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お掃除クエスト  作者: ちゃー!
鬼ヶ島編
56/107

角無豚

 白銀雪殿で雪羅との邂逅を果たしてからも、私は彼等との付き合い方を変えることなく日常を過ごしていた。

 ただ日常とは言っても、以前の妖退治の件もあり私の知名度が上がったせいで、屋敷の外の仕事まで請負うことになり、多忙な日々が続いていたのであった。

 雪羅から聞いた真実を知ったところで今は特に打つ手がなく、私は掃除で培ったツテで小さな情報を少しづつ集めるくらいの動きしかしていなかった。


「柚子葉ー、準備出来た?」

「はい、大丈夫です」

「よし、じゃあ行きますか!」


 私は今晩、掃除仲間の珠晴・美雲・鈴雨とお祭りに繰り出すことになった。

 何でも鬼ヶ島に住む庶民向けのお祭りのようで、普段は貴族しか食べられないような高級な食材もこの祭りでは無料で食すことができるらしいのだ。


「高級な物ってどんなものなんですか?」

「行ってからのお楽しみだよん」


 美雲は楽しみで仕方ないのか、ハイテンションな様子で私の腕にしがみついてきた。

 色々考えなければいけないことも多いけれど、たまにはこうして頭をカラっぽにして仲間と楽しむのも必要だと思う。


 お祭り会場は鬼ヶ島の南東の方に位置しており、白銀雪殿や四竜殿のある方と真反対にある広場で開催されていた。広場には張り巡らされた紐に提灯が飾られていて、屋台が所狭しと並んでいる。

 私達は屋台で、飲み物と椿餅という椿の葉に餅を挟んだものを買い、それを飲み食いしながら屋台を見て回っていた。他の三人は飲み物はお酒を飲んでいたが、私だけ柿ジュースを飲んでいた。鬼の国では十三を超えたらお酒は自由に飲んでいいのだが、異世界から来た人間の私は、現代の価値観に基づいた年齢に達するまでお酒は遠慮しておこうと、毎回ジュースばかり飲んでいるのだ。

 屋台を四人でぶらぶらと眺めながら歩いていると輪投げ屋があり、珠晴がやりたいというので全員一回づつ遊ばせてもらうことにした。

 この輪投げは輪っかを入れたところによって、それぞれ得点があり、輪っかが入ったところの合計得点に応じて景品がもらえるようだ。


「いっくよー!!」


 一番手は珠晴だ。勢い付いた珠晴が投げた輪はすべて大きく外れてしまい、店主があちこちへ散らばった輪っかを回収するのが大変そうだった。美雲はその様子を腹を抱えて爆笑していた。


「美雲笑い過ぎだっつーの! 次はお前がやれ」

「あははは、わかった。やるっやるけど、笑いが……」


 笑い上戸なのか酒が入ると笑いが止まらなくなる美雲は、輪投げをするも力が入らず、全部外してしまっていた。それが面白かったのか、美雲はさらに爆笑して、息も上手にできなさそうだった。そんな美雲に「お前も外してるじゃないか」と珠晴は突っかかり二人で賑やかにじゃれ合っていた。


