外伝:水仙の冒険①
水仙はある大事な会談のために、曙の首都・月都へ来ていた。
扶桑より出たことがない息子の桔梗と、何十人ものお供を連れて曙に入ったのだった。
月都は女王・輝夜姫の住まいである月宮殿を中心に放射状に町が広がって、そこに狭い間隔で建物がひしめき合っていた。人口も多く、そのごちゃごちゃとした雰囲気が水仙は昔からあまり好きではなかった。
鬼ヶ島も鬼が多く住んでいるが、ここまで人口密度は高くない。鬼ヶ島は一人一軒の持家があるが、月都は長屋に住んでいる者も多く、十分な財産のない者や頼りになる家族がいない者はそうして集団生活を営んでいた。
水仙は籠に乗り月宮殿を目指すが、月の都の道の間隔は狭く窮屈な移動となっていた。
やっとのことで月宮殿へ辿り着くも、門から更に広大に広がる庭があり、移動はまだまだ続く。
ここで水仙は籠から降り、桔梗も外に出るように促した。
世間知らずの桔梗は物珍しそうに、周囲をキョロキョロと見ていた。そのまま桔梗と共に水仙は輝夜の元まで散歩がてら歩いて向かった。
水仙はほぼ白銀雪殿におり、あまり四竜殿に帰ることがない。牡丹や金雀枝とは仕事を手伝わせている関係で会う事もあるが、まだ幼く仕事をしていない桔梗とは殆ど顔をあわせることがなかった。
こうして旅をする事によって少しでも交流を計れたらと思ったが、中々上手く行かず、桔梗は水仙と共にいてもほぼ喋らず、実の父だというのに余所余所しい態度を取られてしまっていた。
昔から水仙は社交的な方ではなく、あまり人付き合いが得意ではなかった。桔梗との会話もどう続ければいいのかわからず、「桔梗、曙の国はどうだ?」「扶桑の方が好きです」や「月都は人が多いな」「そうですね」等、会話のキャッチボールは一往復で終わってしまっていた。
早くもメンタルの弱い水仙はお手上げ状態になり、持ち歩いている胃薬をその場で飲み干した。有能な薬師に作らせた特別製の薬は、ストレスによる胃痛をすぐに抑えてくれる。
水仙は三人の妻がいるが、結婚した次の日は毎回胃に穴が空いていたようなストレスに弱い男だった。
三人の妻は親や親戚が連れて来た自分で選んだ妻でもなく、紫苑以外の二人は結婚するまで会ったことすらなかった。ただ、紫苑とだけは筒井筒の仲であり、密かにずっと好いていた相手と結婚が決まった時水仙は密かに喜んだが、それは水仙だけだったようで紫苑は結婚してからずっと冷たい態度を取、彼を毛嫌いした。
それから水仙は女性という存在に苦手意識を感じており、気の小さい水仙は逃げるように白銀雪殿で日々を過ごしていたのだった。
それが原因で三人いる息子達とはコミュニケーションは不足しており、そこに親子としての気安さや親しさは一切なく、どこか他人行儀な空気が流れる原因となっていた。
水仙はいつしか桔梗との会話を諦め、ただ二人で景色を見ながら歩いていた。
妻からも愛されず、息子達は懐かない。水仙はこんなに人望のない自分が摂政などという地位に就いていることに可笑しさを感じた。
祖父や父に言われるがまま過ごした結果がこの場所だ。自分が望んだ事など一度もない。それでも水仙はこの椅子を死守してきた。それが時雨氏一族の務めだからだ。
月宮殿の本殿へ辿り着くと、輝夜の使いの者が待っていた。
使いの者は立夏という輝夜の女官で、夕焼け色の髪が印象的な女性だった。
「輝夜は諸用で外しておりますゆえ、まだ時間が掛かります。私が殿下をご案内致します」
「早く来てしまったのはこちらだからね、いくらでも待つよ」
水仙は桔梗にも挨拶するように促すと、桔梗は水仙の背後で無言で会釈だけした。その様子に水仙は苦笑いを浮かべた。
「すまないね、私に似て人見知りなんだ」
「いえ、そんな。お気にならさずに。では、ご案内致します」
立夏は水仙一行を連れ立って、月宮殿の長い廊下を歩いていった。
