鬼ヶ島:前編
夕霧、瑠璃、真朱の三人は鬼ヶ島の城下町の宿で過ごしていた。
鬼ヶ島に着いて既に三日程経っていたが、彼等と柚子葉の再会は叶わずにいた。
三人にとって柚子葉のいる場所は、すこぶる都合が悪かったのだ。
柚子葉が住み込みで働いているところは、鬼の世を牛耳っている時雨氏のお屋敷・四竜殿である。何の紹介もない者が簡単に入れるところではないのだ。
彼等はどのようにしてお屋敷の中にいる柚子葉とコンタクトを取ろうかと迷っている間に、三日も過ぎてしまっていた。
「侵入するのは不可能でしょう。警備も厳重ですし、もし侵入がバレたら柚子葉さんの身も危険に晒す可能性があります」
「じゃあ、どうやって柚子葉ちゃんに会う事ができるの? ここで待っていても埒が明かないよ」
「瑠璃ちゃん落ち着こうよ。柚子葉ちゃんもずっとお屋敷の中にいるわけじゃないから、情報を集めて機会を見つけよう」
「情報ねぇ……」
瑠璃はつまらなそうに、天井を見た。
鬼の国で得た柚子葉の情報といえば、“柚子葉という名の掃除婦が時雨氏のお屋敷で掃除婦として働いている”“腕が大層素晴らしく、四竜殿の掃除だけでなく外にある時雨のお屋敷の掃除も時たま請け負っている”“掃除婦にも関わらず妖をいとも簡単に退治することができる”この程度だ。
どうやら休日は町に下りて買い物をする姿が目撃されていることから、町中探していれば会うことは不可能ではないが、町は余りに広い上、旅の目的の性質上三人は目立つ行動をするわけにも行かず、柚子葉と出会うために運と時間を要するのは目に見えていた。
「ダメだ……眠い……」
真朱は具合が悪そうに頭に指をあて目を閉じた。
昨晩は三人で鬼ヶ島で開催されるお祭りへ行った。
結果は最悪で、人混みがすごく、とてもじゃないが人探しをする余裕もなく、“角無豚”という名で人肉が振る舞われる様すら目撃してしまった。
人肉の衝撃で真朱は寝不足だったようだ。今も眠そうに欠伸をしていた。
「ここにいても仕方ないよね。外へ出よう。今日は休日だから柚子葉ちゃんが町に来ている可能性がある日なんでしょ」
「そうですね、行きましょう……」
瑠璃が同調した夕霧を睨みつけた。
彼女は「敬語とか本当気持ち悪い」と呟いたが、それは綿毛のように小さな声で、夕霧に届くことなく風に流されて消えてしまった。
※
外に出て、三人でぶらぶらと歩き回る。
夕霧と瑠璃はお上りさんの如く辺りを見渡していたが、真朱は寝不足が祟ったのか気怠そうに肩を回している。
ふらふらと呆けて歩いていた真朱の肩がすれ違い様に、誰かにぶつかってしまった。
「あっすみません」
「まったく、きちんと前を見て歩きたま……」
「「あっ」」
真朱がぶつかった相手は、以前旅先で出会った、まるで桃太郎のような少年だった。
「桃次郎さん……?」
「瑠璃さん!……と、それ以外の方ですね」
桃次郎はぶつかった真朱には目もくれず、瑠璃の元へ直行した。
そして瑠璃の手を握りしめ、瞳を輝かせて彼女を見つめる。
「桃次郎さん? お……お久ぶりです」
瑠璃が気圧されて引き気味に、桃次郎へ挨拶をした。
「また出会えるなんて、僕たちは運命なのかもしれないですね」
「そうですかねー……」
瑠璃は助けを求めるように夕霧を見つめた。夕霧はやれやれと言った様子で二人の間に割って入った。
「桃次郎さん、少し人気のないところで話ましょう。余り目立ちたくないので」
「そうですか、それでは僕らの泊まっている宿へ。高級な宿ですから秘密の話には適しているかと」
「では、お言葉に甘えて」
そのまま、桃次郎とそのお供の三人と共に、夕霧達は彼に連れられて宿へと入った。
その宿は大きなお屋敷のような出で立ちで、広い庭もあり、部屋も一つ一つコテージのように分かれて建っていた。
確かに桃次郎の言う通り、プライバシーの守られた特別な階級の者しか泊まれない荘厳な雰囲気が確かにある。
「どうぞお入りください」
桃次郎に招かれ、夕霧達は部屋の中へ足を踏み入れた。
お供の三人は玄関の端にある小間使い用の部屋へ入っていき、桃次郎と夕霧、瑠璃、真朱の四人になった。
コテージの中には応接間があり、そこに敷かれた座布団に座るよう勧められた。
お供で唯一の女性の雉歌がお茶を運んで持ってくる。彼女は下がる瞬間桃次郎を見下したような目でみつめ、笑いを堪えながら去っていった。これは確実に桃次郎のお茶に何か入れたのだろう。
招かれた三人はそれだけで、目の前にある物に口を付ける気はしなくなった。
「それにしても、お三方に立派な角が生えていらっしゃって驚きましたよ。瑠璃さん、とてもお似合いです」
桃次郎は瑠璃にだけ鼻の下を伸ばし、目尻を下げながら笑いかける。
「桃次郎さんこそ、角がなくて目立ちませんか?」
瑠璃は桃次郎の視線に鈍感を装いながら話を進めた。
「僕は有名ですから変に角がある方がおかしいでしょう。それに輝夜姫様からの正式な許可もありますし」
どうやら桃次郎は、国の重鎮で輝夜姫に頼み込んで入国許可証をもらったのだそうだ。書状があるため、桃次郎は大手を振って歩き回れるというわけだ。
桃次郎が何かに気が付いたように、周囲をキョロキョロと見渡す。
「そういえば、お仲間はもう一人いらっしゃらなかったですか?」
「あ……、その、鴇君はもう……」
真朱が膝の上で、拳を握り締めながら答えた。
部屋の外で会話を盗み聞きしていたのか、突然桃次郎のお供達がこぞって部屋に乱入してきた。
「恩人様が亡くなったのは本当ですか!?」
犬護が真朱に詰め寄る。犬護は体格が大きいため、一見真朱が襲われているような光景に見えた。
申治や雉歌も犬護の後方で嘘であって欲しいと縋るような目で真朱を見ていた。
あまりの勢いに気圧されて真朱が何も言えないでいると、桃次郎の「おい」というドスのきいた声が聞こえてきた。桃次郎とお供が睨み合いを始めて数秒——、お供達は負けを認めたかのようにすごすごと部屋を去っていった。
「申し訳ございません、うちの部下が失礼な振る舞いをしてしまい。お仲間さんのことは残念でしたね」
「ああ、はい……」
“あの事件”から大分時間が経ったが、鴇の事を思い出すと未だに暗い空気が立ち込めた。
無理もない、鴇を殺した犯人も殺害方法も何一つ解決していないのだから。
「桃次郎さんは幼馴染の方とは会えたのですか?」
夕霧は重い空気を変えようと別の話題を振った。
それが功を奏し、彼等の今一番欲しい情報に結びついたのだった。
「幼馴染のことはもういいのです。柚子葉さんという女性と出会い幼馴染の事を教えてもらいましたが、幸せに暮らしているようでしたので、そっとしておこうと思って」
「「「柚子葉!?」」」
夕霧、瑠璃、真朱の三人は声を合わせ驚嘆した。




