桃次郎再び
私は薊の助けもあり、無事自室まで辿り着くことができた。
渡は具合の悪そうな私を心配してくれたが、彼にカニバリズムのことは知られたくないため、ただの食中りと説明した。
私は布団に入り、目を瞑る。明日が休みで良かった。
今は慣れ親しんだ同僚と普通に顔を合わせることが出来る気もしない。
薊は食用人間のことを割り切っていた。私もここにいる限りは気持ちの整理をつけなければならない。
翌日の朝を迎え、気分転換に渡を連れて散歩にでも行こうとしたら、四竜殿の門のところで何か揉め事があったのか、門番の他に検非違使が数人集まっていた。
何があったのだろうかと近寄ると、旅人が「中に入れろ」と騒いでいるようだった。
この四竜殿に入れろだなんて、どんな無謀な旅人なのだとう。顔を拝んでやるかと私は騒ぎの方へ近寄っていった。
四人組の旅人の中心にいる、黒髪をポニーテールのように結っている少年一人が、検非違使と揉めているようだ。
他に少年の仲間だと思われる、背の高い青年と可愛らしい顔立ちの少年と綺麗系の女の人の三人がいるが、彼らは後方で死んだような目で項垂れていた。
何だこの異様な集団は……。
私は関わってはいけないような気がして、くるりと身を翻そうとしたら、その旅人達に角が付いていないことに気が付いた。
人間……?
私は方針を変え彼等の方へ向かっていった。
面倒事に巻き込まれる可能性があったが、角での偽装もしない人間の存在にそれ以上に興味があったのだ。
近寄ると彼等の声が聞こえてきた。
「何度も言うように、何の紹介もない旅人を中に入れるわけにはいかない」
「僕を誰だと思っているんだ、桃次郎様だぞ。ごたごた言ってないで早く中へ入れろ」
「桃次郎?」
「この僕を知らないのか? 稀代の英雄桃太郎の息子だぞ」
桃太郎? すごく馴染みのある名前だ。
鬼ヶ島に桃太郎とは日本人は誰でも反応してしまう組み合わせなのではないだろうか。
私は手近にいた検非違使に声を掛けた。
「どうかしましたか?」
「ああ、柚子葉殿。外へ行かれるのですか? 門を塞いでしまって申訳ない」
「ああ、いえ。彼等に少し用事があって」
私は旅人達の方へ向いた。
「あの……桃次郎さん。私と少しあちらでお茶でもどうですか?」
「あなたは……?」
桃次郎が品定めするかのように私のことを上から下へ眺めた後、表情を崩した。
かなり急な誘いだったが、桃次郎は襟を正して、キリっとした顔で「喜んで」と即答してくれた。
※
「私は柚子葉。あのお屋敷で掃除婦をしています」
私と桃次郎達は手近にある茶屋へ入り、二人席で向かい合いながら座っていた。
桃次郎のお供の三人は別の席で座っているが、暗い顔で目の前のお茶を見つめている。
「改めて自己紹介します。僕は桃次郎。有名だから知っていると思いますが桃太郎の息子です。後ろの三人はお供の犬護、申治、雉歌です。存在は気にしないで結構です」
気にするなと言われても、これだけの存在感を放っていて気にならないわけがない。
自然と視界が彼等の方を見てしまうと、雉歌と呼ばれた女性が私に哀れみの笑みを浮かべており、私と目が合うとすぐに目を逸らした。
何だ今のは。しかも今度は三人が小さい声でコソコソ私をチラチラと見ながら、何か話しをし始めた。
一体、どんな精神修行したら彼等を気にしないことが出来るのだろうか。
「やっぱり柚子葉さんも僕の愛好者の方だったりするのですか?」
「はい?」
「貴方のような綺麗な方が僕を好いてくれているなんてとても嬉しいです」
「あ……いや、その。はは……」
どうしよう、盛大に誤解されている。誤解を解きたいが、この手のタイプは変にプライド高いから、否定すると機嫌を損ねる可能性がある。否定しないで何とか話をずらさないと。
「ところで桃次郎さんは人間でいらっしゃいますよね?」
「そうですね。見てわかる通り」
