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お掃除クエスト  作者: ちゃー!
鬼ヶ島編
53/107

雪羅

 長く暗い階段を下りきると、そこは石畳の廊下が左右に広がっていた。明かりは小さな蝋燭だけのため薄暗く、圧迫した印象を受けた。


「まるで牢獄ね……」


 私が左右どちらへ進もうか考えあぐねていると、また例の声が聞こえてきた。


『右へ……奥の扉』


 私は指示通りに奥へ進み、観音開きの扉を見つけた。

 軽くノックし、「失礼します」と消え入るように言いながら、ゆっくりと扉を手間に引いた。


 扉の隙間から覗き見ると、そこには雪の精が囚われていた。

 部屋の三分の二程度の所に鉄格子があり、その内側に雪の精と見間違えるような、白い少女がベッドの端に座っていた。

 少女は私に気がつくと、ベッドから立ち上がりこちらへ近づいてきた。

 そして、鉄格子の前で少女は立ち止まり、こちらへ高級な陶器のような白い手を伸ばしてくる。


「はじめまして、私は雪羅」

「雪羅って、鬼の王の……?」


 まさかこんなところでご本人様にお会い出来るとは。しかし、何故こんな牢獄のような所に閉じ込められているのだろうか。聞いたら失礼だろうか。

 私は仮にも国のトップがこんな場所にいるのか疑問に思いながら、握手を求めるその手に触れた。握ったその手はとても柔らかく、私のカサカサの荒れた手で傷付けてしまわないかと心配で、私は本当に軽く触れるだけにとどめたのだった。


「雪羅様が私をここへ呼んだのですか?」

「ええ、そうよ。異世界からの勇者様の一人にお会いできて嬉しいわ」


 彼女は神聖な雰囲気に似合わない人懐っこい笑みを浮かべた。


「あ…あの、私が異世界から来たって何故知っているのでしょうか?」

「あら? みんな知っているのではないの?」

「みんな……?」


 雪羅の言うみんながどこからどこまでを指すのかわからず、少し考え込んでしまう。牡丹と百合にだって人間だと言う事は言ってあるが、異世界から来た事は打ち明けていないはずだ。


「雪羅様、みんなとは誰のことでしょうか? 私、一応誰にも言っていないはずなのですが……」

「あら、私余計なことを言ってしまったかしら……」


 雪羅は視線を落とし、口に手を当て、少し困ったように眉を寄せた。


「そんなことないです。お願いです、誰が私が異世界から来た者だと知っているのですか?」

「えっと……、私が言ったって誰にも言わないでね?」


 私を上目使いで見つめ、雪羅は少し首を傾げて甘えたような目線で私を見た。

 その余りの破壊力に私は同じ女なのに、顔が熱く火照るのを感じる。

 絶対言いませんとも。私は信じてもいない神に深く誓った。


「まず、水仙と薊は知っていると思うわ。私は二人の会話を聞いて貴方の存在を知ったの。後は推測だけれど牡丹や金雀枝や他主要な役職に就いている者は周知の事実なのではないかしら」


 水仙や薊だけでなく牡丹や金雀枝まで私の存在について知っている可能性があったなんて。

 何故私に黙っていたのだろうか、それとも親切で知らないふりをしていてくれたのだろうか。

 隠し事をしているのは常に申訳ないといつも思っていたけれど、身の安全を考えたら打ち明けることが出来なかった。私の存在を知っていたのに皆あんなに優しく接してくれていたのか。


「柚子葉さんどうしの? 思いつめた顔をして」

「あっ、ごめんなさい。私、異世界から来た事をみんなに黙っていたのです。親切にしてくれた人達を信じることが出来なくて隠していました。でも、私の存在を太師やみんなが知っていたとしたら、すごく……申し訳ないことをしたなと思って……」

「そんなことないわ。貴方のしたことは間違いではない!」


 雪羅は鉄格子を掴み、真剣な眼差しを私へ向けた。

 今までの粉雪のような雰囲気ではなく、真冬の吹雪のような鋭い視線へと変わる。


「貴方が何も知らないから、あいつらは貴方を自由に泳がせているのよ。特に薊はそういう愚かな者が大好きなの。彼女の機嫌を取るのには自分の存在を知られているのに必死に隠す間抜けを演じるのは悪いことじゃないわ」

「すみません。頭が混乱してて……、薊さんが何を?」

「ごめんなさい。何も事情を知らないのだったわね。貴方に初めから一つずつ説明するわ」

「ありがとうございます」


 雪羅は顎に手をあて、少し眉間に皺を寄せて考え込むような仕草をし、その後ゆっくりと顔を上げて、大きな紅玉のような瞳で私を見据えた。


「まずはそうね……夕霧について話すわね……」

「夕霧……?」


 夕霧と聞いて、私はまずこの世界に来て出会い旅をした青年を思い浮かべた。

 でもまさか彼のことではないよね? 同じ名前の別の人物のことかな。


「夕霧は異世界から来た正真正銘の“勇者”なの……そして、私の大切な人……」


 雪羅はゆっくりと、過去を思い出すように遠くを見つめ、ポツポツと彼女の身に起きた出来事を語り出した。




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