命結び
戦と仲間の情報を何かしら拾う事、旅をするにも銭が必要なため日雇いでも何でも仕事を探す事。その二つが今すべき事だと私は考えた。
幸い私は掃除婦だ。どこかのお屋敷で雇ってもらえないか交渉し、そこを基盤として情報を集めるのがいいだろう。
私はぐるりと月都を見渡した。
月都は建物の間隔が狭く、人口密度も高かった。
建物は二階建以上のものが多く、長屋なのか屋敷なのか一見私では見分けがつかない。
仕事斡旋所のような場所があれば一番いいのだが、私の周囲にはそれらしい物は見当たらない。
幸いまだ、体力はある。月都は見知らぬ土地だ。土地勘を得るためにも歩くのがいいだろう。
私が変わらぬ景色を見ながら、人ゴミを掻き分け歩いていると女性の悲鳴が聞こえて来た。
何かトラブルだろうか。
係るべきかどうかは迷わない。私は一目散にその方向へ走り出した。トラブルがきっかけで何か仕事にありつけるかもしれない僅かな可能性に賭けるのだ。
悲鳴の方へ走ると、沢山の人々がその現場から逃げるように走ってきた。
「何事……?」
民衆のこの逃げっぷりは尋常でない。大きなトラブルの予感を感じながら、私はその波に逆らいながら進んでいった。
「お嬢ちゃん、そっちは危険だ。早く逃げな」
道行く人がトラブルの方へ歩く私を引き止める。私はそれに愛想笑いを浮かべ会釈し、振り切った。
どんな敵が待ち受けているのか知らないが、ステータス的に、ちょっとやそっとの相手では私には敵わないだろう。
走っていくと広場が見えて来た。そこに誰かいるようだ。
目を凝らして見ると、フードを被った少年と、筋骨隆々の年齢不詳の大男が町娘を掴まえていた。
捕らえられた女の子は気絶しているようだ。
「その女の子を離しなさーい!」
私は大声で啖呵を切った。
明らかに二人組の男の方が悪役に見えるが、確定したわけではないので、まだ暴力的手段には出ない。
悪い奴でないなら、この台詞に平和的手段で回答するはずだ。
「春茜ハルアカネ、可愛い嬢ちゃんが登場だぜ。掴まえてもいいか?」
「好きにしろ、暮夜ボヤ。どうせただの餌だ」
少年の方が春茜、大男の方が暮夜と言う名らしい。 暮夜が下卑た笑みをこさえながら、私の方へにじり寄って来る。
台詞と態度から二人組を悪と断定した私が戦闘モードに入ろうとした時――、真っ赤な血飛沫が娘を捕らえる暮夜の腕から花火のように噴き出た。
その次に腕が血を撒き散らしながら、宙へ飛んだ。
暮夜は腕を切り取られた痛みに、空気が震えるような雄叫びを上げた。
「輝夜姫のお膝元で下賤が不貞を働くとは、死を覚悟してのことであろうな?」
そこには、大男から意図も簡単に町娘を奪い返した渡がいた。
渡は町娘を少し離れた所に置き、再度二人組を睨みつけた。
「お主は先程の……」
渡は睨みつけた先に私がいる事に気が付き、訝しげな顔をした。
「早く逃げるでござる」
「は、はい」
私にその場を離れるように渡は指示を出した。
戦おうと思ったが、ここは渡に任せておけば大丈夫だろう。大人しくその場を離れようとした時、心臓が糸で締め上げられるような痛みに襲われた。
思わぬ痛みに動きが止まったところに、春茜が両手に刀を持ち、私目掛け斬り掛かってきた。
私は咄嗟に高水圧を出し、春茜の小さな身体に思い切り当て、彼を反対方向に跳ね返してやった。
油断した春茜はモロに攻撃を受け、身体は宙へ舞い、そして打ち付けられるように地に落ちた。
春茜は少し苦しそうにしながらも、すぐに上体を起こした。かなりの圧力を当てたが、すぐに起き上がるあたり、見た目によらず相当頑丈なのだろう。
「そのなりで水の高位魔法が使えるだなんて……しくじったな」
少年は恨めしそうに私を見た。起き上がった少年の喉元にいつの間にか近付いていた渡が刀を向ける。
刀が寸分でもずれれば命はないというのに、未だ春茜の表情には余裕があった
「僕を殺すのは止めておいた方がいい。二人に掛けた術が解けなくなるよ」
「術……?」
「命繋ぎ。どちらかが死ねば、もう片方も死ぬ」
「は?」
私も渡も唖然とし、言葉が出てこない。
春茜はその一瞬の隙をついて、突然目の前から消え去った。
「いない!?」
私達が少年を探し周囲をぐるりと見渡すと、二階建ての建物の屋根の上に春茜はいた。
春茜は軽々と相棒の巨体と切り離された腕を担ぎ、私達を見下ろしていた。
「この借りはまた」
少年はそう言い残し、霧のように消えていった。
残された私と渡は呆然と彼が消えた方向をしばらく見つめていた。
我に戻った私が渡の方を見ると、渡も私に目を向けた。彼の瞳を見ると一緒に過ごした時間を嫌でも思い出してしまう。そして、胸がぎゅっと締め付けられ痛むのだ。
「お主、名は?」
「柚子葉です」
「拙者は鳥塚渡でござる」
「どうも」
他人行儀な挨拶にくすぐったくなる。
渡は私をジロジロと見回し、溜息を吐いた。
「柚子葉。手間を掛けて申し訳ないが、これから拙者についてきてもらうでござる」
「え?」
「先程の賊が言っていた呪いが本物か姫に見極めてもらうのだ」
「姫?」
「姫と言ったら輝夜姫しかおらぬであろう」
輝夜姫……。
この国の長で、渡はその姫の親衛隊で隊長をやっていると以前の転移で聞いた。
そして、私が腸煮えくり返る程憎い相手――。




