過去②
その後、勇者の逃亡を知った牡丹は怒り狂い、雪羅の部屋に押しかけた。そして、彼女の髪を掴み上げ、勇者をどこに隠したのかと怒鳴り散らしたのだった。
白を切る雪羅に業を煮やした牡丹は拷問部屋へ彼女を引きずって連れていき、鋼鉄の椅子に座らせベルトで体を固定し、足は木で出来た枷を取り付けた。
牡丹は雪羅の前に跪き、片手に先の尖った細長い鉄の棒、もう片方の手に彼女の足を持った。
『さて、この鉄の棒を、お前の足の指と爪の間に入れたらどうなると思う?』
『……剥がれるでしょうね』
『反応薄いなぁ、お嬢様には痛さが想像できないかな?』
牡丹は嗜虐的な笑みを浮かべながら、雪羅の足を鉄の棒でなぞった。
雪羅は怖くて仕方がなかったがそれは決して表に出さなかった。
大丈夫だ……牡丹には雪羅を殺すことができない理由がある。殺されなければまた夕霧に会うことができるのだ。雪羅にはその心の支えがあれば拷問に耐えうるには十分だった。
『せいぜい、拷問中に私を殺さないように気をつけないさい。私が死んだら次の雪羅は牡丹、貴方よ――』
『くっ、生意気な……』
雪羅に子供がいない今、牡丹は王位継承権第二位であった。第一位は先代雪羅の姉で牡丹の母の紫苑だが、政治を嫌う彼女が王にならずに息子の牡丹に王位を押し付けるのは目に見えていた。
王になどなる気がない牡丹は雪羅に死なれたら困るのだ。
立腹した牡丹は雪羅の左足の小指に鉄の棒を差し込み、一気に引き上げた。
予想外の痛さに雪羅は悲鳴すら出ず、思い切り顔を歪め、強く下唇を噛んだ。
あまりのショックに呼吸すらままならず、雪羅は浅く息を吸ったり吐いたりを繰り返した。
『痛いだろう? 次の指も剥がされたくなければ勇者の居場所を答えろ』
『知ら…ないわ……。知らないものは…答え……られない』
『じゃあ裏切者の名前はどうだ? お前ではこの場からあの男を連れ出すのは出来ないだろう。時雨の屋敷にお前等に協力した裏切者がいるはずだ。せめてそいつの名前ぐらい教えたらどうだ?』
『知らないわ。私は関係ない……』
『じゃあ、もう一枚……』
牡丹が次の指に鉄の棒を差し込もうとしたところで、拷問部屋の鍵が開く音がした。
『牡丹、もうそこら辺でやめておけ』
『父上』
水仙が牡丹を制止し、雪羅の拘束を解こうとする。納得の出来ない牡丹は何故止めるのかと水仙に強く抗議をした。
『何故止めるのです! こいつが勇者を隠したに決まっているのに!!』
『牡丹……、お前はそんなこともわからないのか』
水仙は牡丹を真っ直ぐと見つめ、ただ一言だけそう伝えた。
その一言は牡丹のプライドを崩すのには充分であったようで、牡丹は顔を真っ赤にして拷問具を放り投げそのまま部屋を後にした。
その後、雪羅と水仙は二人だけで部屋に取り残された。
『お礼は言わないわよ、貴方は私のために助けたのではないのでしょう』
『そう卑屈になるな。君は大事な主であり、姪っ子だよ。息子がすまなかった』
そう言いながら、水仙は雪羅の拘束を解いて、彼女をおぶって救護室まで連れて行った。
それから二年、特に何事もなく過ぎていった。依然見つからない勇者に雪羅は不安と安心を覚えていたそうだ。
平穏が続いたある時、水仙は輝夜と会談するために曙の国の月都へ出張した。そして、帰ってきた水仙の傍らには薊がいたらしい。
薊は何でも有能な占い師で、彼女の能力を使い失踪した勇者を探そうと曙の国から連れて来たそうだ。
程なくして金雀枝の妻となった薊だが、殆ど白銀雪殿へ入り浸り、あまり黄竜殿には帰っていないらしい。
その彼女がある日、異世界からの勇者の一人が、この鬼ヶ島の森の奥の封印された洞窟への出入り口に出現すると占った。それが、私だったようだ。
洞窟から現れる予定の私を、牡丹が連れて帰ることに決まり、その件は牡丹に一任された。
迎えに行った牡丹があくまで偶然を装い、私の正体を知らぬふりをしていたのは、牡丹へ薊から何か指示があったのではないかと、雪羅は予測した。
牡丹なら柚子葉を捕らえ、すぐに地下に閉じ込めるだろうし、この泳がせ方が実に薊らしいと、雪羅は表現した。
それと同時に薊は、雪羅と柚子葉を決して会わせてはいけないと占った。
その結果、雪羅はこの部屋に軟禁され、自由に屋敷内を歩くことが叶わなくなったということだ。
※
「ごめんなさい、私のせいで雪羅様は閉じ込められてしまっていたなんて」
「それは違う、貴方のせいじゃない」
雪羅は鉄格子を掴み、必死に首を横に振った。
「悪いのは薊。彼女には気を付けて。水仙も牡丹も彼女のことを信じ過ぎている」
「そうですか……」
薊は気さくでとても悪い人に思えないけれど、雪羅が嘘を語っているとは思えない。
この事にはこの場で答えを出すのは難しそうだ。取り敢えず善悪を決めるのは保留にしておこう。
「そういえば、太師は私のことをどう利用するつもりだったのでしょうか?」
私はただの掃除婦だ。とてもじゃないが私の存在が、本物の勇者と釣り合いが取れるとは思えない。
雪羅は考え込むと一つの仮説を話してくれた。
「貴方を有名にして、夕霧に貴方という人質がいることを知らせたいのではないかしら……、正直彼らは貴方のことはそこまで重要視しているとは思えない」
そういう役割だったか。それなら私を自由に歩かせて知名度を上げているのも頷ける。
私が有名になれば夕霧が私の存在を知り、この屋敷へのこのこと現れるかもしれないということか。
この異世界で出会った“夕霧”と関係はあるのかな? でもここで今雪羅に話して変に期待させて違ったら悪いしこの事は今は黙っておこう。
「雪羅様。今日は色々と話を聞けて助かりました」
「いいのよ。貴方に色々と話せて薊の鼻を明かしてやったようで気分がいいわ」
雪羅はそう言って、檻の中で得意気な笑みを浮かべた。
私は元来た道を戻り、またしばらく屋敷をぶらついていると、薊が迎えに来た。
彼女に付いて、私は白銀雪殿を後にしたのだった。




