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お掃除クエスト  作者: ちゃー!
鬼ヶ島編
79/107

柚子葉の長い一日④

「それが柚子葉殿の強さでござったか」


 風の正体は、部屋で留守番を頼んでい渡だった。金属のぶつかり合う音が会場に響き渡る。

 渡は小さいサイズから元の大きさへ戻り、牡丹の刃を彼の愛刀で受け止めたのだ。


「鳥塚渡……何故お前がここに!」

「ずっといたでござるよ」


 渡は再度小さくなり、牡丹の足を潜って背後に回り、また直ぐに元に戻って牡丹の背中を斬りつけた。いとも簡単に牡丹を退け、牡丹に続くように襲って来た兵士達も全て薙ぎ払ってしまう。

 その強さは圧倒的であり、ここに彼に敵う者は一人もいないのではないだろうと信じさせた。

 倒れた牡丹が苦しそうにしながらも渡へ語り掛ける。


「これは輝夜の命か……?」

「いや、拙者の独断でござる」


 渡は懐から珊瑚のような素材で出来たブレスレットを取り出し、それを破壊した。

 それがどういう意味を持つのかはわからないが、牡丹はそれを感慨深げに「お前が輝夜を裏切るとはな」と言った。


「柚子葉殿。その能力を使う必要はないでござる。拙者が道を開けるでござるよ」


 ダメだ。泣きそうだ。渡が来てくれた、それだけで胸が喜びで満ち溢れそうになが、私はそれをぐっと飲み込む。今は感傷に浸っている場合ではないからだ。

 後手に扉を開け、渡を先頭に私と空が続いて会場を後にする。

 渡の強さに怯んだのか追手はすぐには来なかったが、数十秒もすれば正気に戻った兵士が私達を追う足音が聞こえるようになった。


 私達は屋敷を全力で駆け抜け、鬼ヶ島と紫竜殿とを繋ぐ橋まで目の前というところに辿り着く。

 しかし、そう上手くはいかないもので、先回りした兵士達が私達を迎え撃った。

 敵の数はざっと十名。あちらの方が多勢だが勝てない人数ではない。

 私が構えると渡がそれをそっと制した。


「柚子葉殿は一切戦わなくて良いでござるよ。あまり本調子ではないのでござろう」

「そんな、大丈夫だよ」


 確かに金の魔法をモロにくらったせいで調子は良いとは言えないが、今はそんなこと言っている場合ではない。


「拙者一人で十分でござる。二人は増援が来ないか見張っていて欲しい」


 渡は一人で敵の集団へ飛び込んだ。

 舞い散る桜のような太刀筋で軽やかに一人一人確実に仕留めていく。

 渡は一分もかからず敵をすべて戦闘不能にしてしまった。


「本当に一人で充分なんだね……」

「この程度拙者の敵にもならないでござるよ」


 私達が橋を渡ろうとしたところ、背後から迫りくる身の毛もよだつような気配を感じた。


「二人共避けて!!!」


 空の叫びに反応して私と渡は咄嗟に身を投げ転がる。

 避けた方向は合っていたのだろうか。ダメージは地面に転がった時についた擦り傷だけだ。

 すぐに上体を起こし周囲を見回すと、左肩から血をだらだらと流す空が立っていた。その傷は抉れ、骨も垣間見える酷い有様だ。


「私の魔法を避けたか。お見事」

「殿下……」


 空の先には慣れ親しんだ笑みを浮かべる水仙がいた。

 まさか摂政自ら追ってくるとは思わなかった。

 部下では頼りないということだろうか。


「さて交渉だ。柚子葉さんを私へ譲ってもらえないか? そうすれば二人は見逃そう。今日の事はなかったことにする。どうかな?」

「お断りします」


 空は肩の傷を治癒魔法で治療する。肩の傷はみるみると塞がっていった。


「渡さん。彼女を連れて逃げてください。ここは僕にやらせて欲しい」

「先輩何で! それなら私ここへ残ります」

「ダメだ。君を二度も死なせたくない。君を殺した償いをさせてくれ。それにこれが一番良いんだ、追手はきっと今後も絶えないだろう、その時君の隣にいるのが渡さんである必要がある。その方が君は長く生きられる」