後をついて歩いている最中、水仙は立夏の髪を見て感心していた。女官のため高く髪を結っているが、それを解いたところを水仙は想像したくなるような魅力的な髪だと思った。
「立夏さんは夕焼け色の綺麗な髪をお持ちなのだね。髪を下ろしたらさぞや美しいのだろうね」
立夏は顔を赤く染め、髪を覆うように両手で隠した。
水仙はしまったと後悔した。これではまるで自分が立夏を口説いているようではないか。
何気ない一言だったのだが、誤解をとかなければと水仙は慌てた。
「ち、違うんだ。君に興味があったというわけではなく、その……髪が綺麗だと思っただけなんだよ」
そこまで言って水仙は、これでは髪以外価値がないと言っているようだと気が付く。
「いや、勿論君自身も美しいと思うよ。息子の嫁に欲しいくらいだし……あ、いや、そういう意味じゃなくてね」
水仙はまた失敗してしまったと落ち込んでいた。
今まで生きてきた中で女性との会話が上手く行った試しがないのである。そこで水仙は同性との会話もまともに出来ないことに気がつきさらにへこんでしまった。
「……ありがとうございます。初めて綺麗だと言われました」
その時に見せた立夏の笑顔は、どこか無理をしたような悲し気な笑みに見えた。そして彼女は進行方向へ視線を戻しくるりと水仙へと背を向けてしまう。
気を遣わせてしまったのだろうか、余計な事を言ってしまっのではないかと水仙は今日何度目かの後悔をした。
水仙と桔梗は応接室へ到着し、立夏は従者達を隣にある従者用の控室に案内すると言い、そこで水仙達とは一旦別れた。
部屋でまた水仙と桔梗は二人きりになってしまった。
二人に会話はなく葉が揺れる音しか聞こえない部屋で、水仙は何か話題はないかと思考をぐるぐると巡らせていた。
「そうだ、桔梗は本当に大人しくて偉いな。昔、子供の牡丹を連れて来たらすれ違う人間を見る度に『あれは美味しそう』だとか『丸焼きで食べたい』とか言うものだから、ここにいる人間が怖がってしまって参ったよ。それに比べて桔梗は空気が読めて本当に有り難い」
「いえ……」
かなり頑張ったネタなのだがまったく話が広がらなかった。
水仙は諦めて寝たふりをして過ごすことにした。目を閉じてしまえば嫌な事から逃げることができる。
しばらくそうして座っていたとこと、扉の向こうから誰かに呼ばれる声がし水仙の体はビクりと跳ね、バランスを崩し椅子から落ちそうになってしまった。
どうやらしばらく目を閉じていたら、本当に寝てしまっていたようだ。
「殿下、若様。お茶をお持ち致しました」
「あ、ああ。どうぞ」
立夏がお盆に緑茶を乗せ持って入室してくる。
二人の目の前で急須に入ったお茶を三つの湯飲みに淹れ、そのうちの一つを立夏が目の前で飲んでみせた。
この女官は毒味もするようだ。一国の主の元で女官として働くのは大抵身分の高い者の娘であり、こういった毒見は専用の者が行うのが常である。
水仙は差し出されたお茶の香りを嗅ぎ、桔梗に差し出された物も水仙は取り上げ鼻に近づける。
「これは、湯飲みに毒が塗ってあるのだね。桔梗の方は大丈夫だ。飲んでいいよ」
水仙は桔梗に湯飲みを返すが、桔梗は引き攣った表情でそれを凝視し口をつけようとはしなかった。
立夏は震えながら、額に冷や汗を浮かべている。
「何故、君が私を暗殺しようとしたのかな?」
「それは……」
懐から小瓶をだし、服毒自殺を図ろうとした立夏を水仙は咄嗟に掴み上げる。
「責めたりしないし、悪いようにはしない。ただ誰の指示かだけ教えてくれないかな。君だってやりたくてやったわけじゃないんだろう?」
立夏は堰を切ったように泣き出した。
どうやら彼女の親しい女官が攫われて閉じ込められているのだそうだ。水仙を無事殺したら人質を助けることができるらしい。
「それは大変だったね。そういうことなら、私がそいつを退治してあげようじゃないか」
水仙は自信満々の様子で胸を叩いてみせた。