「柚子葉さんどうぞ」


 鈴雨が騒ぐ二人を爽やかにスルーして、涼し気な顔で私に順番を促した。


「が、頑張ります」


 私は手持ちに五つある輪っかを入れやすそうなところへ投げた。高得点のところは間も狭く、まったく入る気がしないため、低得点の箇所狙いだ。

 私は五投中、なんとか二投入れることができた。ただし得点は併せて二点のため、最下賞の小袋に入った干し棗三個だった。

 せっかくなので一粒取り出して食べると、少し固いが甘さが口に広がり中々美味しくいただけた。味は好きなため、今度町に買い物に出たときに買ってみようかな。


「最後は私ですね」


 鈴雨が大きな胸を揺らしながら、定位置に付いた。何だろう周囲の空気が変わったような気がした。

 その場にいた皆の視線が彼女に集中する、笑っていた美雲も今は笑っていない。

 鈴雨が腰を落とし、手持ちの輪っか全てを連続で投げた。それらは、それぞれの軌道を描き散らばったように見えたが、弧を描いて全て一か所に落ちて行った。


「ご……五十点……」


 店主は口を開けて茫然としていた。

 それはそうだろう。何の狙いも定めていないかに見えた鈴雨の放った輪が、すべて最高得点の十点の箇所に降り立ったのだから。

 あまりの凄さに辺りは一瞬静まり返り、その後、数秒置いてから、その場に拍手と歓声が巻き起こった。たまたま見ていた通行人も巻き込み、みんなが鈴雨を祝福している。

 当の本人は涼しい顔で店主から景品である大量の干し棗を受け取っていた。

 その後、食べきれないからと、私達は干し棗を分けてもらい、それがいい手土産となった。


 それからも私達は下らないやり取りをしながら四人で屋台を見て回り、だらだらと過ごしていた。すると、太鼓の音が突然鳴り響き、中心の櫓の方に祭りに来た客達が集まり出した。


「おっ、始まったみたいだね。私達も行こう」

「始まったって何がですか?」

「柚子葉は今回が初参加なんだったね。これから貴族しか食べられないような高級な食べ物が、全員に無料で配られるんだよ」


 珠晴は味を想像したのか涎を飲み込む仕草をした。


「何が配られるのですか?」

「せっかくだから食べてみてからのお楽しみってことで」


 美雲の提案で、私だけここに取り残され、食材が何か食べて当てさせられることになった。

 私は言われるがまま集団から少し外れたところで待機していると、三人が手に串焼きを持って帰ってきた。


「はい、どうぞ」


 鈴雨に串焼きを一本渡され、それを受け取る。一見醤油で味付けがされた普通の牛串にしか見えないけれど、何か特別なものなのだろうか。顔に近づけると芳ばしい香りがして、さんざん屋台で食べたにも関わらず食欲をくすぐるものがあった。

 以前は肉は余り好きではなかったけれど、洞窟でサバイバルをして妖の肉を食べたりしていたせいか、私はここへ来てから肉の美味さを理解できるようになっていた。

 一口食べてみると洞窟で食べた地獄猪に似た形容しがたい臭みが口の中に広がる。匂いは良いが私の舌に合う味ではなかったようだ。


「柚子葉、何の肉かわかったか?」

「んー、猪の肉?」

「はずれー、正解は角無豚(スミナシトン)だよん」

「角無豚……」


 初めて聞く名前だな。角がない豚ってことはただの豚のことかな? それとも何か妖の肉なのだろうか。

 私はふと櫓の方を見ると、肉が行き届いたのか、櫓の周りに群がっていた人がはけて、大分視界が良くなっていた。

 櫓の手前に屋台があり、大きく角無豚と書かれた看板が立ててある。そこでこの串焼きを配っているようだ。そこから視線を左に滑らせると、吊るされ、丸焼きにされた“肉”があった。


「!!!!!」


 余りのショックに私は食べかけの串焼きを地に落とし、吐き気が込み上げてきた。


「だ、大丈夫!? 柚子葉ちゃん」

「どうしました? 悪い肉だったかしら」


 私は吐き気を堪え切れず、みんなから急いで離れ、木の陰で胃袋に入れたものを吐き出していた。

 目から涙が溢れ、胃酸が喉を焼く感覚が気持ちが悪い。けれど、我慢して吐き出さなくてはいけない。私はその肉に触れた胃酸もすべて吐き出してしまいたいのだから。

 一通り吐き出し私は涙と胃酸でぐじゅぐじゅの顔で、木の幹に手を付いてただ息を荒げていた。


 先程屋台の横で丸焼きにされていたのは間違いなく“人間”だった。


 男女の判別は距離があり出来なかったが、適度に焼かれた人間が木に吊るされ焼かれていたのだ。

 “角無豚”は、人肉のことだったのだ。

 私は人間の肉を食べてしまった。

 精神的なショックが大きく、その場で泣き崩れてしまった。


 鬼ヶ島に住む住人は“鬼”だったのだ。“鬼”である彼等が“人間”を食べるのは普通の行為なのだ。

 鬼と人間の差が角の有無くらいしかないと思っていた私にとって、それはすぐに受け入れられる事実ではなかった。


 このまま、ここで一人で泣いていたかったが、みんなを待たせているため、私は何とか体裁を整え珠晴達の元へ戻った。

 同僚達には何か腹に当たったようだと言い、一人で祭りから抜け出し、そのまま屋敷の自室へ帰った。


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