出発
星の村を目指しながら、私達は姫達から頂いた路銀で何を買ったか等、お互い話し合った。
みんな、お守り効果のある装備品や魔力を回復させる水等色々買ったようだ。
アイテムを無限に入れることができる魔法の袋を貰ったため、割と嵩張るものも買うことができたようだ。
私は何を買ったか聞かれたため、薬草とバケツを買ったと言ったら、憐れみの視線で見られた。
唯一使える装備品っぽいのがバケツだったんだよ、戦闘に役立ちそうになるものは全て使えなかったり、装備できないんだから仕方ないだろう。
「では、みなさん、星の村までの間にこの国の知識についてお教えいたします」
夕霧の、涼やかな声にみな頷いた。
「私達の国は“曙”という名前です。国土を見せましょう」
夕霧は巻物を開き、地図を表示させる。
曙という国は、日本と同じ島国のようで、印象としては北海道と沖縄がない日本。
しかし、日本のように弓形でもなく比較的直線に近い形で、所々に小さい島があり、地図の調度真ん中くらいに赤い線が引いてある。
どうやらそこを境に東が人の国・曙、西が鬼の国・扶桑というように二国に分かれているようだ。
「ここが、私達のいる場所です。この東の町というのがそうですね」
夕霧が私達のいる場所を指さす。それを見て、鴇がうんざりとした表情をした。
「ここって、こんな東の端だったのかよ……」
「はい、丁度島の端にある町ですね、鬼の脅威からは最も遠いといえます。鬼領との境目ですと小さな戦が頻繁に開かれますから」
「せ、戦争ですか」
真朱が、額をピクピクとさせ引いていて、瑠璃も少し物悲しそうな表情を浮かべた。
これは、当たり前の反応だ。“戦”なんて聞いて現代日本人が簡単に馴染めるわけがない。
隣の鴇は少し目を輝かせていた。男の子だしこういうことにはやはり興味があるのだろうか。
活躍が約束されたチート職業だし、戦いでの活躍が保証されているもんね。
掃除婦の私は心配しかないというのに。
私は身勝手ながら、少し鴇に対してイラついてしまった。
それにしても、民族同士の争いの最中に私達四人で敵陣地に潜入して、敵の頭取ってこいっていうんだから結構な無茶振りだよね。
私はてっきりRPGのように魔王がいてそれを倒すだけなのかと思っていたし。
あれ……? 英雄とか言って持ち上げられてたけど、もしかして私達かなり低待遇の使い捨ての駒みたいな感じ?
少し解せないが仕方ない。生活のためにはやり遂げなければならないのだから。むしろ異世界から来た何者かもわからないようや私達を使ってくれるだけマシと言えよう。
「それで、ここが星の村です、半日もすれば辿り着く距離ですね」
夕霧は、ほんの少し指を下げた。
チュートリアルには確かにいい距離だった。
夕霧の説明を聞きながら、のんびり街道を歩いていると、突然妖が現れた。
人間の腰くらいまでの大きさの蛇のような形の妖が三匹ほどだ。全身は鱗に覆われ頭部に目が五つほどついていて気色が悪い。
「五目蛇ですか……丁度いい妖ですね、みなさん討伐よろしくお願いします」
夕霧が私達の後ろへ下がる。
「おっしゃ、行くぜ!!」
最初に飛び出したのは鴇だった。
大きな槍で妖を一突きで倒してしまう、次は真朱が後方から火の魔法で蛇を燃やす。
瑠璃は、前線には出ずに後方で祈りをささげていた。瑠璃が祈ると各種能力が上がるようだ。
私はとりあえず、五目蛇を雑巾で叩いてみると、五目蛇は若干不愉快そうにした。
雑巾で叩かれた五目蛇が、大きな口を開けて私を威嚇してきた。不揃いに生えた大きな牙が見え、とてつもない恐怖を感じてしまう。
無理、怖い、倒せる気がしない。
私は思わず後ろへ飛びのいた。
その隙に鴇が颯爽と現れ、私と対峙していた妖を一撃で倒してしまった。
「唐金、大丈夫か?」
「う、うん。ありがと」
「あんま、無理すんなよ」
「…………うん」
何だこいつ。嫌味か。
これ見よがしに、私の獲物を倒すなんて。
あんたが楽勝に倒せる敵に、私は無理してるってことか。
ムカムカする。私、こいつ嫌いかも。
「みなさん、お見事です。簡単に倒してしまいましたね」
離れたところで見ていた夕霧が、軽く拍手をしながら近づいてきた。
「武器や装備が整うと、こんなにも違うんですね」
「真朱君の魔力が高いのですよ、魔力を十分に発揮するには、さらに良い武器を手に入れる必要があります」
「良い武器ですか?」
「それも良いものではありますが、町や家に代々伝わっているものや、ダンジョンの中にひっそりと隠されているものがあります、旅の途中で見つけられるといいですね」
「うおっそれ、ゲームっぽいな!」
「ゲームってそんな感じなの? 私あんまりそういうのやらないから」
テンションの上がった鴇が、瑠璃にRPGのあるあるネタを説明し始めた。
