春茜と暮夜
春茜は山へ入り、倉庫代わりに使ってる洞窟の床へ暮夜を寝かせた。応急処置として薬草の効果を使い傷口は塞いだが、出血が多く暮夜の意識は失われたままだ。
横たわらせた後、渡に斬り落とされた暮夜の腕を肩にくっつけるように置いた。
春茜は「おい」と、洞窟の奥にいる“誰か”に声を掛けた。
すると、すぐに洞窟の奥から、小動物のような庇護欲を掻き立てる愛らしい容姿をした少女が歩いて出てきた。
「回復しろ」
春茜は少女に命令し、少女はそれに黙って頷いた。
少女が目覚めぬ大男に手を翳すと、暮夜はみるみると回復し、斬られた腕も全て元通りになった。
「さすが、神巫女だ」
春茜は偉そうに笑うと、暮夜の頬をペシペシと叩き、気絶している相棒の意識を呼び戻した。
「暮夜、大丈夫か?」
「春茜……」
暮夜は辺りを見回し、ここが見慣れた洞窟だと認識したようだ。そして己の状況も同時に把握した。
「くっ、春茜か……すまねぇ」
「いいよ。鳥塚渡と対峙して腕一本で済んだんだ。運がいい方だ」
春茜は暮夜の肩を健闘を讃えるかのように軽く叩いた。
「それで、一寸武士(鳥塚渡)はどうなった?」
春茜は暮夜の質問に返事をしなかった。しかし、状況を理解するのに暮夜にはそれで充分だった。
「ダメだったのか」
「ああ、命結びをする相手を間違えた。結んだ相手がただの庶民かと思ったら飛んだ手練れでな。すまないお前が犠牲を負ったのに結果を残せなかった」
春茜はあの時人質に取った女と、そこにやって来るであろう輝夜の部下の命を結び、人質の女を殺す事によってその部下も同時に殺すつもりだった。
しかし、やって来た部下は国一番の剣士の鳥塚渡だった。遠くに離され手が出しづらい人質だった女ではなく、目の前にいて殺しやすそうな柚子葉と渡の命を結んだのだった。柚子葉を殺し、渡も殺せると思ったが、柚子葉が見た目にそぐわず強く反撃に合ってしまった。これは、焦り相手を見誤った春茜の判断ミスが起こした最悪の事態だ。
後悔してもしきれないのか、春茜は悔しそうに拳を握った。
「気にするな。元より一番厄介な相手だ。一筋縄で行くとは思ってねぇ。今回来たのがあいつなのは俺たちの運が悪かったんだろう」
暮夜は落ち込む春茜の頭をわしゃわしゃと撫でた。いつもなら暮夜が頭を撫でると子供扱いするなと怒るが、今は心底凹んでいるのだろう、何も言わずただ黙って暗い顔で俯いていた。
回復の少女は二人の慰め合いを光のない瞳で見ていた。
表には出さないが、腹の中ではその光景をいい気味だと嘲笑っていた。
自分をこんな洞窟に置き去りにし、いいように使った罰だと、少女は思っていた。
少女は彼等の指示がないと動けない。早く奥で休みたかったが、主達は二人だけの世界に入ってしまい少女の事は忘れてしまっている。
かと言ってこちらから声を掛けて、それが彼等の癪に触り機嫌を損ねると後が面倒だ。
仕方なく少女がその状態でしばらく座していると、思い出したかのように暮夜に呼び掛けられた。
「瑠璃、酒を持って来い」
二人は今回の敗退を酒で忘れるつもりなのだろう。
瑠璃はそれぐらい自分で取りに行けと腹の中では思ったが、機嫌を損ねても面倒なため、返事もせずに立ち上がり、洞窟の奥に酒を取りに行った。
※
私と渡は月都の中心の月宮殿を目指し歩いていた。
先程の騒ぎなど嘘のように、町は普段通りの活気を取り戻していた。
「お主は月都に家はあるのか?」
「いえ、無職、家なし、無一文です」
「は?」
「今着ている服が全財産です」
「あれ程の水魔法が使えるのに?」
「まぁ、色々あって」
「さようでござるか……」
渡が私の全身を上から下へ眺めるように見て、溜息を吐いた。
「仕方ないから拙者が服を買って贈る、その変わった格好で月宮殿に入れるわけには行かないでござるからな」
「ありがとうございます」
私は渡の世話になってしまう事に申し訳なさを感じながら、頭を下げた。
彼とは関わらないようにしようと決めていたのに、こうしてまた助けてもらってしまう自分が情けなくて仕方ない。
情けないのに、心の奥底では一緒に居られる事に喜んでしまっていて、それがまた命懸けで私を助けてくれた“彼”を裏切っているようで自己嫌悪に陥るのだ。
「どうかしたか? 元気がないようでござるが」
「何でもないです」
「さようでござるか」
渡は私に関心がないようで、あまり話も広がらずに町を二人で連れ立って歩いていた。
それから私は渡に着物を買ってもらい、店で着付けてもらった。緑色の着物にピンクの花柄の模様の物だ。
「渡…さん。似合うと思いますか?」
「拙者は女物はよくわからぬが、似合っているのではないか?」
「ありがとうございます」
学校の制服も動きやすくていいのだが、やはり町中では浮いた格好のため着替えることが出来、素直に嬉しい。
私の足取りは心なしか軽くなった。
渡はそんな私に呆れたような視線を向けた。
「お主は何者でござるか?」
「何者とは?」
「身分を知っておきたい。姓はないのでござるか?」
「ないです」
前に異世界に来た時、ループ前の渡にやたらと苗字を名乗るなと言われているのだ。
「良からぬ出ではないのでござるな?」
「良からぬとは?」
「いや、いい。面と向かって聞くには失礼でござったな」
「必要とあらば何でも話しますよ」
私は渡へ笑顔を返した。渡は眉を顰めながらも愛想笑いを返してくれた。
どうやら渡には良く思われてはいないようだ。
身分もわからない女と命を結ばれたとあれば彼の気持ちもよくわかる。
あの場に私がしゃしゃり出なければ渡に迷惑を掛けることもなかっただろう。後悔先に立たずと言えど、私の頭は違う可能性を求め、あの時こうしていればと次々と思い浮かべてしまっていた。




