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お掃除クエスト  作者: ちゃー!
鬼ヶ島編
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外伝:水仙の冒険③

 その後は白亜の事は厳重に口止めした後に放って置き、水仙と立夏と二人で屋敷を後にした。白亜はまだ使えるため、今回の騒動は闇に葬る事にした。

 水仙は紫陽花を糾弾するための材料が手に入った事で満足し、それ以外にはあまり興味がないようだった。


「殿下、この度は申し訳ございませんでした」


 馬に乗っての帰り道、水仙の腕の中で薊は今回の件を謝罪した。


「仕方ないよ、状況が状況だからね。むしろ協力してくれた君には感謝したいくらいさ」

「申し訳ございません。ありがとうございます」


 薊は安堵したように、ほっと息をもらした。

 不安がったり安心したりわかりやすい様子が可愛らしく思え、薊の頭を撫でたい衝動にかられた。けれどもいい歳したおじさんがそんな事をしたらきっと気持ち悪がられるに決まっている。

 水仙は馬の手綱を握るため両手が塞がっていた事に感謝した。


「立夏、くれぐれも今日のことは内緒だよ。バレると君の立場も悪くなってしまうからね」

「私には、先程白亜にした口止め魔法は使わないのですか?」

「はは……使わないよ、あれは嘘だからね。僕の魔法はその場で殺すことしか出来ない。嘘を感知して発動するなんて複雑なことは、とてもとても」

「そ、そうだったのですか」


 殺すか殺さないかの選択しかない魔法というは、使い勝手がすこぶる悪い。この魔法しか使えない水仙は、時にこうして嘘を交えながら使っていた。


 それから程なくして、二人の乗る馬は月宮殿に着いた。

 辺りは日が暮れ、満月が二人を照らしている。

 馬上から地に下りた二人は向かい合い見つめ合った。


「立夏。今日はありがとう、君のお陰で久々に楽しかったよ」

「あ……です」

「ん?」

「……薊です。私の本当の名前は薊なのです。申し訳ございません、立夏というのは偽名なのです」

「薊か……。状況が状況だからね。偽名を使うのは仕方ないよ」

「あまり好きな名前ではなくて、通称というか、実は仕事中も立夏で通しているのです」


 薊は恥ずかしそうに下を向いた。

 “あざみ”という花はトゲがあり、攻撃的な印象を受ける。それが嫌だったと薊は語った。


「それにこの髪の色もあまり好きではなくて、美しい黒髪でなく、下品な赤だと子供の頃はよく笑われていて……だからお世辞でも、あの時殿下に褒められて嬉しかったです……」


 水仙は彼女の話を聞き終わると、薊へ近づき彼女の後頭部へ手を伸ばし髪留めを取ってしまった。

 天然のウェーブのかかった夕焼け色の長い髪が月に照らされ風に揺られ広がる。それはまるで夕日に照らされた海のようだった。


 ――棘守る 清らかなる君 常しえに 思ひ焦がる 入り日さす海――


 水仙は薊の髪の束を、優しく一本手に取った。


「薊は美しい身を必死で棘で守る可愛い花だし、君のその髪も美しい夕焼けのようだよ」


 薊は驚いた顔で水仙を見た。


「あぁ、すまない」


 水仙は薊の髪を放し、また己が薊を口説いているかのように勘違いされたのかと、そういう意味ではないと必死に否定したのだった。

 ずっと暗い顔をしていた薊が、そこで花が零れ落ちたように笑った。


「私を元気付けようとしてくれたのですよね。わかっています。とても、残念ですが……」


 薊ははにかんだ笑みで水仙をフォローした。

 水仙はほっと胸を撫で下ろし、「それじゃあ」と、薊と別れようとしたところ、薊に腕を抱き寄せられた。


「薊……どうしたの?」


 何故だか水仙は非常に胸騒ぎがした。

 彼の頭の中で警鐘が鳴り響く。ここにいては危険だと。


「もう、夜も遅いから帰りなさい」


 水仙が薊をそっと引き剥がそうとするが、薊は身体全体を使って腕にしがみ付いて離れない。


「殿下。私の事を妾にしてください」

「え?」

「殿下のことお慕いしております、妻にとは言いません。どうか私を殿下のものに」

「え? いや……」

「どうか……」

「無理無理無理」


 水仙は薊を振りほどき逃げようとするが薊は固く水仙を拘束し、強引に逃げようとすると引き摺られるように付いてきてしまう。

 薊の事は嫌いではないが、人生で女性とは色恋沙汰では二度と関わりたくないと、水仙は思っていた。

 それに薊と水仙は年も合わない。薊は息子の金雀枝と同世代ぐらいであろう。年も離れ種族も違う薊の人生に摂政の水仙でもさすがに責任は取れない。


「お願いします。殿下の事で胸がいっぱいなのです。貴方は間違いなく私の人生で最高の殿方です。これ以上生きても貴方以上の方には出会えません。それに私は占いが出来ますきっとお役に立てます」


