵軍に忍び込むのに怖気付いているのでは……」
「そんな事あるわけないでござる」
「では、決定ですね」
「決定でござる」
よし、上手く行った。渡は自分自身の強さに対してとても自信を持っている。
その上、剣術に関してのプライドは人一倍高いのだ。
そこを突いたら絶対に反応すると思ったがここまで上手く行くとは……。
「では、手っ取り早く鬼ヶ島に行くために地下洞窟を通って行きたいのですが」
「ん?」
「鬼ヶ島まで真っ直ぐに繋がっている地下洞窟がありますよね?」
山を越えて行っていたら時間が掛かって仕方がない。例の洞窟を潜った方が断然早いだろうと考え私は提案した。
「確かに存在しているでござるが、妖の巣窟でとても危険で……」
「怖いのですか?」
「拙者が、その程度で怖気付くわけないでござろう」
「ですよね。ではそこに入りたいのですがどこか出入り口を知りませんか」
「それなら……」
渡が言うには星の村から出入りするのが一番安全かつ確実とのことで、二人で星の村まで移動する事になった。
渡が馬を出しそれに乗って向かうため、徒歩よりは早く着くがそれでも二日は要するとのことだ。
それを踏まえても鬼ヶ島に行くには洞窟を抜けた方が断然早く辿り着くだろう。
私と渡は月都の外で一旦待ち合わせをする事になった。どうやら月都内は人通りが多いので馬での移動には向かないのだそう。渡は馬小屋から馬を連れて来るので、私は先に出ていろとの指示を受けた。
渡を見送った後、私はこれで見納めの可能性がある、賑やかな町を眺めながら門外へと歩いた。
月都を囲う門の前で少し待つと、渡が馬を引き連れながら歩いてきた。
「可愛い」
動物は異世界も変わらず、女の母性本能を擽る物がある。胸をときめかせながら私はそっと馬を撫でた。
「柚子葉、乗るでござる」
「はい」
渡は馬を止まらせ、私に馬へ乗るように促した。
馬の種類はわからないが、茶色い毛艶の良い立派な馬だという事は素人でもわかった。
大人しそうな馬だが、いざ上に乗ろうと思うと緊張する。
私は渡に手伝ってもらいながら、馬の機嫌を損ねないように、なるべく丁寧に跨った。
「あ……」
地上には作物の目が出始めた畑が広がり、そのずっと先には荘厳な山が聳え立ち、空は青く澄んでいた。
いつもより高い目線は、私に新しい景色を見せてくれた。
この世界は美しい。心の底からそう思う。
「大丈夫でござるか?」
「は、はい」
次に渡が、慣れた身のこなしで私の背後に乗った。
彼が両手で手綱を握ると、まるで後ろから抱き締められているように錯覚してしまう。
私は、思わず緊張で身体が固まってしまった。
「馬に乗るのは初めてでござるか?」
「は、はい」
渡は私が馬に乗る事に緊張していると勘違いしているようだ。
この体勢なら顔を見られる心配がなく安心する。鏡がないからわからないが、きっと私の顔面はトマトのように真っ赤だっただろう。
「じゃあ、しっかりと掴まっているでござる」
「はい」
そのまま馬を走らせながら、私と渡は二人で星の村へと向かった。
私達は途中の村で休憩を取りながら、二日後の夕方に星の村へと到着した。
道中の会話は余りなかった、私自身必要な事以外はなるべく話さないように意識していたし、渡も私に何の興味もなかったし、特に私と仲良くなろうとせず、私達は適度な距離感を保てていたと思う。
「では、拙者は旅支度をする」
「私は、支度と少し村を見て回ります」
星の村で宿を確保した後、私達は一旦別行動をし、それぞれ洞窟に籠る準備をした。
私はバケツ代わりに仕える木桶と雑巾など掃除用具を片っ端から買い揃え、道具袋に詰めていった。
憧れのモップも今は装備できる。怖い物なしだ。
私は昔みんなでこの村に来た事を思い出していた。
この村を出たところで、私は一人別行動を取る羽目になってしまったのだ。
仲間と一緒に旅をしていたころに思いを馳せながら、準備を終えた私は村をふらっと散歩して回った。
畑と木造の家で構成された村は小さく、すぐに村端まで辿り着いてしまった。
ここで引き返そうかと思ったところ、墓地があるのが目に入った。
そこに比較的新しい墓があるのを私は見つけた。普段なら興味を持たないけれど、どういうわけか引かれるものがあり、私はその墓へと近寄った。
簡素で小さなお墓には木の板が差してあり、そこにこの墓の主の名前が書かれていた。
「から……か……ね……え!?」
墓石代わりの板には、“唐金柚子葉”と書かれていた。
「私!?」
寒気がして、身がブルっと震える。
お墓に自分の名前があるだなんて、まるでホラー映画のようだ。
「ぐ、偶然だよね……?」
きっと同性同名なのだろうと自分に言い聞かせる。
何だか怖くなった私は、お墓に一応手を合わせて、そそくさとそこから立ち去った。
宿に急いで戻り、小走りで階段を駆け上がって用意してもらった部屋へと向かう。
早く部屋の隅で膝を抱えて蹲りたい衝動に駆られ、急いで自分の客室の戸を開けた。
しかし、慌てた私は、その客室でお墓とは別の衝撃的なものを目にしてしまう。
開けた先には着替え途中でほぼ裸の渡がそこにいたのだ。
「柚子葉、戻ったでござるか」
「ご、ごめんなさい!」
鍛え上げられた肉体に目を奪われそうになるが、理性を取り戻し私はすぐに戸を閉め部屋の外へと出た。
渡の裸を見たのは初めてではないが、見慣れるものでもないため私の心臓は大気圏まで届きそうな程、バクバクと高鳴っていた。
部屋に入る前に声を掛けるべきだった。お墓の件があったとは言え基本的な事も失念していた愚かな私自身を、心の中でボコボコに殴り倒す妄想を繰り返した。
私と渡は宿では同じ部屋に泊まっている。二部屋取ると高くつくし、渡は小さくなれるので一部屋でも密着して寝る必要もないからだ。
だから部屋に入る時は細心の気遣いが必要だったのに、私の馬鹿、馬鹿、馬鹿!
