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お掃除クエスト  作者: ちゃー!
鬼ヶ島編
66/107

百合と牡丹

 北の小屋は八畳程の大きさの小さな社のような形をしている。

 時雨氏の持ち物のようで、私が以前、牡丹と戦いの手合わせをした時に休憩に使ったこともある場所だ。

 小屋の中は板張りになっており、特に家具もなく部屋の隅に収納として大きな木の箱が置いてあるだけだった。


 北の小屋で一人待っていると、誰かが訪ねてきた。


「今晩は、柚子葉さん」


 それは白竜殿の女官と百合だった。

 月明かりに照らされた百合は、夜に咲く白百合さながら幻想的な美しさを醸し出していた。

 残酷さを一切隠さない笑みもまた彼女を魅力的にしている。


 百合は「失礼するわね」といい、私の許可を待たずに小屋へと上がった。


「どうしたのですか? 白姫様ともあろう方がこんなところへ」

「貴方こそ、何故ここにいるの? まさかこの小屋のお掃除でも頼まれたのかしら?」

「太師と待ち合わせ中なのです」

「そう。でもその約束は果たされないわよ」


 百合が女官に指示を出した。

 少し前に出た女官は小さく私に「ごめんね」と言い魔法を発動させた。

 彼女は木の魔法が使えるようだ、木の枝が私の身体に絡みつき締め上げる。


「いい景色ねぇ。私の目の前で私の物を盗った女が苦しんでいるのは」


 百合は心底楽しそうに、私が苦しむ様を見ていた。

 嫉妬深い彼女は、泥棒猫の断罪を直接己の目で見たかったのだろう。

 そして、その死体を遅れて来た牡丹に突き付け、二度と浮気はしないようにと念を押すのだろうか。

 最初は気が付かなかったが、百合は私を牽制し続けていた。

 恋文の内容を私の前で読み聞かせたり、牡丹との模擬戦についてきて気分を悪くした振りをして牡丹にしがみついたり、そして私を息子の桔梗に会わせ続けたのも……全部全部牡丹と一緒に住み恋仲の噂が立っている私への警告。

 ただの掃除婦で恋仲になりようがない私のような存在にまで、百合は牡丹は自分の物だと全身で伝え続けていた。

 おそらく牡丹と百合の秘密の関係が屋敷中に広がっていたのも彼女が意図的に流していたのではなかろうか。


「白姫様。貴方は殿下の妻でしょう。太師を独占する権利は貴方にはない」

「貴方に何がわかるのよ」


 百合は冷たい視線を携え、魔法で拘束される私へ歩み寄り、扇で二回私の頬を軽く叩いた。


「親が水仙様の叔父に大金を積んで、好きでもない一回り年上の男に嫁がされたのよ。しかも水仙様は子供が出来たら私の屋敷になんて一足も来ない。これが結婚って言えるの?」