「何故、鬼ヶ島にいらっしゃったのですか?」
「水仙に連れ去られた幼馴染を助けるためです」
「幼馴染……?」
「はい、昔から一緒にいて姉のような存在の人がいたのですが、ある日水仙に攫われて鬼の国へ行ってしまったのです」
「殿下が人攫い?」
「そう言えば、柚子葉さんは屋敷の方なのでしたね。幼馴染は薊と言うのですがお心当たりございませんか?」
「薊って、橙の髪色をした……」
「そうです! やはりいるのですね」
桃次郎は薊の知り合いだったのか、薊の様子を見ると無理矢理連れ去られた感じは一切ない。桃次郎は何か誤解をしているのではないだろうか。
私は桃次郎に薊の事を伝えた。薊が金雀枝の妻になったこと、水仙にも信頼され毎日を楽しそうに過ごしていること等だ。
「金雀枝の妻……? 薊が?」
「は、はい」
桃次郎はショックを受けたのか、その場で項垂れ突っ伏してしまった。
それを受けて後ろに控えたお供三人は、笑いを堪えながら桃次郎を指差している。
本当にどうしたらこんな関係築けるんだ。
「桃次郎さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
桃次郎は顔を上げ、弱々しい笑みを浮かべた。
人間の身でこの場所まで、旅をしに来たのだ。きっと大変だったに違いない。
「あの、もしよろしければ薊さんと私は知り合いなので、何とか取次ぎましょうか?」
私に出来る事といえばこれくらいしかない。白銀雪殿に入り浸る薊と上手く会えるかわからないが、最悪牡丹に土下座して取り次いでもらおう。
「それは、いいです」
「遠慮しなくていいですよ。鬼ヶ島まで大変だったでしょう? 私、何とかします」
「薊は別の男と結婚したのですよね? じゃあもういいです。興味ないです」
「そ、そうですか……」
桃次郎は笑顔で、手の平をこちらに向け拒否の意思を示した。遠慮するような人間に見えないし、これは本心なのだろう。
彼はテーブルの上に置いた私の手を突然握ると、ゆっくりと私を見つめた。
「柚子葉さん、今晩僕を慰めていただけますか」
「申し訳ございません、それは無理です」
案外チャラいな。
無理に決まってるだろう。
「そんな、謙遜しなくても、十分貴方は魅力的です」
「嬉しいのですが、本当に、今晩は外せない用事があるので……」
桃次郎が私に誘いを断られた事が可笑しくてならないのか、三人のうちの一人・申治が思わず声を出して吹き出してしまった。
「おい!」
それに反応した桃次郎が後ろを振り返る。
こちらからは桃次郎の表情は見えないが、彼を見た途端、後ろの三人の顔は青ざめ、プルプルと震えだした。
恐怖政治? 恐怖政治なの??
お供の三人に対して耳でも塞いで黙って大人しくしていればいいのにと思うが、懲りずに桃次郎を陰で盛大に馬鹿にしているのを見るとお互い様な気もしてくる。
離れた方がお互いのためな気もするけれど、共依存かなんかなのかな。
その後、私は桃次郎達とは解散した。
桃次郎は今日どこの宿に泊まるのか私に伝え、「待ってます」といい去っていった。
桃次郎達の姿が見えなくなると、腰袋に入っていた渡が私に何か話したそうに私を突っついた。
私は裏路地に入り、周りに誰もいないのを確認し、渡を出す。
「渡、どうしたの?」
「さっきの男を柚子葉殿の力で殺すでござる」
殺す? どうしたのだろう。口は満面の笑みだが目が笑っていない。
「えーっと、冗談だよね?」
「本気でござる、寝首をかけば良いでござる。死体はそこら辺に捨て置けば適当に鬼が食べるでござるよ」
「もしかして、何か恨みがあったりするの? 過去に因縁とか……」
「初対面でござる。けれど、あいつはこの世に、いてはいけない存在のような気がするでござる」
渡の目が本気だ。
これ絶対知り合いだよ。強い恨みをひしひしと感じる。
私は何とか渡をなだめ、その場は落ち着かせた。