「柚子葉」
着替え終わった渡が、戸を開け私に部屋の中に入るように促した。
「申し訳ございませんでした!」
部屋に入った私は、土下座の姿勢で、何度も何度も渡に頭を下げた。
「別に気にすることでもないでござろう」
「気が動転していて、声を掛けるのを忘れた私の失態なので」
「農作業をする時は、ほぼ裸でする事も珍しくないでござる。大した事でもない」
「そんな事ないです、私が悪いです! 以後、気を付けます」
恐縮してしまい半泣き状態の私に、渡は困り顔で頭を掻いた。
「で、気が動転してたとのことだが、何があったのでござるか?」
「あ、ああ。大したことじゃないのですが、自分と同じ名前のお墓を見つけてしまい少し驚いてしまって」
「何だそんな事でござったか。大方同じ名前の者が居たといういうだけでござろう」
「うぅ……、そうでしょうけど、なんか薄ら寒いというか、怖かったのです」
「まったく。今から行こうとしている洞窟の方が拙者は恐ろしいでござるよ」
渡は溜息を吐きながら、腕を組んだ。
そこで背後で突然バタリと何かが倒れる物音がした。
不意をつかれた私は小さく悲鳴を上げ、目の前で胡坐をかいて座っている渡へとしがみ付いてしまった。
物音の方をみると、どうやら置いてあった渡の刀が倒れただけのようだった。
ほっと一安心するも、渡に抱きついてしまった事実に気が付き、私の全身が一気に恥ずかしさで赤く染まっていった。
「ご、ごめんなさい!!」
「危ないっ」
私は急いで渡から離れると、身体に対して後方に跳ねた影響で今度は部屋の壁に激突してしまった。
「痛ったい……」
思い切り打った頭を抱えながら、涙目になる私。目の前を見ると渡が飽きれた顔で私を見ていた。
“へへ……”と照れ隠しで笑うと、渡は立ち上がって私に手を差し伸べてくれた。
「大丈夫でござるか」
「あ、ありがとうございます」
渡の手を取ると、力強くぐいっと引っ張上げられた。思い切り手を引かれたため渡と距離が自然と近くなってしまう。
「気を付けるでござる」
渡は素っ気なく言い、すぐに私から離れ、倒れた刀を手に持ち部屋の隅で刀の手入れを始めた。
慣れた手つきで柄を外し、渡は己の分身を丁寧に一つ一つ部品を確認しながらバラしていった。
こうして渡が刀の手入れをするところは、何度も見た事がある。手入れをしている最中の眼差しは、あの時の彼と変わらない。
渡は刀に触れる時はそれに対し真剣で、他の事など目に入らなくなるのだ。
だからこの時、突然渡が私に話しかけてきて、驚いて再度私が頭を壁にぶつけそうになったのは仕方がない事だと思う。
「柚子葉」
「な、なんでしょう」
「何をそんなに驚いているのでござるか」
「な、何でもないです」
渡は刀に目を向けながら、口だけで私に語り掛けた。
「前から言おうと思てっていたのだが」
「はい」
「拙者の事は“渡”でいい。さん付けされると何だか気持ちが悪い。それと敬語もいらない」
「えーっと、それは……何故でしょう」
「知らぬ。何だかお主に敬語を使われると背中がむず痒い感じがするのでござるよ」
「わ、わかりました」
「敬語」
「あの……わ、渡」
「それでいい」
それ以降、渡は刀の手入れに意識が戻し、口を開く事はなかった。
これは私の言葉使いが滅茶苦茶で、敬語よりタメ口の方がしっくり来るって意味だよね。
私としてはタメ口の方が慣れているから有り難いけど、教養のない女が敬語を使っている事に違和感を覚えているのだとしたらかなり申し訳ないな。
そして、その後は特に会話もないまま夜も更け、渡は小さくなって部屋の隅で眠り、私はお布団の中で今日のお墓の事を思い出し震えながらも、いつの間にか眠りについていた。




