柚子葉の長い一日①
今日は朝から白銀雪殿は慌ただしかった。
掃除婦も女官も誰も彼も総動員で屋敷中を駆けずり回っている。
祝い事の開かれる会場には、ひっきりなしに人が出入りし、会場作りに勤しんでいた。
これから一刻もすればこの場所で雪羅と桔梗の婚姻の儀が一日かけて開催されるのだ。
午前中は余興をし午後に儀式をするのだそうだ。そして夜にも盛大な宴が開かれる。
実は私は数日前にこっそり雪羅を訪ね、桔梗との結婚の意志について確認していた。
彼女は諦めているようで、結婚はそのまま受け入れるつもりだとほんの少し悲しそうに話していた。
空の意志も確認したかったが、結局連絡がつかずに当日を迎えてしまった。彼は今一体何をしているのだろう。
私は慌ただしく準備をする同僚を横目で見ながらこっそりと屋敷の外へ出た。
今日は前から頼まれていた用事があったため、午前中だけ仕事を休ませてもらっている。忙しいのに申し訳なくて仕方ない。
直前まで準備を手伝っていたため時間はギリギリだ。待ち合わせ場所へ向かうと、目立つ金の髪を揺らした青年鬼が不機嫌そうに立っていた。
「金雀枝さん、お待たせしました」
「俺を待たせるとはいい根性だな」
「申し訳ございません。少し仕事を手伝ってから来たので」
「いいよ。悪いね忙しいのに」
前々から薊に頼まれていた陶器市に行く約束をした日と式の日が運悪く重なってしまったのだ。
先約は薊だけれどさすがに今回は二人の式を優先しなければと思ったのだが、金雀枝が午前中だけ時間を作ってくれ何とか抜け出すことができたのだ。
「薊が珍しく俺に頼み事をしたからね。何としてでも叶えてあげたかったんだ」
そう語る彼はいつになく爽やかで、満たされた顔をしていた。
彼は己の妻全員を愛してると言っていた。これだけ尽くしてもらえれば女冥利につきるだろう。
「私はまだしも、金雀枝さんはよく外出を許してもらえましたね」
「頼んだらあっさりと許可下りたな。まぁ、俺は直接関係あるわけじゃないしな」
確かに牡丹は桔梗の父親だけれど、金雀枝は親戚だ。午前中の催しぐらいなら欠席できるのかもしれない。
私と金雀枝は歓談しながら、陶器市へと向かった。
会場の広場へ近付くと、雑踏や客引きの声が聞こえてくる。
普段は閑散としている空き地は出店がいくつも並び活気に満ち溢れていた。
行き交う鬼は多く、気を付けていないとすぐに誰かとぶつかってしまいそうだ。窮屈な状況だが、この人口密度に日本を思い出し懐かしさを感じた。
「金雀枝さん大丈夫ですか?」
「俺は別に。それより俺に掴まれ、離れるといけないからな」
金雀枝が自然と腕を差し出す。
私はそれを迷いながら取った。渡以外の男の人にはあまり触りたくはないのだけれど、状況的には仕方ないだろう。
携帯もないからはぐれたら合流するのが大変だし。
私達は腕を絡めながら雑踏の中を進んでいき、女性らしい色合いの物を中心に見て行く。
私が「これ可愛い」と言った物を片っ端から買おうとする金雀枝を制止しながら、陶器を選ぶのは一苦労だった。
「金雀枝さん何でもかんでも買おうとしないでくださいよ」
「沢山買って渡した方が喜ぶだろ」
「ダメですよ。悩んで選んだたった一つのものだから嬉しいのですから」
「へー、そういうものなのか」
陶器探しを再開しようとしたところ誰かに呼び止められ、私達は声の方を振り向いた。
「もしかして、内府ですか?」
振り向くと、声を掛けてきたのは中年・色黒のガタイの良い男だった。
「柾か、久しぶりだな。しかし、ここで役職呼びは止めろ」
「申し訳ない。いつものクセで」
「気にするな。金雀枝でいい」
「では、失礼ながらお名前で呼ばせていただきます」
柾と呼ばれた男は軽く礼をした。
どうやら、金雀枝とは旧知の仲らしい。
「柾は昔軍に居た時に世話になった男だ。そしてこいつは柚子葉という。俺の新しい恋人だ」
「ちょっ」
「いいから話合わせておけ」
金雀枝が私にこっそりと耳打ちした。恋人というのは否定したかったが、掃除婦と歩いてるという状況は確かに説明したら長くなりそうだし仕方ないのであろう。
「しかし、金雀枝殿。本日は雪羅様の結婚式があるのではないですか? 私のような下級貴族は呼ばれないですし関係ありませんが、貴方様が出席されないとは」
「午前中の余興だけだよ。午後からはさすがに出席する」
「あぁ……、お父上の勇姿は見る必要がないとは実に金雀枝殿らしいですな」
「父上の勇姿? あの人が何かするのか?」
「この前風の噂で殿下がご自身で“花果実”を捌かれると聞きましたが、違いましたか?」
「あの人が……?」
金雀枝は少し思案し、何かが繋がったかのように目を見開いた。
「すまない、少し用事を思い出した」
金雀枝は柾に別れを告げ、突然私の腕を引いた。
急にかかった引力に上体が倒れそうになる。
「柚子葉、帰るぞ」
「えっ帰るのですか?」
「そうだ。急ぐから理由は走りながら教える」
「はぁ……」
金雀枝について私も全速力で後を走る。
刻一刻を争うのか、金雀枝は焦りの色を浮かべ、その表情は今にも泣き出しそうな苦しさを感じさせた。
「花果実は知っているか?」
「初耳ですね。何でしょう」
「この国で祝い事があった際に食べる贅沢品だ。時雨の家でも大きな祝い事でもなければ滅多に食べることができない……その、人間の肉だ」
「ああ……」
鬼は人間を食らう。鬼と人間は種族が違うのだからそれは仕方ない。
しかし、私が以前聞いたのは角無豚という名称だったはずだ。
「花果実は普通の人肉とは違う。ひと月以上花と果実のみ食べさせた、美しい人間の若い女だけがそう呼ばれる」
「ちょっと待ってください。もしかして……」
「薊だ。実家へ帰っていると言われたが多分違う。どこかで飼われ、食われる準備をしていたのだ」
「そんな……でも、食用の人間は協定で決めらたものじゃないといけないと聞いたことが」
「そのはずなんだが……取り越し苦労だといいけど、俺達に外出許可を簡単に出したことや、それに父上が絡むとなると……」
「殿下が?」
「ああ、まあ色々あってね。違うなら違うでいいのだが、もし薊が殺されそうになったらお前には薊を助けるのを手伝って欲しい」
「お安い御用です」
薊とは私も交流があるし、助けるためなら労を惜しむつもりはない。
私と金雀枝はさらに速さを上げ、四竜殿へと向かった。