夕霧の説明からするに、ダンジョンの中に掃除婦用の伝説の武器とかあったりするのだろうか……
うーん、ないな。
みんなには、伝説の武器と出会う楽しみや希望があるんだろうな、超羨ましい。それに比べ私は……。
私は楽しむ仲間を横目にため息を一つ吐いた。
その後も、魔物が出たらみんなが倒し、私は夕霧と一緒に後方で待機していた。
私がしゃしゃり出ても邪魔にしかならないという事がよくわかったからだ。
そうやって戦闘を繰り返していくうちに、どうやら、みんなはレベルが上がったようだ。
巻物の職業の隣の数字が上がっていると、休憩中に話題になっていた。
私の巻物の表示は、掃除婦 序 のままだった。
戦闘に参加していないんだから当たり前か。
私が巻物を見て眉を下げると、夕霧がみんなと少し離れたところにいる私の隣に座った。
「無神経なお仲間ですね。あなたにもう少し気を使うべきだ」
「い、いいんです。気にしないでください。みんなが強くなることはいいことなので……」
「柚子葉さんがそういうならいいのですが、もし、冒険が辛いようなら、私の部下として雇ってもいいのですよ」
夕霧が、私の顔を覗き込むようにして優しく微笑んだ。綺麗な顔で見つめられて、思わず頬が赤くなってしまう。
それを誤魔化すように、私は立ち上がり夕霧へ背を向けた。
「夕霧さん、ありがとう。検討しておきます」
鬼族領に入るまでにこのまま旅を続けるか決めよう。
人族領はそこまで危険に合うことはないだろうしね。
あまりにも自分が使えないままなら、そこで脱落して、あとはみんなに任せるしかない。
そのためにもまずは、最低でもモップは装備出来るようになりたい。雑巾は戦闘には向かな過ぎる。
一先ず今は、洗剤生成の能力があるためそれを常時作動させておくか。
えーと、自分が作れる洗剤は……巻物を開いてみると、思いの外作れる種類があった。
酸性洗剤、アルカリ性洗剤、中性洗剤、塩素系洗剤、重曹、レモン汁、剥離剤、石用洗剤、中和剤、ワックス、漂白剤、研磨剤、水
(へー、レモン汁も洗剤に入るのか、あっ、水も作れる!)
そういえば、油汚れにはクエン酸がいいんだっけか。
私は次の村まで、環境に優しそうなレモン汁を作成しながら進むことにした。水でもいいけどなんかつまらないしね。
※
私達は雑魚妖を倒しながら無事に星の村に着くことができ、日が暮れつつある空は赤く染まっていた。
星の村は、小ぢんまりとした集落で、茅葺屋根の家が沢山見受けられ、昔家族で行った白川郷を思い出した。
「みなさんお疲れ様です、宿で休む前に村長さんに挨拶に行きましょう」
夕霧の声かけに、みんなで「はい」と返事をした。
※
「ほぉ、お主達が異世界からの英雄なのか(チラッ)」
私達は、夕霧に連れられ、村長のお宅へお邪魔していた。村長は気の良いお爺さんという雰囲気で、長くて真っ白なあご髭が特徴的だ。
「我らも、妖には苦労しておっての。雪羅を倒してくれるの英雄ならいくらでも協力しよう(チラッ)」
さっきから村長は、私の方をチラチラと見ながら話してくる。掃除婦が混ざっていることが気になって仕方ないが、触れていいかどうか迷っているのだろう。
「あの、村長さん。私のことは、ただの旅のお供の掃除婦だと思って気にしないでください」
「あ、あぁ、そうなんですか……え、旅のお供? え?」
村長に気を使わせるのも悪いので、簡単に事情を説明しておいたが、村長が余計混乱した様子なのは何故だろう。面倒臭いのでこれ以上はスルーだ。
「村長殿、お願いがあるのですが……」
「ああ、夕霧殿、何かね?」
「ここら辺で、何か被害に困っている妖はおりませんか? 彼らの成長のために何か倒させたいのですが……」
「ああ、それなら丁度いいのが村はずれにおります。“小竜”なのですがいかがでしょう」
「小竜ですか、いいですね」
「しょーりゅー? ……えっ、もしかして、竜倒すんですか?」
「真朱、何ビビってんだよ。小さいならイケるだろ」
鴇は相も変わらず自信満々だ。見た事もない癖になにが簡単にイケるだよ。
「小竜は、人の大きさくらいのトカゲの妖です。村人がたまに襲われることがあり迷惑しておりました。戦いの心得があるものなら苦労はしないでしょう。退治をお願いできますか?」
「任せろ、爺さん! 俺達が退治してやるよ!!」
「ほっほっほ。逞しいですなぁ、流石異世界からの英雄じゃ」
鴇はガッツポーズを作り、みんなを代表するかのように言ってのけた。村長も嬉しそうに髭を撫でる。
そこで夕霧が“パン”と、空気を変えるかのように軽く手を打った。
「では、皆さん、今日は宿屋で休みましょう。明日、小竜退治へ出発です」
そして、私達は村の宿屋で一晩休み、小竜退治へ赴くこととなった。