再会
仕事を終え、部屋へ戻った私の元に桃次郎から手紙が届いていた。
彼のことを思い出し、少々うんざりしながらも手紙を開こうとしら、渡に取り上げられビリビリに破かれ窓から外に捨てられてしまった。
「桃次郎からの手紙なんて見る必要ないでござるよ。どうせロクなことが書かれていないでござる」
「そ、そうかな? さすがに読まずに捨てるのは悪い気が……」
「柚子葉殿も奴の不愉快さは身を持って体験したはずでござろう」
「そうだけど……」
私は渡が破いた手紙の事を考えていた。
渡は窓から庭の方へばら撒いた。風に乗って散らばった紙を掃除するのは私なんだけどな。
捨てるにしても丸めてゴミ箱に入れて欲しかった。
柚子葉は渡の手から溢れた手紙の破片が部屋に落ちているのを見つけた。捨てようとそれを拾うと、その破片に書いてある文字に私は釘付けになった。
“灰桜”
私はその二文字だけで、手紙の内容を理解した。
涙が溢れて止まらない。
灰桜……それはかつて旅をした友の名前。
彼等はここへ来たのだ。
ついに仲間達と会えるのだ。
渡は急に泣き出した私に、狼狽えていた。
「ごめん、渡。気にしないで。嬉し泣きだから」
仲間達は皆元気だろうか。
灰桜鴇、杜若瑠璃、蘇芳真朱、夕霧
みんなに会いたい。
「渡。私、桃次郎さんのところへ行ってくる」
「ちょっ……待つでござる」
渡は私の腕を掴み、思い切り引き寄せた。私の身体は渡の腕の中にすっぽりと入ってしまう。
「今日は拙者といるでござる」
「え?」
「あっ」
私の顔がみるみると赤くなり、渡のセリフが頭の中をぐるぐると回り駆け巡る。
渡にそんな事言われるなんて。
「ち、違っ。柚子葉殿。今のはそういう意味ではなく……」
「違うの?」
何だ、ただのぬか喜びになってしまった。
渡は想い人の姫がいるし、当然だよね。勘違いして恥ずかしい。
「桃次郎のところに行く必要が感じられないでござる」
「渡、違うの。この手紙には私の仲間のことが書かれていて、もしかしたら会えるかもしれないの。仲間のことは前に話したでしょう? 」
「じゃあ、拙者も共に行くでござる」
「ありがとう渡。貴方の事を仲間に紹介するね!」
私は渡と共に桃次郎のいるという宿に向かった。
小走りで街を駆け抜け、宿へ着くと桃次郎が迎え入れてくれた。
「柚子葉さん、手紙を見てくださったのですね」
「はい、ありがとうございます。あの……それで私の知り合いが桃次郎さんの元へ来ませんでしたか?」
「来ましたよ。瑠璃さんとそれ以外の方が」
桃次郎は瑠璃のことが気に入ったのか。可愛いから仕方のないことだけれど。
そういえば、渡はどうなのだろう。瑠璃に会ったらやっぱり気になったりするのかな。
少し胸がチクチクと痛んだ。
「瑠璃さん達から柚子葉さんに伝言を預かっていますよ。ここの宿に彼等はいるそうです」
「あ、ありがとうございます! 桃次郎さん」
「いえいえ、大した事ではないですよ。今度柚子葉さんと瑠璃さんの二人で僕の部屋にいらしてください。おもてなしいたしますので」
「考えておきます」
はっきりとは返事はしなかったが、橋渡しになってくれた桃次郎には感謝してもしきれないし、今度お礼も兼ねて瑠璃を連れて行ってもいいかもしれない。
私は桃次郎に渡されたメモに書いてある宿を訪ねると、宿の人に私が来る事を事前に仲間達が伝えてくれていたらしく、簡単に仲間達の部屋を教えてくれた。
私は仲間達の泊まっている部屋へ、一歩、また一歩と近づいていった。
久しぶりに会う事を考えると緊張してくる。
鴇とは喧嘩別れだし、私が妖に食べられたせいで大分迷惑をかけてしまったのではないだろうか。
会ったらまずは謝ろう。そして、私に会おうとしてくれたことに感謝をしよう。
渡のことも紹介したい。渡は一人になった私と共にいてくれた大切な仲間であると。
でもそんなこと言ったら鋭い瑠璃に私の渡への気持ちがバレてしまいそうだ。
私はついに、彼等が泊まっているという部屋の前にたどり付いた。
やっと、会えるのだ。私は大きく深呼吸し、扉をノックした。
ノックし数十秒待つが、何の反応もない。
外出中だったかな、夜だし夕飯を食べに外へ行っていてもおかしい時間ではない。ノックが中に聞こえなかった可能性もあるため、念のため私はもう一度扉を叩いた。
「柚子葉だけど、皆いないの?」
「柚子葉ちゃん?」
今度は中から真朱と思われる声が聞こえてきた。
足音が扉の方へ近づいてくると、ゆっくりと扉が開かれた。
扉の隙間から充血した目に涙が溢れている真朱がいた。
「柚子葉ちゃん……」
真朱はそのまま崩れるように膝を付いた。真朱の手から離れ揺れる扉の隙間から部屋の中が垣間見える。
そこに見えたのは夥しい量の“血”だった――。
「え?」
私がその扉を開けると、そこには散らばった人間の臓物があった。
しかし臓物は原型を留めておらず、どれが心臓でどれが肝臓なのかわからぬ有様だ。
