朝鶴
月宮殿へ戻ると、渡と一旦別れ、私は自室が与えられることになり、そこに暫く住むようにと言われた。
国の重鎮が使うような広い部屋で、そこに一通り必要なものが揃っていた。さらに世話係として女官も二人付いた。
なんだこの至れり尽くせりは……。
私は月宮殿の中なら自由に出歩いてもいいと言われ、二日間月宮殿の中を散歩したり、働いている人とお話ししたりして過ごした。
たまに、桃次郎に見つかって口説かれることがあるが、それを除いては平和な日々だったのだが……。
「って、違ーーーーう!!!!」
どう見ても軟禁状態です有難うございます。
私は唯一、自由に出入りすることを禁じられている、月宮殿の奥――黒金月殿へと物申しに言った。
「何でござるか?」
不機嫌そうな渡が、私を黒金月殿の入り口で迎えた。
「私をここから出してください。行かなければならないところがあるのです」
「却下でござる。お主が死ねば拙者も死ぬ。おいそれと外に出す訳にはいかぬ。春茜なら拙者が調べているから安心するでござるよ」
「そういう問題じゃなくて、私は大事な使命があってそれをどうにかしないとどの道死ぬんです」
「死ぬ?」
「はい。別の呪いにも掛かっていて……」
戦を阻止しないと死んでしまうのです
あれ? 言えない。
もう一度、戦を阻止しないと死ぬと声に出そうとすると声が詰まって出て来なかった。
どうやら、神の条件の中に他言できないというのも入っているのかもしれない。
「別の呪い……?」
「はい、神様に掛けられていて、呪いの内容は他言無用なので伝えられないようです」
渡が叫び声を上げながら、頭を抱えた。神様の呪いと聞いて「何故なんだー」と絶望を体全体で表していた。
こんな不安定な状態の私と強制的に命を結ばれてしまった彼に同情する。
私はこの国で起こる予定の戦争を阻止しなければ死んでしまうのだ。
「ともかく、そっちの方の呪いも何とかしたいので軟禁を解いてもらいたいのです」
「ぐっ……」
渡は悔しそうに、こちらを睨んでいた。
彼からしたら私を軟禁しておいて、自分一人で行動した方が安全だと思ったのだろう。
「良いのではないかしら? 渡……」
鈴が鳴るような美しい声が耳に入る。
銀の長い髪を揺らしながら、輝夜が私達の方へゆっくりと近寄ってきた。
「姫様……」
輝夜は扇を広げ、口元を隠しながら私と渡を見た。扇で顔の下半分が隠れているが、目だけで彼女が笑っているのがわかる。
「渡、しばらく暇をやるからその娘と旅に出るといいわ。そして呪いとやらを解いてきなさい」
「それは……」
渡は戸惑うように、逡巡している。私は渡と一緒に居られるのは嬉しいけれど、今から私がしようとしている事は危険が付きまとうだろう。
それに彼を巻き込む訳にはいかない。
「私嫌です! この人と旅だなんてしたくありません! 一人で行きます」
突然の拒絶に渡が私を見て、イラついているのがわかる。
しかし、こうでも言わないと、なし崩し的に二人旅をする事になりそうだから仕方ない。
「渡は国一番の剣士。役に立たない事はないけれど……」
「柚子葉。お前に好かれたいとは微塵も思わぬでござるが、拙者の命が握られている以上好き勝手行動させるわけにはいかぬでござる」
輝夜の言葉を遮って渡がまくし立てるように、私へ迫った。
「でも……」
「でもじゃない。拙者と行くか軟禁かの二択でござる」
「うっ……」
確かに渡からしたら、私がふらふら自由行動を取ったら気が気でないのだろう。
私は押しに負けて結局「はい」と返事をしてしまった。
それからお互い一旦別れて、それぞれ旅の準備をする事になった。
準備が整い次第、月宮殿の正門の前で待ち合わせをしておる。
正門に向かうと渡はすでに旅支度を済ませたのか、門の柱に背を預けて立っていた。
渡は少し難しい表情の横顔も整っており、懲りずに私の胸は高鳴るのだった。
私はいけないと首を振って、その後両頬を手で叩いた。
彼に見惚れてはいけない。
絶対に好きにってはいけない。
そう自分自身へと何度も言い聞かせた。
「お待たせしました」
「ああ……」
渡は、私とあまり目を合わせようとしない。先程拒絶したのを根に持っているようだ。
少し傷つくが、これぐらいの距離感の方が丁度良いのかもしれない。
私と渡が出発しようとしたところ、正門を中へと通ろうとしていた女性と目が合った。
その女性を見て渡は「あっ……」と声を出した。
「あら、渡。女の子連れでお出掛け?」
赤いアイシャドウと黒い髪が印象的な美しい女性は上品な笑みをこさえた。
「少しな……詳しい事は姫様に聞くでござる」
「そう。事情があるのね」
その女性は私を見て、ゆっくりと頭を下げた。
「私は朝鶴。姫様の側近をしています」
「柚子葉です。無職です」
私も彼女に合わせて、頭を下げた。
見た目は化粧のせいでキツそうだが、根は優しい人なのだろうか、物腰が柔らかく、コミュ障の私ですら一緒に居て安心できるようなあたりの良さがある。
しかし、渡は居心地悪そうにしながら、私に「行くでござる」と声を掛けた。
「それでは」
「気を付けて」
朝鶴は私と渡へ手を振った。私は最後にもう一度振り返り、朝鶴に軽く会釈をし、ずんずんと先へ行ってしまう渡に必死に付いていった。
「渡さん、今の人、すごく綺麗ですね」
「……あの女の話はしたくない」
渡は不機嫌そうに眉間に皺を作った。仲が悪いのだろうか。私はそれ以上彼女の事は突っ込むのをやめた。
「柚子葉、これからどこに向かうのは決めたのか?」
「私が決めていいのですか?」
「お前が呪いを解くためでごさろう」
「そ、そうですよね」
選べるのであれば行き先は決まっている。
「私、鬼ヶ島に行きたいです」