「それでも、貴方が殿下の妻の一人である事には代わりはない」

「あら、生意気ねぇ」


 百合は女官に顎で私への攻撃を強めるように指示を出した。

 女官が私への締め付けを強める。

 これ以上は紙防御の私の身が持たないため、反撃に出ようと思ったその瞬間――聞き覚えのある声が小屋の外からした。


「柚子葉、無事か!!!」


 小屋の扉を勢いよく蹴り飛ばし黄の髪をたなびかせ、手に刀を持った金雀枝が現れた。

 全力で走ってきたのだろうか、金雀枝の息は荒い。


 何ということでしょう。呼んでないはずの人が来てしまいました。


「金雀枝様……何故……」


 百合も金雀枝の登場は予測していなかったようで驚き固まってしまっている。

 金雀枝は私の方へ駆け寄り、私に巻き付いた魔法の植物を切り落としてくれた。


「百合がここでよからぬ企みをしていると聞いて俺が来た」


 百合に連れられて来た女官が気不味そうに顔を反らした。恐らく彼女が金雀枝に伝えてくれたのだろう。

 気持ちだけはとても嬉しい。

 金雀枝は「大丈夫か?」と言いながら私を後ろから支えてくれた。

 私は苦笑いでそれに返事をした。ここは成り行きに身を任せるしかないだろう。

 金雀枝は私の無事を確認すると安堵したようで、緊張していた表情が少し緩まった。そして、視線を私から百合へと移した。


「百合、こいつは俺が娶る。それでいいだろう」

「はい?」


 驚く私に金雀枝は小さい声で「話しを合わせろ」と言って来た。

 そこで彼の四人の妻のことを思い出す。


「そうね。彼から手を引くならそれでいいわ。貴方に免じて見逃してあげる」

「ちょ、ちょっと待ってください。ないです、それはないですから」

「柚子葉! いいから黙ってろ」


 百合は私の態度に眉をひくつかせイラ立っているようだ。

 私は百合の事は一旦気にせず、振り返り金雀枝の顔を真っ直ぐ見つめ、彼の頬を両手で包み込む。

 私は少し彼の行動に怒っているのだ。


「貴方はいつもいつもそうやって二人の尻拭いをしているばかりじゃないですか。そんな風に自己犠牲をしていつまで生きていくつもりですか!?」

「柚子葉……」


 百合はわけがわからないという顔をしたが、何の事を言われているのか金雀枝には伝わったようで、彼はそのまま沈黙してしまった。

 そのタイミングで新たな客がここへ到着した。


「何でここに皆集まっているんだ……?」


 牡丹が訝し気な顔をし、壊れた扉から中を覗いている。

 小屋の中へ慎重に入ってきた牡丹の元へ、百合がすぐさま駆け寄り、彼へ思い切り抱きついた。


「百合……?」


 牡丹に縋り付く彼女は、彼に頭を擦り付け、体を絡ませ、全身でまるで牡丹に自分の香りを付けているようだった。百合は本当に牡丹が大事で独占したくて仕方がないのだろう。

 牡丹はそんな百合に驚きながらも、彼女を落ち着かせるように優しく頭を撫でた。


「百合、どうしたんだ?」

「だって、あの子が貴方を私から奪おうとするの……」

「ん? 何の話だ?」


 牡丹が柚子葉の方へ、説明を求めろと視線で訴えた。

 私は立ち上がり、腕に付けた珊瑚のブレスレットを外し、掲げた。


「白姫様、全部嘘です。この腕飾りも自分で買ったものです」

「どういうこと?」


 百合は私に困惑の表情を向けた。


「太師、申し訳ございません。白姫様の嫉妬心を煽るために貴方と恋仲だと彼女に嘘をつきました」

「柚子葉……お前は何をしたのだ?」


 私は百合と牡丹に、手紙を届ける振りをして配達の日にちを開けた事や、牡丹にブレスレットを貰ったと偽ったこと等全て説明した。


「私は白姫様の本当の気持ちが知りたかったのです」

「私の……気持ち?」

「はい、狂おしい程太師の事を想う気持ちと片や殿下の事は何も想っていないという事です。それを貴方の口から聞きたかったのです」

「何で?」

「それは、順を追って……」


 百合は私の行動が理解出来ず、不安そうに私の一挙手一投足を注意深く観察していた。

 私が何をしようとしているのか、頭をフル回転させて考えているようだ。

 そんなに敵対心剥き出しにしなくてもいいのに。悪いようにしようとは微塵も思っていないのだから。


「牡丹……」


 金雀枝がゆらりと殺気立たせながら、異母兄へ怒りの眼差しを向けた。


「百合はお前を独占するために柚子葉を殺そうとしたのだぞ。過去には、お前の婚約者の暗殺を企てたり、お前のところの見目の良い女官に嫉妬しそれは酷い仕打ちをしたこともある。俺が助けなければみんなどうなっていたか……お前はそれでも百合を抱き締めるその手を緩めないのか!」


 牡丹は金雀枝の方を感情のない顔で見ながら、さらに百合を強く抱きしめた。

 怒りに任せ牡丹へ掴み掛ろうとする金雀枝の腕を私は掴む。


「太師は白姫様のそういうところがいいのですよね」


 私の言葉を牡丹は笑顔で肯定した。

 牡丹は嫉妬深く残虐で美しい姫を愛しているのだ。

 多分他の女性と婚約しようとしたのも、狂う百合が見たかったのではなかろうか。

 ただ私の事は利用手段があり、百合に殺されても困るためあえて恋文を持たせ百合に届けさていた。そうして私と牡丹は無関係であると百合へ主張したのであろう。

 金雀枝は理解できないという表情で大きくゆっくりと首を左右に振った。

 私は金雀枝を引っ張り一旦彼を後ろに下がらせる。


「ところで、柚子葉。勇者はどうした?」


 牡丹は勇者の事が気になるようだ。そういえばそう言って牡丹を呼び出したのだった。


「嘘です。そうでも言わないと忙しい中来てくれないと思いまして」

「はぁ?」


 勇者との再会を期待に胸を躍らせて来た牡丹にとって、それが偽りだったことは非常に残念な事実であり苛立たしいことであったようだ。

 百合がいなかったら即攻撃されても仕方がないくらい怒りを滲ませていた。


「嘘を吐いたからにはそれなりの理由があるのだろうな?」

「勇者の事なんかよりよっぽど大事な事です」


 金雀枝が「何なんだこれは?」と、私に耳打ちした。詳しく説明している場合ではないので私はそれに「少し見ていてください」と返す。

 私は思い切り手を叩き今日の主役をこの場所へ呼んだ。

 呼んでから少し間をあけて、彼は恐る恐る小屋の中へと入ってくる。


「母様……兄様……」

「桔梗。貴方ここで何をしているの?」


 百合は牡丹の元を離れ、桔梗の元へ駆け寄った。


「母上、すみません。勝手に外出して……」

「桔梗、大丈夫なの?」


 百合は心配そうに我が子に怪我はないか、桔梗の全身を上から下へ見て調べていた。

 そして怪我はなさそうだとわかりほっと一息つくと、振り返り私をキッと睨みつける。


「桔梗をこんなところへ呼んでどうする気? この子に怪我でもあったらどうするの?」

「ち、違うんだ母様。僕が自分の意思でここへ来たんだ」

「貴方一人でここまで来られるわけがないでしょう」


 百合が母親にしがみつく我が子の方へ振り返ったところで、その背後にいる影に気が付き絶句した。

 牡丹も金雀枝も入り口にいる“彼女”の存在に気が付いた。


「みなさん、ごきげんよう」


 満月の前で、女狐が八重歯をちらつかせながら三日月のように笑った。


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