蘭月
渡と共に来た蘭月家のお屋敷は立派だが、月宮殿や四竜殿を知っている私にとっては少し物足りないと感じてしまった。
それでも赤竜殿一つ分の大きさはあるため、資産は多いのであろう。
私と渡は門番へと書状を渡し、少し門の前で待たされた。
「渡さん、蘭月家の方々はどんなお仕事をしているのですか?」
「宮勤めをしているが、主な役割は占いでござるな」
「占い?」
「そうでござる。昔から蘭月家の占いは当たると有名でな、その力を買われてここまで家を大きくした」
占い師を常駐させておくのは、人の国でも鬼の国でも変わらないようだ。占い師と聞くとどうしても薊の事を思い出してしまう。
そういえば、薊は鬼ではなく人間だ。もしかしたら、この家と関わりのある人なのだろうか。
薊の事を聞こうとしたところ、門番が戻って来て、私達二人を中へと促した。
屋敷の奥、御簾が垂れ下がった部屋の前に通される。
中から女官が「どうぞ」と声をかけ、私達に入室を許可した。
主の趣味なのか部屋は広いが内装はシンプルで、飾りは掛け軸くらいである。
部屋の真ん中後方に座る老婆が「どうぞ、お掛けになってください」と私達に目の前の座布団を進めた。
渡は正座をし、私は立膝でこの部屋の主へと頭を下げてから、勧められた座布団へと座った。
老婆の黒い部分のない完璧な白髪と真っ白な着物が神秘的な神々しさを演出していた。初対面の人間はこの人の占いはよく当たりそうだと、直感的に思ってしまうだろう。
「私はこの家の主、蘭月宵でございます」
老婆は丁寧に深々と頭を下げた。私と渡も頭を下げながら自己紹介をする。
「輝夜様の書状には詳しい事は書かれていなくて、二人の相談に乗ってくれとの事でしたが」
「実は……、拙者とこの柚子葉という娘が“命結び”なる術で命を繋がれてしまったようなのでござる」
「命結び……」
宵は少し眉を顰めた。
「輝夜様がその技に私に聞けとおっしゃったのですね」
「はい、蘭月家に行けば解決するだろうと」
「そう、あの方は何でもお見通しなのですね」
宵は観念したかのように、小さく溜息を吐いた。
「その術は私達一族の秘術中の秘術。本家当主のみに受け継がれ口外禁止の技……のはずだったのですがさすが輝夜様と言うしかありませんね」
伊達にこの国の主をやっているわけじゃないって事か。
「当主のみと言う事は、私達にその技をかけたのは……?」
宵は黙って頷いた。
「渡さん、柚子葉さん。貴方方に術をかけた者の特徴はどんな者でしたか?」
「どうって言われても……若い男の子でしたよ」
「若い男と体格の良い男の二人組でござったな。春茜と暮夜と呼び合っていたでござる」
「そうですか……」
宵は目を伏せ、悟ったような溜息を吐いた。
「春茜は我が蘭月家の直系の子――私の孫の一人です。ただし男なので婿へ出る身、秘術など伝える事はしなかったのですが……何故」
男なので婿になる? そう言えば輝夜姫も女で人族の頂点に立っているし、前に異世界に転移した時も双子の姫が屋敷の主だった。そして、この家も女性の当主。
という事は人間の国は女性優位の社会という事なのだろうか。
渡が前にぼやいていた玉の輿狙いというのも、そういう背景があっての事なのか。
私は一人で主題とは別の事に納得していた。
「春茜という男は、この家を出たのでござるか?」
「はい。姉の薊が鬼の国へ嫁に行った後でしょうか、後を追うように一人姿を消しました」
「薊?」
私は見知った名に思わず反応してしまった。そこで、この時間軸では知り得ない情報だと知って慌てて口を塞いだのだった。
「柚子葉さん? 薊を知っているの?」
「ち、違います、珍しい名前だなって思って……」
「そう……」
さすがに苦しいかと思ったが、宵はそれ以上突っ込んではこなかった。
「月宮殿の女官が時雨水仙に気に入られて、手土産にされた事があったがあの女子でござるか」
「はい。余り占いの才がなかったので跡継ぎ候補からも外れており、女官として姫に仕えさせていたのですが……。春茜は薊に懐いておりましたので思うところがあったのでしょう」
「宵殿。この術は本人でないと解けぬでござるか?」
「はい。とても繊細な術なので他の者が迂闊に触るわけにも行きません」
「さようでござるか……」
私と渡は暗い面持で俯いた。やはり春茜を探し出すしかないようだ。
「宵様、居場所の心当たりはありませんか?」
宵は黙って首を振った。これ以上ここに居ても何も出て来ないだろう。
私と渡はお礼を言い、屋敷を後にした。
蘭月の屋敷の外で渡は私を訝し気な目でじっと見つめた。
「何か?」
「何でもない」
渡はぷいっと顔を背け、辺りの景色を見回した。
「渡さん、これからどうしましょうか?」
「どうもこうも、春茜とやらを探すしかないであろう」
まいったな。早く同級生を見つけて合流したかったのに、厄介な事に巻き込まれてしまった。
その上、鬼と人間の戦も止めろというのだから無理がある。
「柚子葉。拙者と共に月宮殿へ戻ってもらう」
「は、はい」
「月宮殿で今後の方針について話合いをせねばならぬからな」
蘭月で得られた情報は貴重な物であったが直接解決へ繋がる物ではなかった。
私と渡は肩を落としながら月宮殿へと帰っていった。




