黄姫
四竜殿まで金雀枝と共に帰り、そこから別れ赤竜殿へ着くと花梨が迎え入れてくれた。
「柚子葉さん、無事だったのですね」
心底安心したように涙を浮かべ、花梨は私の肩を抱いた。
「北尚書が内府に伝えてくれたのですね、ありがとうございます」
「私なんて女官のお願いを伝言しただけです、こうして貴方を待つことしかできなかった」
「迎えてくれて嬉しかったです。ありがとうございます」
北尚書が頬を少し赤らめながら満面の笑みを私へくれた。
彼女の笑顔を常日頃見たいと思っていたが、初めてそれが叶い、私の心は感激で熱を帯びた。
こうして、私の長い一日は終わった。
※
「初めまして噂の掃除婦さん」
金の髪に金の瞳の快活そうな女性が私を迎い入れた。お辞儀をして中へ一歩足を踏み入れる。
私は金雀枝に許可を貰い、仕事終わりに黄竜殿の主・時雨菊を訪ねて来ていた。
例の、私が引き起こした騒動から一週間が経過し、赤竜殿から白銀雪殿への移籍も済んでやっと落ち着いたので会う時間が叶ったのだ。
今日は金雀枝はいない。水仙が別の仕事が出来たと、牡丹と金雀枝に全て仕事を押し付けどこかへ引き篭もってしまったのだそうだ。父親に文句を言いながら金雀枝は忙しいから付き添えないと謝罪をされた。
元より一人で会うつもりだったので問題ない。むしろいない方が都合が良いくらいだ。
「初めまして、柚子葉です。今日はお時間を頂きありがとうございました」
「いいのよ、暇だしね。最近金雀枝が夢中になってる女の子にも会ってみたかったし」
「いえいえ、あれは内府がお優しいから私を気に掛けてくださっていたのです」
「あら、そうでもないわよ。あの子とても惚れっぽいから」
菊は私をからかうようのが楽しいのか、単に色恋の話が好きなのか金雀枝の話に花を咲かせてくる。
私は何とか攻撃を躱し、本題へ話題を移した。
「黄姫様。それで魔法のことなのですが……」
「ああ、そうそう。その話をしに来たのよね。で、何かしら?」
菊は何でも聞いてくれと言わんばかりに上体を反らし、扇を広げて口元を隠した。
「金の魔法についてです」
「あら……」
菊は三日月のように目を細め、扇で顔半分を覆った。笑いを堪えるような声で「続けて」と、私へ先を促した。
「金の魔法は一般的には財産を保有するためのもので、必要に応じて保管したり引き出したりすることが出来るものですよね。皆さんその認識で使っています」
「ええ、そうね間違いないわ。ただ皆が使える訳ではないから金の魔法を使える者は預屋として商いを営み、その手数料で生活している者が多い……それがどうかしたの?」
私が何を言いたいのかわかっていて、あえてはぐらかすように菊は話しを進めているように感じる。
「金の魔法で“金”は作ることが出来ますか?」
待ってましたと言わんばかりに、菊の目が獲物を見つけた猫のように見開かれる。
私は一瞬その目に恐怖を感じて怯んでしまった。
「ええ……理論上は出来るわよ。実質不可能だけれども。そこまで使い熟せる者もほんの一握りだしね」
「やはり難しい魔法なのでしょうか」
「それはそうよ。金の魔法の才能が余程高いか、勇者や呪術師のような伝説並みの適正があれば使えるでしょうね」
「黄姫様はそこまで使い熟せるのでしょうか」
「私は無理よ。四竜殿の住人で使える者を一人知ってはいるけれど」
「使える者……?」
「貴方も知ってる人よー。誰かは秘密だけれど」
知っているという事は、恐らくここの関係者なのだろう。
誰だろう、範囲が広すぎてわからないな。
けれど、勇者と呪術師が使えるという事は……。
そこでさらに、金の魔法についての質問を掘り下げる。
「では……金の作り方についてなのですが……」
「これ以上は秘密。金の魔法については機密事項だもの」
「そうですか……」
これ以上は無理か。お願いしている立場である以上、あまり相手を困らせるべきでない。ここは潔く引こう。
「柚子葉ちゃん。貴方は色々と気が付いているようなのね。何をするつもりかはわからないけれど応援しているわ。主人が困る事なら大歓迎よ」
「主人……? あぁ殿下ですか」
「そうそう。あの人には常にイライラさえられっぱなしだから」
「はぁ……」
夫婦の事はわからないけれど、この前水仙は自分は家族を顧みなかったと言っていた。
菊が水仙を嫌うのはそういう事が原因なのだろうか。
「本当にね、あの人はクズなのよ。柚子葉ちゃんも騙されないように気を付けてね」
「わ……わかりました」
菊もあまり多くは語るつもりもないようなので、私はそれとなくこの話題を流した。
水仙の事はよく知らない。悪い人ではないと思うのだけど、詳しく知らないから何とも言えないのだ。
あまり長居もできないため、話を切り上げその日はそれで菊とはお別れした。
私はその後、別の待ち合わせがあった。
屋敷を出て、急いで指定の待ち合わせ場所へと向かう。
人気のない森の奥。
空は日が沈みかけていた。暗い森を足元に気を付けながら進むと、柔らかい髪を揺らす少女のように見える少年の姿が浮かんでくる。
少女のような少年は私へ気が付き、振り返って破顔した。
「来てくれたのだね、柚子葉ちゃん」
真朱は私を犯人扱いしたことなど忘れたかのように親しげに挨拶をした。