 懇願する薊と水仙の視線が混ざり合う。

 “探し物”をしている水仙にとって、腕の良い占い師が手に入るのは中々魅力的な条件でもあった。

 そして、水仙は考え込んだ末、ある妥協案を出した。


「それじゃあ……私の息子で手を打たないか?」


 ※


 翌朝、桔梗が一晩を過ごした部屋に朝日が射し込んできた。桔梗は布団に包まりながら、そろそろ起きようかと思ったところ、扉がゆっくりと開かれた。

 薄く開けた扉の隙間から水仙がそっと部屋へ入ってくる。

 桔梗が「父上」と声をかけると、水仙の身体はビクリと跳ねた。


「おはよう、桔梗。起きていたのだね」

「…………」


 桔梗は不信そうに水仙をジロリと睨んだ後、まるでその存在がなかったかのように、そっぽを向いてしまった。


「桔梗、一人でいい子で待っていたようだね」

「…………」


 機嫌を損ねた息子は、父に一切言葉を返さない。当たり前だ、子供が知らぬ土地で一人にされれば拗ねるのは仕方なかろう。

 水仙は息子の機嫌が直るのを時に任せることにした。

 悪いのは子を置いてけぼりにした親なのだから、どんな言い訳しても今、彼の許しを得るのは難しいだろう。


 水仙は身支度を整え、今日こそと輝夜との会談へ向かった。

 それから水仙と輝夜は会談をし、食事をし、つつがなく時は過ぎていった。

 輝夜といる間、寝不足が祟り水仙が何度も欠伸をすると、輝夜は「夜更かしする程月都を楽しんでいただけたようで嬉しい限り」と笑い、水仙は申し訳なさそうに苦笑いしかできなかった。

 そして、鬼達一行が月都を去る時が来る。


 帰り際、薊を連れて帰るという水仙に、桔梗は呆れ顔で溜め息をついた。薊は水仙のすぐ傍で惚け顔で水仙を見上げている。

 輝夜との会談の最後にダメ元で水仙は輝夜に薊を貰えないかと頼んでみた。

 突然の申し出だし難しいと思ったが、頼んだらあっさりと薊を貰うことが出来たのだった。

 輝夜にはこのお礼に贈り物をする必要があるだろう。


「じゃあみんな桔梗を頼むよ。私と薊は先を急ぐから馬で行く」

「父上どういうことですか? 従者も連れないだなんて危険です」


 桔梗は水仙に詰め寄った。水仙は「大丈夫だよ」と言い桔梗の頭を撫でた。桔梗はその手を振り払う。

 納得しない桔梗を置き去りに、水仙は薊と共に先を急ぎ鬼の国へ向かったのだった。


 予定より大分早く薊と共に四竜殿へ到着した水仙は、息子達を呼びつけどちらか薊を至急嫁にとれと命令した。

 牡丹と金雀枝は訝しげな顔をしたが父親の命令ならと受け入れ、話し合いの末、金雀枝が貰い受けることに決まった。

 その後、前々から気に入らなかった紫陽花を追放し、水仙の傍には金雀枝の妻で白銀雪殿の占い師となった薊が常にいるようになった。


 そして、そのまま時が過ぎ――、今、二人は白銀雪殿の中でも指折り贅沢な一室にいた。

 一面真っ白な大きな部屋の中にあるものは、すべて一級品で細部まで拘られており、小物一つ何度見ても見飽きることはない精巧なものだった。

 その部屋の北には几帳に囲まれた質の良い綿を使った寝台があり、南には湧き出る温泉を使った花弁の浮かぶ風呂があった。

 その部屋の中間に長椅子とテーブルがあり、そこで二人は時を過ごしていた。

 椅子に腰掛ける水仙の膝に、横たわった薊は頭を乗せながらテーブルに積まれた花と果実を口に運んでいた。

 薊は薔薇を一つ手に取りそれを口にいれ頬張った。咀嚼しながらゆっくりと上体を起こし、一枚残った花びらを咥え、水仙の顔へ近付ける。水仙はそれを薊の唇を絡め取るようにしながら、口内に入れた。

 薊は水仙の肩に手を回し、大きな目で見つめながら首を傾げてみせた。

 これは薊が甘えたい時に見せる“おねだり”のポーズだった。


「仕方ないなぁ」


 水仙は薊を長椅子へ寝かせ、その上に覆い被さり彼女の顔にかかった髪を優しく撫で落とす。

 それから、彼女の額から瞼、鼻頭、最後は薔薇の香りのする唇へと啄むように口付けを落としていく。

 唇同士が触れ合うと、薊は水仙の口内へ舌を滑り込ませ、彼の唾液を絡め取った。水仙も負けじと薊の舌へ己の舌を絡ませる。

 お互いが溶けて交わるような錯覚に陥り、水仙の気分は高まってきた。

 唇を離し、薊の顔を見つめる。ほんのり赤い薊の頬を二度撫で、水仙は切なそうに目を細めた。


「こんな事になるなら、息子にやらずに薊を最初から僕の手元に置いておくんだったな。いや、そもそも君を連れて来るべきじゃなかったのか……」

「そんな悲しい事言わないで、私は今、水仙を独り占めにできてとても嬉しいのよ」


 薊は水仙の頬を両手で覆った。

 薊の曇りない黒真珠のような瞳で見つめられると、水仙は困ったように笑うしかできなかった。

 現実から目を背けるように、水仙は薊の背中に手を回し細い身体を強く抱きしめた。薊も水仙の肩に手を添える。


「私、水仙のことが大好きよ」

「そんな事を言ってくれるのは薊だけだよ。僕は嫌われ者だからね……」


 薊は何も言わず水仙の頭を撫でた。

 そのまま二人で作り上げた世界で快楽に堕ちていく。


 迫る別れに目を背けながら――。


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