ただ、細切れのレバーのような塊がそこら中に散らばっているのだ。
弾け飛んだのは胴の部分だけのようで、手、足、頭部は残っている。
私が恐る恐る頭部へ視線を移すと、そこには美少女の面影一つない瑠璃の顔があった。
瑠璃の大きくて魅力的な眼球は零れ落ちそうになっており、口からは大量の血が溢れでている。
私は急いで中へ入って扉を閉め、その空間を封じ込めた。
何だこれは! 一体なんだというのだ。
私は一度目を閉じて深呼吸をしてから瞼を開いた。
そして、荒ぶる呼吸を抑えながら今の状況を見渡す。
夕霧は瑠璃の傍らでうつ伏せになって、頭を抱え小さな声で瑠璃の名前をずっと呼んでいた。
真朱は壁に向かって、涙を流しながら吐き気に耐えているようだった。
何が起きたと言うのだろうか。そういえば鴇の姿が見えないけれど彼はどこに行ったのだろうか。
異様な空気を察して、懐に入れていた渡が外へ出てくる。
「柚子葉殿これは……?」
「わからない……」
私も瑠璃へと近づきその痛ましい遺体を視界にしっかりと焼き付けた。
「唐金さん……」
夕霧が私の存在に気が付いたようだ。
その目は虚ろとしていて、焦点が合っていない。
まるで彼の世界が終わってしまったかのような悲壮感が漂っている。
「どうしたのですか?」
「僕と真朱君が部屋に帰ったら瑠璃が……瑠璃がこんなことにぃ……」
夕霧はそのまま顔を覆い嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。
真朱の方は相変わらずこちらを一切見ようとはしていない。
今すぐにはこの状況の詳しい話を聞けなさそうだ。
ただ間違いないのは瑠璃が何者かに殺されたということ。
「騒ぎになると大変だから片付けるね」
検非違使に見つかって事が大きくなったら夕霧と真朱の存在もバレてしまうに違いない。
二人の存在は、異世界から来た勇者を探している鬼に見つかるのは避けた方がいいような気もする。
私は瑠璃が死んだ悲しさよりも、彼女を殺した犯人への怒りに燃えていた。
まだ若い彼女をこんな殺戮をする必要がどこにあったのだというのだろうか。
私は瑠璃を形成していたものを一つ一つ拾っていき、それを私の持参の袋に入れようとしたところ夕霧に止められた。
「瑠璃さんは一つ残らず私が持っていきます」
私は無言で頷き、夕霧の無限に物が入る道具袋の中に瑠璃を入れていった。
その最中に瑠璃の身体の中心に百円玉程の金の粒があるのを見つけた。私はそれが妙に引っかかり、それだけは夕霧へ渡さずこっそりと自分の道具袋へ忍ばせた。
そして、瑠璃の右手を片付けようとした時に、その手に何か握っているのを見つけた。
その右手の平の中に入っているのも小さな金の粒だった。
これは一体何を意味するのだろうか。私はそれも回収した。
散らばった血も含め綺麗さっぱり掃除をし、瑠璃が死んだ面影は部屋から一切なくなった。
「柚子葉ちゃん、それは人なの?」
真朱が私の肩に乗った渡を凝視していた。
「うん、私の仲間の鳥塚渡よ」
「そうなんだ。よろしくお願いします」
「よろしくでござる」
遺体がなくなったことで真朱は少し落ち着きを取り戻したようで、今は会話が成り立つレベルまで精神状態は回復していた。
「ねぇ、真朱君、鴇君が見当たらないようだけれど」
鴇の話題を出した途端、真朱の表情は暗く陰り黙ってしまった。黙った真朱の変わりを果たすように夕霧が話に割って入ってくる。
「彼も亡くなりましたよ、瑠璃さんと同じように……」
“同じように”それは鴇も破裂して殺されたということなのだろう。
鴇と瑠璃が同一の方法で殺害されたとなると、それはもう転移者を狙った連続殺人だ。
危険を感じ、私は生き残った二人に詳しく話を聞いた。
鴇の時は遺体の破損が酷く、かろうじて状態の良かった顔面が残っていたお陰で、それが鴇だとわかる程だったようだ。二人に共通するのは宿の部屋で一人でいる時に殺されたということ。
殺害現場となった宿の部屋は共通して魔法の力により現代でいうオートロックのように、扉は内側からしか開けることが出来ないそうだ。その魔法は何人たりとも侵すことが出来ない特殊な魔法で、魔法を消して第三者が中へ入るのは不可能だそうだ。
部屋の中にいる者か鍵を所持しているものしか扉を開けることが出来ないのだ。
その結果、鴇の時も瑠璃の時も顔見知りの犯行――、しかも二人をこのように破壊して殺すことが出来る程の力を持った者であると言えた。
正直疑いたくはないが、それが可能な人物が真朱か夕霧、後は桃次郎くらいしか思いつかない。
けれど今浮かんだ容疑者達はどの者もこんな風に人を殺すように見えない。
私はその場でしゃがみ込み、膝に顔を埋めた。
何故なんだ、やっと仲間に会えたと思ったのに。瑠璃も鴇もこんな目に合っているいるなんて。
犯人が憎い。誰だ、誰なんだ――。
私は親指の爪を強く噛んだ。




