プロローグ
ヘンタイ先輩もとい逸見太都との出会いは、友人の紹介がきっかけだった。
高校に進学して、初めて出来た友人の伊塚光里という子が、彼と幼馴染でその縁もあり、入部した化学部で出会ったのだ。
無駄に長身で、顔に対して少し大きめの眼鏡をかけており、ワカメみたいな髪型が印象的だった。
彼は、私の姿を見て、一瞬驚いた表情をし、何かを言いかけたが、ぐっと堪えた様子の後に手を差し出してきた。
そして、衝撃的な一言を言い放ったのだ。
「柚子葉ちゃんか、綺麗な名前だね。俺と付き合ってくれないか?」
「は、はい??」
それから、先輩からは、事あるごとに公開告白されることになり、非常に迷惑な存在となった。
※
彼は、掃除が好きで、化学部の部長をやっているのも、掃除で使う洗剤のブレンドを行うためだった。
掃除のことになると周りが見えなくなって、一方的に周囲に熱く語るものだから、学校中から変人扱いされていた。
そして、幼馴染の光里のことを深く愛していた――。
光里は、茶髪の髪を肩くらいまで伸ばし、切れ長の目をして、同年代に比べて大人びた雰囲気を持っていた。
彼女は常に先輩の手が届く範囲にいるのに、決して彼の手を取らなかった。
先輩と光里の間に何があったのかは私は知らない。
けれど、先輩は必ず光里がいる時に私に公開告白をしてくるため、先輩は光里に『君以外の女を好いている』ということを伝える必要があったのだろう。
私は先輩の光里へのアピールに利用されていたのだ。
ふと、私が彼の偽装告白を断らずに受けたらどうなるだろうと考えたことはあるが、どうせ言い訳を並べて断られるだろうとわかっていたからやめた。
ただ、私も一方的に利用されていただけではなく、彼も私を沢山助けてくれた。
困難が降りかかる度に、完璧にパズルのピースを整えて、私を救い出してくれた。
光里のように愛する存在ではなかったはずなのに、何故か出会って日が浅い私の幸せを心の底から願ってくれていた。
ある日、彼がギターを私の目の前で、弾いてくれたことがあった。疲れていた私は、彼の肩にもたれかかって夢うつつの状態だった。
半分寝ていたため、話の内容はあまり覚えていないが、確かこんな話だったと思う。
ある勇者が異世界に転移して、異世界を救った。
その勇者はかぐや姫と出会って旅をした。
鬼も仲間に加わり、一寸法師を助け、龍族の少女と恋に落ちた。
その龍族の少女に私は似ていると。
先輩はその少女のことを助けられなかった。だから、私を全身全霊をかけて助けると語った。
ギターのついでの作り話だと、その時は思っていた。
けれど、これだけのことを経験した今、その話は真実味を帯びている。
※
私は今、化学部の部室で先輩の目の前で仁王立ちをしている。
全てを彼の口から聞くために。
彼は語った、私の身に起きた真実を
「これは、死んでしまった柚子葉ちゃんをこの世に呼び戻すための儀式だった」
「儀式……?」
「柚子葉ちゃんはこの学校の生徒の自殺に巻き込まれた。覚えてるかな?」
私は私が死んだ瞬間を覚えていた。
鴇と真朱と瑠璃と校舎裏を掃除していた時、上から人が落ちて来たのだ。
私はその人とぶつかり意識が途絶え、気が付いたら異世界にいた。
「覚えています」
「そうか……」
「他のみんなはいないのですか?」
「ああ、あいつらは君が生き返るための贄にした」
先輩の顔が憎々しげに歪んだ。
儀式、贄、まやかしごとのような言葉だが、異世界から帰った私にとってはすんなり受け入れることができた。
一体どうやって……?