「そんな……杜若先輩を見捨てるなんて……」

「見捨てるんじゃない。僕の強さを信じて欲しいんだ。僕はこれでも勇者なんだよ」

「先輩ずるいです……」

「かたじけない」


 動けずにいる私を渡が担ぎ上げ、そのまま走り出し、空との距離は開いていった。

 覚悟を決め私はすっと息を飲み込み、彼の強さを信じて思い切り叫んだ。


「杜若先輩! 必ずっ、必ず会いましょう」


 空は振り返らず手を振ってそれに答えてくれた。


 ※


 取り残された空は水仙と正面から向き合った。


「勇者くんは悉く邪魔をしてくれるね」


 水仙が勇者を睨むと、二人の間に破裂音が響いた。あまりの音に水仙の背後にいた兵士達は耳を塞ぐ。


「金の魔法に金の魔法をぶつけました。これで水仙さんの十八番は潰せましたね」


 金の魔法は空も使う事が出来る。彼はそれを利用し地上最強の殺傷能力と言える魔法を相殺したのだ。

 これで早打ち勝負は出来なくなった。

 得意魔法を封じ込められたというのに水仙はおかしそうに声を上げて笑った。


「はははっ、面白い使い方をするものだね。これは一本取られた。ここからは一対一で正々堂々と勝負しようじゃないか」


 水仙は背後の兵士に自分の命が危うかろうが決して手を出さないように指示を出す。

 そして、儀式用の堅苦しい着物の上着を脱ぎ、上半身を露出させた。

 彼の肉体は優男風の顔に似合わず鍛え上げられており、筋肉に浮き出た血管が活躍の場を前に踊るように脈打っていた。そしてその背中には龍と水仙の花の刺青が彫られている。

 空はそのむさ苦しさに少し嫌気が差し顔を顰めた。

 文科系の空はあまり男臭いのは好きではないのだ。

 苦い顔をしながら空は武器を構え、水仙は獲物を狙う虎を彷彿とさせるような型をとった。何か特殊な拳法なのだろうか。空は昔観た拳法アクションの映画を思い出した。

 風が吹き、潮が舞う。

 一枚の葉が二人の間を通り抜けたのを合図に、二人は地面を蹴り上げた。


 ※


 橋から紫殿に入ったが、四竜殿の敷地内では追っ手に会う事が殆どなかった。人手が白銀雪殿に集中していたのが功を奏したようだ。


「渡、そこを左に曲がって」


 ここではずっと働いていたため自分の家の庭のように配置がわかる。なるべく目立たないような道を選びながら私達は外を目指し疾走していた。

 そこを曲がって真っ直ぐ行けば外へ出られる。

 角を曲がり通りに出ると、待ち構えていた兵士が両側から現れ挟まれた。

 こちらの動きが予想されていたのか。己の道選びの短絡さに後悔が募る。

 左右に目を動かし敵を確認する。数は左右に十人づつだろうか。

 やるしかないと戦闘態勢に入ろうとしたところ「柚子葉!!」と私を呼ぶ声が聞こえた。

 その声と同時に両側の敵と私達を遮るように落ち葉の壁が出現した。

 それはまるでモーゼが海を割って作った道を彷彿とさせた。


「すみませーん、落ち葉掃除中でして。どうかしましたか?」


 どこからか珠晴の声が聞こえる。物陰から美雲と鈴雨が覗き私に早く行けと合図をする。

 どうやら彼女達が助けてくれたようだ。


「ありがとう、みんな」

「北尚書から柚子葉ちゃんが大変だって連絡があってて、急いで準備したの」

「柚子葉さん、これ私達から」


 鈴雨から風呂敷を手渡される。

 中には干し柿が入っていた。これなら逃亡先で食べられるだろう。とても有難い。


「さぁ、早く行って」


 彼女達が時間稼ぎをしている間に、私達は無事屋敷を抜け外へ出る事が出来た。

 私がここへ来るまでに沢山の鬼が助けてくれた。

 助けてくれた彼等のためにも私は絶対に逃げ切らなければならない。



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