表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お掃除クエスト  作者: ちゃー!
鬼ヶ島編
69/107

外伝:水仙の冒険②

 彼の突飛な宣言にその場の空気が凍り付いたところで、扉の外から別の女官の声がした。

 どうやら輝夜の準備が整ったようだ。

 水仙はひとまず立夏と桔梗を応接室で待たせ、輝夜の元へと向かう。

 そして、桔梗と立夏が居心地の悪そい空間で二人きりにされ十五分程経った頃、水仙は再び応接室へ戻ってきた。


「輝夜に会談は明日にしてもらうように頼んで来たよ。さあ、立夏、出発だ」

「「え?」」


 桔梗と立夏は同時に驚嘆の声を上げた。


「父上、何を言っているのですか。いくら何でも突飛すぎます」

「いいから。桔梗はここで大人しく待っているのだよ。危ないからね」

「そんな……」


 桔梗はそれ以上反論はしなかった。

 幼い桔梗は父親に何か言える立場ではないことを充分承知しているからだ。

 物分かりのいい息子をみて水仙は満足気に頷いた。


「立夏、まずは行き先を決めないとね。君に指示を出したのは誰なんだい?」

「え……あの、本気ですか?」

「本気だよ。自分を狙うのが誰なのかくらい知りたいからね」

「そうですか……正体は隠されています、けれど、おそらく中納言の楔月白亜(ケイゲツハクア)様かと……」

「ああ……彼女が……」


 楔月白亜――。水仙も知っている人物だった。

 歳は水仙より一回り程上で中々の妙齢の女性だが、未だに現役で政治の中心的存在の一人として弁を振っているという有力者だ。

 そこで大体水仙はこの事件の黒幕におおよその察しが付いた。少なくとも最近水仙を暗殺する遊びにハマっている息子の牡丹でないのは間違いなさそうだ。

牡丹は人の国の有力者を使って暗殺を企てる程賢くはない。


「じゃあ、早速出発だ」


 水仙は立夏を連れ立って月宮殿を後にした。

 馬に跨り立夏を乗せ、楔月の屋敷へ走る。

 その道中に、水仙は立夏の状況や暗殺までの経緯を詳しく聞いた。


 昨晩のこと、水仙を案内する役目を仰せつかった立夏の元に黒装束に身を包んだ男が現れた。

 男は立夏の仲間の女官が人質に取られていること、その女官を助けたくば水仙を毒殺せよと言い、立夏に毒の瓶を渡した。仮に失敗したとしても、立夏自身が自決し闇に葬れば人質の女官は助けるとのことだった。


「君は何故その黒装束の男が、中納言の手下だとわかったのかな?」

「占いです。私、占い師の家系なので」

「へー、すごい。占い避けの結界は?」

「あの程度の結界なら大した事ありません」

「それは感心なことだ。それ程の力がありながら何故城で女官なぞしているのかい?」

「誰にも言ってませんから。今この世で私以外で知っているのは殿下だけです」

「光栄だね」


 それから程なくして、中納言の楔月白亜の屋敷へ辿り着いた。

 屋敷の門番に屋敷の主に会いに来たと伝えたら、すんなりと中へ通してもらえた。


「どうやら話はついているようだね」


 不安そうに後を付いてくる立夏に、水仙は笑いかけた。

 屋敷へ上がり、案内されるがまま奥の部屋へ通される。


「お待ちしておりましたよ」


 部屋の奥、厚みのある座布団の上でこの屋敷の主はどっしりと構えていた。

 久々に会う白亜は化粧では隠し切れない皺が浮かび皮や肉も垂れ下がり、過去の美しい姿を知る水仙は少し残念に思った。せめて年相応に美しければそんな事は思わないのだが、丸々と肥えた体型は決して擁護しきれるものではない。