「僕はこの日本ではごく普通の人間だ」
短い人生といえど彼は私が出会った中で一番変わった男だが、ここでいう普通とはそういう事ではないのだろう。
「でも、あの異世界では神なんだ」
「神……」
「僕は昔、あの世界に勇者として召喚され、戦いながら強さを得て、遂に神の境地まで辿り着いた。そして、神の力を使い、僕はこの日本に戻ってきた」
突拍子のない妄想のような話だが、私、自ら体験したのだから否定することなどできない。
「君を生き返らせるにはあの世界の力を使うしかなかった。君をあちらの世界へ引っ張り込み、生き返らせ日本へ戻す」
「それが、ゲームですか?」
私が帰還する前、謎の文字はゲームだと言った。
生き残りを賭けたデスゲーム。最後まで生き残った私だけ無事に戻れると。
「あの世界の神は僕だけではない。神といえども僕は八百万の神のうちの一人に過ぎないんだ。だから他の神の力も借りなければならなかった」
先輩は己の無力を呪うように、拳を強く握りしめた。
「暇を持て余す神々をその気にさせるために僕はゲームを持ち掛けたんだ。五人の異世界人の中で誰が一番長く生きるか賭けをしようじゃないかと、神々は喜んでそれに乗ったよ……ただ、賭けをするにはゲーム性が必要だ」
彼は黒板にマグネットを置きながら、それを私達に見立てて説明し始めた。
「最強の能力を持つ勇者はこの世界に早く忍ばせ、尚且つ鬼の国に落とし生存率を下げた。他の転移者は比較的馴染みやすい人間の国に落とし、妖もあまり強くない東の端に落とした。しかし、僕が蘇らせたいのは柚子葉ちゃんだ。他のやつが残っては困る。けれどあからさまに贔屓をするのも他の神に示しがつかない」
パチンと力強く、先輩は黒板の中心に緑のマグネットを置いた。
「だから僕は君を掃除婦にした。あの世界に僕が密かに作った最強の職業。初期ステータスは最低だが、経験を積めばどんどん力を持つ事ができる。八百万の神は大穴として掃除婦を紛れ込ませることに大喜びし、もし掃除婦がゲームに勝ったら柚子葉ちゃんを生きたままこちらの世界に送るという面倒なシステムを作るのに最大限協力してくれたよ」
「あの……自殺したのは、杜若先輩ですよね」
「そう。屋上から下も確認せず飛び降りて、柚子葉ちゃんを殺した馬鹿は杜若空だ」
「なら、なんで、瑠璃ちゃんや真朱や鴇君を巻き込んだのですか? 今の話だと意図的にみんなを巻き込んだってことですよね? 他の皆は関係ないじゃないですか!」
「柚子葉ちゃん、これは君を助けるための行為であると共に彼等への復讐でもあったんだ」
「復讐……?」
ヘンタイ先輩は眉間に皺を寄せ、全身に力を込め怒りを露わにするが、口だけは笑顔を保とうとして、それが逆に酷く不気味さを醸し出していた。
「杜若空は君の上に飛び下りた。その場に居合わせた三人は無傷だ。被害に合ったのは柚子葉ちゃんだけ」
確かに四人固まって作業をしていたわけではないので、全員巻き込まれたということはないだろう。
「まず、蘇芳真朱は目の前の悲惨な状況を目の前に一目散に走って逃げた。彼はそのまま家に帰ったそうだ。次に杜若瑠璃は救急車を呼び、救急車が到着するまでの間、杜若空を助ける事に尽力した。灰桜鴇に指示を出し、二人一緒に血を流して倒れる柚子葉ちゃんをよそに杜若空の止血に務めた。そのお陰で杜若空は一命を取り留め、唐金柚子葉は出血多量で命を失った」
先輩は目の前にあった教卓を思い切り叩いた。木の反響する音が教室中に響き渡る。
「そんな奴らを許せるか……? そいつら全員、君を甦らすための道具にして何が悪い」
先輩の顔にはもう笑は残っていない、燃えるような怒りだけだ。彼のこんな顔初めて見た。
そうか、この人は私のために怒ってくれたのか。
「ありがとう、ヘンタイ先輩。でも……」
私はヘンタイ先輩へと頭を下げた。
「柚子葉ちゃん?」
「お願いします! どうにか皆を助けられませんか?」
「どういうこと?」
「瑠璃も真朱も鴇も空も、皆助けたいのです」
「なんで? 君を殺した彼等を助けるのか?」
「私は皆の命を使ってまで生き残りたいだなんて思ってない。確かに他人の自殺に巻き込まれるだなんて死に方最悪です。けれど、その場で死ぬ運命なのが私だったのならば、私が死ぬのが正しいのだと思います」
「ダメに決まってるだろう」
「お願いします」
「二回も三回も出来ることじゃないんだよ。彼等のことは諦めなさい」
「そうですか」
私は先輩が実験用にと外に出ている薬品を手に持ち、それを飲み干そうと口に付けた。
「柚子葉ちゃん!?」
先輩がそれを咄嗟に奪い取った。
「何をしているんだ」
「死ねばまたあの世界に戻れるかと思って」
ヘンタイ先輩はそのまま沈黙し、やれやれと言ったように、首を横に振った。
