エピローグ
今迄そこにあった渡の体温がなくなったことに気が付き、私は目が覚めた。
先程までの身体の怠さは一切なく、健康体そのものである。
起き上がり、周囲を見渡すとそこは一面の真っ白い部屋だった。
遠くまで見ようとすると、どこまでも無限に続く白い景色を頭が処理しきれず頭痛に見舞われる。思わず頭を押さえると、久々に聞くブラウスの衣摺れの音に気が付いた。
その違和感に自分の身体をみると、先程まで着ていた血塗れの着物ではなく、異世界に来る前に通っていた学校の制服を着ているではないか。
これは夢なのだろうか、はたまたここがあの世というやつなのか。
私が何か手掛かりはないかと顔を上げると、そこに黒一色の大きな文字が宙に映し出された。
≪おめでとうございます!≫
「おめで……? 何?」
一体この状況の何がめでたいと言うのだろうか。
その文字は続く。
≪あなたは見事このゲームを最後まで生き残ることができました!≫
「ゲーム? 何のこと?」
≪異世界から飛ばされた皆さんとの生き残りをかけたゲームです。最後まで生きることができたあなたは元の世界に戻ることができます!≫
突如空間にクラッカーが現れ私に向かって破裂する。
色とりどりの紙吹雪が私を祝福した。
私は身体にへばり付いた紙をこれ見よがしに鬱陶しげに取り払ってみせる。
「私が生き残り? 杜若先輩は?」
≪みなさんあなたより先に死にました! その方も例外はありません。さぁ、これを見て下さい≫
宙に大きなモニターが現れ、少しのノイズの後、そこに監視カメラのような映像が映る。
ここは宿の部屋だろうか、鴇が部屋で寛いでいる。すると、真朱が部屋へ戻って来て、二人で雑談を始めた。会話の内容まではよく聞き取れない。
雑談中に真朱が唐突に手を伸ばし鴇に触れるとその場で鴇は破裂して血肉を飛び散らせた。
私は驚き思わず目を逸らしてしまった。
これが鴇の亡くなった瞬間なのだろうか。
「何なのよ、これは!?」
≪貴方の勝利までのダイジェストムービーです。さて、どんどん行きますよ!≫
次に映ったのは瑠璃だ。瑠璃も真朱と部屋で一緒にいる。
二人は無言で俯いており静寂が流れる中、瑠璃の腹部は突然破裂した。瑠璃は回復魔法を使い持ち堪えようとしたが間に合わず、悔しそうに顔を歪ませ絶命した。回復魔法のお陰か瑠璃の遺体は鴇よりも大分原形をとどめていた。
その後は私が操られた真朱に金の魔法を使われているシーンだ。真朱は夕霧に首を落とされ死んだ。私は彼を助けることができなかったことを思い出し、胸を強く押さえた。
そして次は水仙と戦っている空だ。
二人は殴り合いの肉弾戦をしている。空が押しており、倒れた水仙にトドメを刺そうとした時に、空の身体は破裂した。
「どう……して……」
≪最後のは分かりづらかったですね。解説しましょう空は水仙との心理戦に負けました≫
「心理戦……?」
≪最初に空が水仙の金の魔法を打ち消してから、水仙は金の魔法は使えないという空気を作り出しました。けれど、彼は戦いの最中ずっと必殺技である金の魔法を使うタイミングを狙っていたのです≫
宙に浮いた文字は、空と水仙の戦いを巻き戻したり早回ししたりしながら解説を続けた。
≪手足に金の魔法の力を集め破壊力を持たせる技はとても精神力が必要になります。それを使っている間は簡単に魔法の切り替えなんてできない。水仙はやられてる振りで自然とそれを解除し、勇者にはその魔法を使い続けさせた。そしてタイミングを見計らってバン! だ≫
あの時彼を置いていかなければ……三人で戦っていれば……私は後悔しその場で項垂れた。
「私が殺したようなものだね、私がその場に流されて行動しなかったから」
≪落ち込まないでください。あなたは勝者です≫
勝者? こんな惨めで何もできなかった私が勝者なものか。
≪さあ、もう時間です……≫
「ちょ、ちょっと待って時間って!」
≪貴方は“神”との盟約通り、元の世界へ返しましょう――≫
真っ白な空間が強い光を帯び、その眩しさに目を瞑ってしまう。
「――葉」
誰かが私を呼んでいる。この声には聞き覚えがある。
この声は確か――
「柚子葉っ!」
聴き慣れた、けれど懐かしい声に呼ばれ、痛む額に手を当てながら最高に寝心地の悪い寝床から起き上がった。
霞む視界が徐々にはっきりとしてくる。
「柚子葉大丈夫? もう帰りだよ」
同じクラスの友人である光里が心配そうに私の顔を覗き込み、私の額に手を当てた。
「ここは……?」
鮮明になった視界で周囲の様子をとらえると、鞄を持って教室を後にするクラスメイトの姿が見て取れた。
光里が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「ごめん、大丈夫。ちょっと変な夢を見てたみたいで……」
夢……?
今までのアレは夢なのか……?
あんな突拍子もない出来事は夢だと思うのが真っ当なのだろうが、異世界の感覚がリアルすぎて夢だと片付けることの方が非現実的な気がしてならない。
私は外の様子が知りたいと思い、窓の方へ顔を向けた。
すると、窓側には花瓶が立っている机が三つ並んでいるのが見て取れた。
「あれは……」
私は目の前の友人に詰め寄った。光里は茶色の髪を揺らしながら驚いた。
「ねぇ、ま…蘇芳君と灰桜君と瑠璃ちゃんは?」
焦って異世界での仲間の三人の呼び方で呼びそうになってしまった。ここでは私達はまったく親しくないのだ。転移前の呼び方でないと不自然である。
「柚子葉……」
友人は哀れみの視線を私へ向けた。
その反応だけでわかる。あの机は彼等のものなのだ。
異世界に行く前は私の隣と後ろの席だったはずだが、机の場所が窓側へ移動しているのは囲まれてしまう私への配慮だろうか。はたまた彼等が窓から帰ってきて授業を受けたらという感傷的な願いが込められているからだろうか。
「ごめん光里。私ちょっと行くところがある。先に帰ってて」
私は急いで鞄に教科書を突っ込んで、いつも一緒に帰っている光里に別れを告げ、駆け出した。
目指すは化学室だ。おそらく“彼”はそこにいるだろう。
走ると注意されるため私は廊下を早歩きで進んでいき、校舎の一階の端にある化学室に辿り着いた。
扉に手を掛け、一呼吸する。
ゆっくりと扉を開けると、彼はこちらへ気が付き目を丸くした。
私は睨むように彼を見る。
「お久しぶりです。ヘンタイ先輩」
目の前の長身でわかめのような髪の男は全てを知っているかのようにゆっくりと微笑み、私へ手を差し出した。
「おかえりなさい。柚子葉ちゃん――」
第一部 完




