後悔
身体が動かない。
血がぐつぐつと沸騰しているように熱い。
動く視線で真朱の様子を見ると腕飾りがより強く光っているではないか。
何かの力の源なのだろうか、何にしろこの状況には関係がある可能性は高いだろう。
楽観的な考えかもしれないが腕飾りをどうにか破壊すればこの危機を打破する事が出来る気がする。
窮地に立たされている今、選択ミスを犯すことは死に直結する。腕飾りなど気に掛けている場合ではないこともわかる。けれど私は真朱を殺して助かるなどと言った選択は絶対に取りたくなかった。
重力がかかり動かせない身体に鞭打ち、一か八か私の持ち技である水圧銃で腕飾りを狙い放つ。
高圧の水が真朱の左手首目掛け真っ直ぐ穿った。
狙い通り水弾が擦り、真朱の腕についていた飾りがバラバラになり宙に舞った。
真朱が私へかけた魔法を消し去ったのか、私の体は解放され、熱がみるみる下がっていった。
彼は少しよろけながら、寝起きのような半分夢を見ているような表情で目の前にいる私を見た。
「……柚子葉ちゃん……?」
真朱は私の知る、気弱な少年の表情を浮かべた。
どうやら予想は当たり、腕飾りを破壊した事により正気に戻ったようだ。おそらく真朱は何者かに操られていたのだろう。
彼を使い殺戮をした黒幕は別にいる。真朱でもない夕霧でもない、勿論私でもない。
私がその事を伝えようと、口を開いた瞬間——、真朱の身体が縦に真っ二つに裂けた。
断面から血が迸る。
春の嵐に飛ばされる桜の花弁のように、彼の赤い花弁は周囲へ舞い散っていく。
私の方へも飛散した血は赤黒く、そして生温かかった。その温度が先程までの真朱の生を感じさる。
内蔵を露見させながら、瞳の色を失った真朱の身体は左右に分かれ倒れた。
倒れた先に、絹糸のような白い髪を靡かせ、柳葉刀を振り落としたよく知る青年がいる。
返り血を浴び修羅の眼差しをこさえた彼は、私が出会ったどの鬼よりも鬼のようだった。
「夕霧……さん?」
「柚子葉さん、無事ですか?」
「あ……」
夕霧は私の方へ駆けつけ、左手を私の肩へ置いた。
右手には真朱を葬り赤い衣を纏った柳葉刀が握られている。
放心状態の私の耳に、夕霧の声が電波の悪いラジオのようにノイズ混じりに聞こえてきた。
ザザッ……私はずっと真朱さんを疑っていました……
貴方に便りを出したのを知り……柚子葉さんを殺すつもりではないかと後をつけたのです……ザザッ
……すぐにでも助けたかったのですが……驚く事に柚子葉さんに魔法を使っている間も彼にはまったくの隙がなかったのです……
しかし、貴方が“外した”攻撃により真朱さんに隙が出来、一撃を加え屠る事が出来ました……ザザッ
夕霧の言葉が私の心を抉る。
あぁ、違う。違うの夕霧。
真朱は操られていたの。真朱は何も悪くないの。
あの攻撃は外したわけではないの。
真朱は助けられたの……。
——その言葉を私はすべて飲み込んだ。
「あり……がとうございます、夕霧さん。あなたのお陰で助かりました」
言えるわけがない。貴方が真っ二つにしたのは操られた憐れな少年だなんて。
「いえ、貴方には辛い光景を見させてしまいましたね」
「大丈夫です」
「何故真朱さんがこのような事をしたのかはわかりませんが、異世界へ来た事によって病んでしまったのかもしれないですね」
夕霧は真朱の遺体へ向かい、火を付けた。
真朱の身体は一瞬で燃え上がり、灰になる。
強力な魔法なのだろう。骨すら残らず燃え尽くしてしまった。
私はその光景を放心状態で見ていた。
私のせいで真朱は死んだ。
鬼ヶ島で待たずに、自分から積極的に行動しておけばよかった。
腕飾りの違和感に気が付いた時点で破壊しておけばよかった。
後悔が波のように押し寄せ、私の心を呑み込んむ。
「貴方のせいではありません。殺したのは私です」
夕霧は私の傍でそれだけ言い残し、去るように歩みを進めた。私は振り返り彼を呼ぶ。
今、別れたらもう会えない気がする。
「杜若先輩!!」
夕霧はピクリと反応し、立ち止まる。
「杜若先輩ですよね。姿も声も違うけれど」
「…………」
夕霧は答えない。相変わらず私には背を向けている。
「雪羅様に聞きました。貴方の事」
「雪羅……」
鬼王の名前を出すと興味深げに振り向いたが、夕霧は私と目が合いうと戸惑うように顔を伏せた。
彼が何も言わないので、私が話を続ける。
「雪羅様に一目でも会えませんか? 私、今は白銀雪殿で働いているのでお手伝いはできるかと思います」
「……できない」
「何故ですか?」
「僕はまだ倒すべき敵を倒していない。いや、倒すべき敵でさえ曖昧なままなのだ」
彼は夕霧を演じるのを止め杜若空になった。
「倒すべき敵?」
空はゆっくりと頷く。そして、彼が夕霧になるまでの道程を語り出した。
「僕は三年前にこの世界に飛ばされた……」