「柚子葉ちゃんはそういう子なんだよね。変に義理堅いところが君の良さであり、欠点でもある」
「じゃあ……」
「仕方ないな。自殺されるくらいなら、君をまたあの世界に送ってあげよう」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし」
先輩は人差し指を立て、私の顔を覗き込んだ。
「空の死は確定だ。どんなに概念を書き換えようと必ず一人は死ぬ必要がある。自殺をした空の死は覆せない」
「そう、なのですか……」
空は助からない。その事実が私の胸を締め付けた。
「ゲームのルールを変える。生き残った一人が誰かではなく、誰が最初に脱落するかだ。異世界に送るが君は必ず空をいち早く殺せ」
「わ……わかりました」
人の命を弄ぶような神々に少し嫌悪感を抱く。しかし、私は神々の遊び心を刺激しないと助けを得られないのだ。
力ある者の前では所詮無力なのだから。
「その前に柚子葉ちゃん。君の仲間達の事を調べないかい?」
「仲間達?」
「空、瑠璃、真朱、鴇の四人は、みんなそれぞれあの異世界から元の世界へ戻りたくない理由がある。こちらの世界へ戻りたいと思わせなければ、協力を得られず君の進む道は困難を極めるだろう」
「帰りたくない理由……」
「異世界に行くのはその理由を探してからだ」
「そ、そうですか……」
「まずはラグビー部だ。灰桜鴇君の事を知っておいで」
「わ……わかりました」
逸る気持ちを抑え、私はヘンタイ先輩の提案を受けることにした。
私の運命は彼次第なのだ。逆らったところで状況は悪くなるだけだ。
「柚子葉ちゃん」
行こうとする私を先輩は呼び止めた。
「なんでしょうか?」
「何故、彼等を助けようとするの? 君は彼等と何の絆もないだろう」
そう言われると確かにそうだ。
大して親しくないし、みんなの事はあまり知らない。異世界では仲間を最後の砦のように執着していただけだ。
クラスでは挨拶するかしない程度、異世界では合計でたった数日過ごしただけの間柄。けれど、数日間は一緒に居て彼等の事を知ってしまったのだ。
鴇は無鉄砲で単細胞だ。けれど真っ直ぐで素直だ。
真朱は気が小さくて、すぐに追い詰められてしまう。けれど気配りが出来て案外鋭いところもある。
瑠璃は少し腹黒さを感じるが、天使のように可愛くて、オタクの私にも分け隔てなく友人として接してくれた。
知ってしまったら、ほんの少しでも助かる可能性があるのなら無視なんかできない。
空の自殺に巻き込まれた私が放って置かれたのも、彼等の好感度が足りなかったと言える。ならば今回はそれを全力で上げてやろうではないか。
「友達だから……いえ、友達になりたいからです」
「まったく、柚子葉ちゃんは、もう少しずる賢くなった方がいいよ」
「馬鹿なのが取り柄なんです」
私は先輩へ力一杯の笑顔を見せた。
先輩は私の頭をわしゃわしゃと撫で、背中を押した。
「彼等のことを理解したらまた帰っておいで」
「はい」
まずは、ラグビー部だ。私は早歩きで部活棟へと急いだ。
※
あれから一か月
皆のことを知るのに少し時間が掛かってしまった。
鴇、真朱、瑠璃、空、それぞれが抱える悩みに胸が抉られるように痛む。
私は彼等の真実を手土産に、再び化学室へと足を運んだ。
「柚子葉ちゃん、彼等の事を理解できたかい?」
「まあ、少しは」
私は答え合わせをするように先輩へと私が知り得た真実を話した。
「正解だよ、柚子葉ちゃん」
「先輩は何故皆のこんな事知っていたのですか? 杜若先輩はまだ同級生だからともかく、他の三人は関係ないのに……」
「あまり答えたくないから秘密」
「そうですか……別にいいですけど」
勿体振られると気になるが、ヘンタイ先輩の顔が一瞬悲しそう翳った、彼にとってあまり触れて欲しくない部分だったようだ。
「先輩……、約束です」
「わかった」
先輩は私を手近にあった椅子に座らせた。そして後ろに回り、私の肩へと手をかけた。
「柚子葉ちゃん、自殺ではあちらの世界へと行く事は出来ない。けれど、必ず死ぬ必要があるんだ」
私はその言葉で全て察した。
自殺ではいけない。それならば私以外のみんなは先輩が……。
そんなことをさせてしまったことに、私の胸は締め付けられた。
ならば、彼に任せるほかないだろう。
「お願いします」
私はそっと目を閉じる。自殺は怖いと思っていたし、ちょうど良かったぐらいだ。
「変な性癖に目覚めたら柚子葉ちゃんのせいだからね」
「そしたら、光里に謝っておきます」
私達はいつものように冗談を言い、笑い合った。
それから数分、あるいは数秒の沈黙を挟み、ヘンタイ先輩は私の首を両手で抱き締めるように包み込み、思い切り捻った。
ゴキリと首の骨が折れる音が響き、私の視界は一瞬で暗くなった。