「白亜殿。お久しぶりです」


 水仙は立ち上がったまま軽く頭を下げ、立夏は急いで傅きそのままの体勢で震えていた。


「小娘には荷が大きい仕事だったようですね」


 白亜は冷たい視線で立夏を見る。その視線を遮るように水仙は立夏の前に立った。


「どうせ、私を連れ出す口実でしょう」


 白亜はその通りと言わんばかりにニヤリと笑って見せた。


「ここを見つけるまでにまだ時間が掛かると思ったのですが、さすが殿下。一体どんな人脈を使ったのかしら」

「ご想像にお任せします」


 答えられるわけがない。立夏の占いの成果であって、水仙には何の人脈もないのだから。


「けれど、二人で乗り込んで来たのは甘かったですね」


 白亜が唐突に手を打つと、黒尽くめの男が四人現れ水仙と立夏を囲んだ。


「殿下に恨みはないのだけれど、こちらも事情があります。ここで消えていただきましょう」


 黒尽くめの男達は白亜が特別に雇った暗殺者だ。金は嵩むが腕は間違いなく一級品の者達である。

 白亜が合図を出すと一斉に男達が襲い掛かってきた。


 四方八方から飛び掛かる男達に立夏は終わりだと目を閉じたが、水仙は怯む様子もなく彼らを睨むように目を細めた。

 一瞬、時が止まったような錯覚に陥る。

 それから一秒も経たずして、黒尽くめの男達は肉を飛び散らせ破裂死した。

 飛び散った血肉が部屋を赤く染める。

 首や手足などの先端は残っているものもあるが、それ以外はすべて細かい肉片となり、散乱し誰が誰だか区別がつかない様だった。


「この魔法は殺すことしか出来ないのだよ。手加減できなくて申し訳ない」


 水仙は動かぬ肉塊に向かって、軽く会釈をした。

 白亜は震え後ろに下がるが、すでにそこは壁際。進むことが出来ぬ壁を背でぐいぐいと押す様は滑稽で、水仙は呆れ顔で溜息をついた。

 水仙は白亜の方へ歩みより、彼女の前で立ち止まる。

 そして、震える白亜のその額に人差し指を当て、謎の呪文を唱えた。


「ちちんぷいぷい。私に逆らったら破裂死してしまえー」


 白亜は自分の体に何をされたのかわからず、両手で体中に触れ、異変がないか確認した。


「白亜殿。今、私は貴方に呪いを刻み込んだ。私に逆らったらさっきの男達のように貴方も死んでしまうでしょう」


 水仙は涼しい笑顔で白亜を脅迫する。

 呪いを受けた彼女は無言で頷き、水仙の要求に応じた。白亜が水仙を裏切ることは今後一生ないであろう。


「では、伺います。貴方は誰に頼まれてこんな事を企てたのですか?」

「そちらの右府の時雨紫陽花(シグレノアジサイ)様です」

「証拠はあるのか?」

「そこの引き出しにこの件について書かれた書状が……」


 水仙が引き出しを開けると白亜の言う通り書状が見つかった。

 それを開き、中身が間違いないことを確認すると、水仙は震え出した。

 それは信頼ある地位にいる親戚の裏切りに怒りを抑えきれないの姿かと思い、立夏は命の恩人の境遇を憐れんだが、そうではなかったようで、水仙は突然拳を振り上げガッツポーズで歓喜の叫びを上げた。


「いよっしゃーーーー!!!! きたーーーー!」

「で……殿下?」


 白亜も立夏も予想外の反応に唖然とし口をぽかーんと開けていた。


「あ、ああ、すまない。取り乱した。これであいつを追放できると思うと嬉しくて嬉しくて」


 水仙はニヤケ顔を隠すように口元を手で覆うが、堪え切れずに笑い声が漏れ出てしまっていた。

 時雨紫陽花は水仙の従兄弟であり、共に国を動かす立場であったが、事あるごとに水仙の足を引っ張り、嫌味を言い、会議では必ずと言っていい程反対の意見を唱え、水仙にとって邪魔で邪魔で仕方のない相手だった。

 紫陽花が水仙の胃痛の原因の一人であるのは間違いなかった。

 権力があるため水仙も容易に手を出せなかったが、ここまで確実な証拠があるなら別である。

 水仙を殺す程嫌い、尚且つ月宮殿の女官を使って暗殺をすることが可能な人脈を保持している者を考えると、紫陽花ではないかと水仙は勘ぐっていたが正解だったようだ。


「必要な物は手に入ったし、立夏、帰ろうか」

「あの……私の同僚の女官は……」

「大丈夫だよ。その子はきっとここにはいない。無事に家にでもいるんじゃないか? そうでしょう、白亜殿」


 水仙に話を振られ、白亜の身体はビクりと跳ねた。自分が質問されたのだと数秒かけ理解し、白亜はしどろもどろになりながら、人質というのは嘘で女官は無事だと答えた。女官には使いを頼み仕事を休ませ、人質に取られているかのように立夏に錯覚させたのだった。


「ほらね。白亜殿は輝夜の女官を二人も“行方不明”にさせる権力は持っていないのだよ。君のことは処分するつもりだっただろうから、同僚の子には手は出せない」

「良かった……」


 立夏は安心したせいか、とめどなく涙を流しながら、水仙に感謝の言葉を何度も伝えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