空
僕は目が覚めた時、僕は白銀雪殿の牢の中にいた。
そこで物凄い目に合ったのだけど、まあ、それはいいや。そこで雪羅や時雨氏の鬼達と出会い僕は彼等の言うまま日々を過ごしていた。
それがある日、僕が時雨氏に利用され壊される事を危惧した雪羅に言われて、鬼の国を出ることになったんだ。
僕は色んな人の助けもあり、人の国・曙を目指して旅立った。
それは妖を放ち雪羅を困らせる曙の王・輝夜を倒しに行くためだった。
明確な意思があったわけではないが、世話になった雪羅に返せる恩がそれぐらいしかなかったのだ。
そして、僕は偽造された身分証を持ち、輝夜の住まい月宮殿で雇ってもらえることになった。
しかし上手く行かないものでね、蓋を開ければ輝夜の育てた双子の姫の教育係として地方へ派遣される事になってしまったんだよ。笑えるだろ?
僕は奔放な姫達の世話をしながら過ごしているうちに、鬼の国での常識がこちらでは反対だという事を知った。
鬼の王・雪羅は妖を操り人間を苦しめていると、曙の国ではもっぱらの常識だったのだ。
人を食べ、妖を操り、戦で領土を侵略する憎むべき存在――それが、鬼だった。
輝夜は妖を操り、鬼に対し尊厳を無視した行為を行っていると教えられていた僕は酷く戸惑ったよ。
僕はしばらく人の国で暮らすうちに人間の思考に染まり、愛しい雪羅にすら疑いを持つ時もあった。
しかし、どう考えても無垢な雪羅が嘘を吐いているとは思えず、僕は何を信じるべきか苦悩し日々を過ごした。
いざとなった時に行動するため己の能力を磨いてはいたが、悩むばかりで何も行動できなかった僕の元に、ある日転機が訪れた。
そう、異世界からの旅人が訪れたというではないか。
そこには柚子葉、真朱、鴇、そして妹の瑠璃がいた。
僕は使命を果たす時が来たのだと思った。
だって、僕が殺したみんなが僕の目の前に現れたのだから。
そうだよ、殺した。覚えてない?
事故? 違うよ、例え殺意がなくともあれは間違いなく殺人だよ
君がそんな悲しそうな顔をする必要はない。君は何も悪くないのだから。
続けるよ。
そして、僕は君達を連れ旅立った。
人の国の端で君達と合流したことが、全員で鬼の国へ向かえと言われているような気がしたんだ。
それに、それが姫達の希望だったしね。
やはり、君も疑問に思っていたのかい?
その通り、時雨も輝夜もそれぞれの思惑で僕等を利用しようとしていた。
きっとそれは間違いない。
だから、陰謀に負けないくらい皆を強くしようと思ったんだ。
転移組皆で力をつけ、鬼ヶ島の時雨氏から僕等の真実について聞き出すのが僕の目的だった。
時雨が僕の利用価値を見出した理由を知れば、ここでの目的も存在意義も見えてくるのではないかと思ったんだ。
けれど、君が蛙の妖に食べられた時点で止めて置くべきだった。
僕等は強くなってはいけなかったんだ。
強くならなければ、真朱君は金の魔法なんて使えなかったし、こんな悲劇起きなかった。
※
空は悲しみに揺れる目を伏せた。
果たして本当に強くならなければ、彼等は死なずに済んだのだろうか。
いや、そんな事考えても仕方がないのだ。答えなんて出るはずないのだから。
「杜若先輩、雪羅様は近々太師……時雨牡丹の長男の桔梗と結婚する予定です」
「牡丹さんって子持ちだったんだ……」
「まあ、それは色々とありまして。ともかく雪羅は望んでもいない婚姻を結ばなければならないのです。杜若先輩はどうしますか?」
空は辛そうに目を閉じた。
眉間の皺から彼の心の葛藤が伝わってくる。
「結婚はいつ?」
「二週間後に決まりました」
「そうか……」
「雪羅はまだ杜若先輩の事想っているようです」
「…………」
空は両手で顔を覆い、上を向いた。
「雪羅は……僕にとって癒しだった。可愛くて、純粋で、素直で、何もかもが好きだった」
脱力したように手を下し、空は私を見て苦しそうな笑顔を浮かべた。
「彼女がいたから辛い事も乗り越えられた。僕が自殺せずに今ここにいるのは雪羅のお陰なんだ。けど……ダメなんだ。恋は出来なかった」
「雪羅様は言っていました。先輩には誰か自分ではない想い人がいると……」
「……雪羅は気が付いていたのか。その通り、僕には忘れられない人がいる。嫉妬深くて、ずる賢くて、嫌がる僕の耳元で愛を囁く悪魔のような女の子。それが僕の好きな人……」
それだけ聞くと趣味悪いなと思うけれど、きっと色々な思い出の上に成り立っている感情なのだろうから、何も知らない私には否定も批判もできない。
確かに他に好きな相手がいて、雪羅の事を無責任に迎えに行くわけにはいかないだろう。
望まない結婚ではなく好きな相手と幸せになって欲しい気持ちはあるのだろうけど、好きな相手が自分自身なのがネックってところだろうか。
桔梗と雪羅が愛し合ってくれるのが一番良いのだろうけれど、さすがに気持ちまではどうにかなるものではないしな。
「杜若先輩はまだここに留まるのですか?」
「どうしようか迷ってるところ。ただ、君だけは守りたいとは思っているし、ここで平和に暮らしているのなら邪魔はしたくない」
「私は出来れば杜若先輩と一緒にここで果たすべき目的を探したいと思っているのですが難しいですか?」
沈黙が流れる。
空は無言で首を振った。
「人殺しの僕と共にいるのは君にとって良くないことだ」
「構いません」
「少し、一人にさせてくれ。もし、必要な時が来たら君の前に現れよう」
「そうですか……」
空は私の前から去っていった。今の私は彼を止めさせる言葉を持っていない。
そうして、私は仲間達と合流するという目的を全て失ってしまったのだった。




