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お掃除クエスト  作者: ちゃー!
鬼ヶ島編
81/107

柚子の葉散る

 ※

 身を隠すために私達は山を登っていた。

 ここまで来るのに通った懐かしの洞窟に再度潜るためだ。鬼領から脱出するにはあそこを通るのが一番良いのである。

 私達は鬱蒼と茂る草木の間をかき分けながら進んでいった。服は汚れ、服から出ていない肌は小さな傷が多数出来ていた。

 今は逃亡者の身。道を歩く分にはいかぬのだから仕方がない。

 道無き道を進みながら私は空の事を考えていた。彼は無事だろうか。

 連絡手段もなく、彼と再会する方法がない。

 今までは目立つ事で暗に居場所を知らせる事ができたが、追われる身となった今名前を世に知らせるなんて以ての外だ。


「勇者のことが心配でござるか?」

「うん……、ちゃんとまた会えるかな」

「きっと、目的を同じにすれば必ず道は交わるでござるよ」


 渡が私を元気付けるように笑った。

 落ち込んでいたらこの人に心配を掛けてしまう。悪い想像はなるべくしないようにしなければ。

 そうだ、会える。

 きっとまた再会する事が出来る。

 約束はしたのだ。それだけを信じよう。


「拙者はずっと柚子葉殿は強いと思っていた。けれど、柚子葉殿は普通の女子なのでござったな」

「……っ、いきなりどうしたのよ」

「自由に生き物の命を奪える強過ぎる力は辛かったでござろう」

「あ……」

「柚子葉殿は強力な妖を即片付ける程強いのかと思っていたけど違ったのでござるな。身にあまる力を与えられてそれに翻弄されていただけだった」

「渡……」


 この人はなんて優しい人なのだろう。こんな私を気にかけてくれるだなんて。

 下らない理由で彼にずっと隠していたことが恥ずかしくなってしまう。


「ご、ごめんなさい。渡に嫌われたり、怖がられたりしたら嫌だって思って言わなかった……」

「心外でござるな。そんな事で柚子葉殿を嫌いにならないでござるよ」

「本……当にっ?」


 渡は立ち止まって私の顔を両手で包み込んだ。

 彼と私の視線が混じり合う。視界がぼやけて彼の顔がよく見えない。

 渡が私の頬を伝う雫をそっと拭った。


「柚子葉殿は拙者が守る。だから拙者といる間はその力を使う必要はないでござるよ」

「ありがとう、渡……」


 渡が私の顔をじっと見る。見つめ返したかったが、恥ずかしくなってしまい顔を背けてしまう。


「さ、先を急ごうか」


 先へ進もうとした時、私がいきなり動いたせいで渡がバランスを崩してしまう。


「わわっ」

「っごめん、渡……って……」


 コケた渡が私の胸を鷲掴みしている。

 急なことに頭が付いて行かず叫ぶのも忘れていると、気が付いた渡が慌てて手を離してくれた。


「す、すまぬでござる」

「ひ、久しぶりだから驚いたけど、そういう体質だから仕方ないよ」

「こんな時に申し訳ないでござるっ」


 渡が申し訳なさそうに両手を合わせ私へ謝罪するようなポーズを取った。

 そんなに必死に謝らなくてもいいのに……


「渡なら嫌じゃないし……」


 しまった声に出てた。全身が羞恥心で熱を持つ。

 これじゃあまるで告白しているみたいじゃないか。

 困らせるのわかっているから絶対バレないようにしようとしていたのに。


「ち、違うの渡。今のはそういう意味じゃ……」

「柚子葉殿!」

「は、はい」


 渡が真剣に私を見る。彼の顔も少し赤く染まっているような気がするのは私の自惚れだろうか。


「その……と、ともかく、ゆっくり出来るところへ急ごう」

「う、うん」


 私と渡はまた森の中を進んでいった。渡に手を引かれているのだが、触れ合っている部分が熱でとろけてしまいそうな錯覚に陥る。

 こんな時に不謹慎ながら心臓が高鳴って仕方がない。

 私はそれを何とか落ち着かせ逃げる事に集中した。今は少しの心の乱れも許されない状況なのだから。

 心を入れ替え気を張りつめ、周囲の気配を探る。

 追手は誰も来ていないようだ。ここは森の中。人が動けば嫌でも葉の音がするであろう。

 私達は誰とも会う事なく洞窟の入り口に辿り着くことができた。


 無事辿り着けたことに胸をなで下ろした時、背後から風を切るような音がした。


「柚子葉殿危ない――!」


 刀と刀がぶつかり合う音が響いた。


「お前は確か桃次郎の……」


 桃次郎のお供の一人、犬護が私達を待構えていたのか、到着と共に襲い掛かってきたのだった。

 奇襲に即反応し、その刃を受け止めるとはさすが渡だ。

 渡が背後に庇ってくれたため私も無事である。


「逃げ……」


 犬護は苦しそうな表情で私達に“逃げろ”と言ってきた。彼は操られているのだろうか。表情と身体の動きが全く一致していない。

 渡が犬護を弾き飛ばすと、今度は空から雉歌、地上から申治と桃次郎の三人いるお供の残り二人が襲いかかってきた。

 雉歌は私が食い止め、申治は渡が受け止めた。二人も誰かに操られているのか不本意そうに顔を顰めていた。


「三人は操られているのかな?」

「桃次郎でござる。奴はある条件さえ揃えば他人を支配する能力を持っている」

「彼も私達を……」


 あまりうだうだしている時間もないため申し訳ないが雉歌を水圧で遠くへ飛ばし、渡も申治を蹴飛ばした。

 腹を蹴られ吹き飛ばされる際に、申治が口を窄め刃を交える渡に向かって針を吹いた。

 針は渡の首に命中してしまう。

 苦しそうに顔を歪ませた渡が振り返り、私へ「逃げろ」と伝え、彼は刀を落としその場で膝をついて倒れ込んだ。


「渡!?」


 私は倒れ込んだ渡を観察すると、針が刺さったところが大きな痣のように変色しているのが見て取れた。

 恐らく毒針だろう。渡一人なら避けられただろうが、彼は背後にいる私を庇って毒針をあえて受けたのだ。

 私はすぐに彼に刺さった毒針を抜き、渡の身体の毒を治療しようとした。

 私は“消毒”という人の身体に害のあるすべての毒を無効化することができる技が使えるのだ。この技があるお陰でどんな強力な洗剤も素手で触ることができた。

 だから私は毒針を受けても大丈夫だったのだ。けれど私は渡にはそのことを伝えていなかった……。

 生き物を瞬殺する技を知られたくないため、私は彼にずっと自分のステータスを隠していたからだ。

 彼を信用して、すべてをさらけ出していればこんな事にはならなかったのに。

 後悔してもしきれない。

 私は渡の毒を治療するため彼に集中すると、渡の顔色がみるみる元に戻っていく。

 良かった間に合ったようだ。

 そこで、私の首筋にヒヤリとした物が触れた。

 見なくてもわかる。刀を当てられているのだ。


「すまない、柚子葉さん。主の命令でね。仕方なく君を葬らなければならなくなってしまった」

「桃次郎さん……」


 どうしよう。例の力を使ってこの人を殺すべきなのだろうか。ただ上司の命令に従っているだけの桃次郎を……。


「柚子葉殿、必要ない――」


 私が逡巡していると、回復した渡が飛び起き、刀を突き出した。桃次郎もそれに反応して刀を貫くように動かす。

 しばらく、その状態で静止する二人。

 桃次郎は口から血を流し、渡の刀に赤い血が滴る。

 渡の刀が桃次郎の腹を深く突き刺しており、一方渡の方は無傷だ。

 渡に大丈夫かと伝えようとしたが、私の口からは『ゴポゥ……』という鈍い音だけが聞こえた。

 ゆっくりと下を向くと、私の胸を刀が貫いているではないか。

 その刀を最後の力を振り絞るように桃次郎が思い切り抜いた。刀が抜けた穴から滝のように私の血が漏れ出す。


「姫様……命令は守りましたよ」


 桃次郎は笑いながら、その場に倒れた。


「柚子葉殿!! 今、回復魔法を」


 暖かい光が傷口を癒していく。渡のお陰で傷は塞がった。


「すまぬ。拙者が回復出来るのはここまででござる」


 渡のお陰で傷はなくなったが、抜き出た血は元には戻らない。致命傷なため血が大量に出てしまったようで頭がクラクラとする。


「ありがとう、渡。あと、ごめんなさい。私のせいでごめんなさい」

「拙者こそすまない。守りきれなかった」

「渡は悪くない、ごめんなさい」


 渡は悔しそうに下唇を噛んでいる。そんな顔しないで欲しい。悪いのは全て私なのだから。

 私達はそのまま洞窟の入り口から中へ入った。

 歩けない私を渡がおぶってくれている。背中越しに感じる渡の体温が気持ち良い。

 さっき、桃次郎が現れた時に彼をすぐに殺しておけば良かったのだ。

 そうすればこんな事にはならなかった。

 一時は決意したというのに、いざとなったら知り合いに手をかけることが出来なかった。

 私の甘さが招いた結果がこれだ。


「渡……、ごめんなさい、私のせいで」

「問題ないでござるよ、この程度の死地何度も切り抜けているでござる」

「……ありがとう」

「具合が悪いでござろう。あまり喋らない方が良い」

「うん」


 ダメだ、意識が保たない。物凄く眠くて仕方がない。

 おぶってもらっている状態で眠るわけにはいかないのに。


「もう少し進んだら、一旦休憩にするでござる。それまでの辛抱でござるよ」


 うん……わかった。頑張るね。


「そうしたら、柚子葉殿に伝えたいことがある」


 そうなんだ、楽しみだな……


「だからそれまで……」


 どうしよう返事をしたいのに、声が出ない。


「柚子葉殿!? 起きるでござる!」


 ダメだ。眠過ぎて彼が何と言っているのかも聞こえない。

 もう限界だ。



 渡……


 おやすみなさい。



 そこで私の意識は途絶えた――。

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