久々の妖退治
薊からの情報では、この西の森に妖が住み着いてるってことだけど、今のところは見当たらない。しかし、今はまだ夕方だ。夜になれば妖は活発になるだろう。それまでゆっくりと待てばいい。
「妖と戦うなんて久しぶりだから緊張する」
「柚子葉殿なら問題ないでござろう。拙者がそれは保障するでござる」
「本当に?」
「もし危険なようなら拙者が助太刀するでござるよ」
「ありがとう、渡」
渡は本当に優しいな。でもなるべく渡に危険な橋は渡らせたくないし、万が一姿も見られたら大変だから、なるべく自分だけで何とかしよう。
私達は木の幹に座って、妖の到着を待つことにした。
森林のせいか、空気が冷たく、寒くなってきた。私は手をすり合わせそれを口に当てた。
「渡、ごめんね。面倒臭いことに巻き込んじゃって」
「気にしていないでござるよ、籠っていても暇なだけでござるからな」
「私、渡がいたから頑張れているんだと思う。仲間って大事だね」
「そうでござるなぁ……」
渡が突然元の大きさに戻り、私の前に立った。
久々に見た元の大きさの渡はやはり背が高くて、こうして見下ろされると少し威圧感を感じた。
「柚子葉殿、ここは幸い人気がないでござる。拙者と勝負をしてはくれぬか?」
「え? 渡と??」
「牡丹とは戦っているのだから良いであろう? 少し体を動かしたい」
「う……わ、わかった」
渡と戦うなんて嫌だけれど、牡丹の名前を出されると断れない。牡丹の頼みは聞くけれど渡頼みは聞かないやつだとは思われたくない。
本気ではないし、ここなら人気もないから少しぐらいならいいだろう。
私と渡はお互い向かい合わせになり、見つめ合った。渡の持っている刀は木刀などではなく真剣だ。
さすがに本気で斬りつけては来ないよね?
「柚子葉殿からかかってきて良いでござるよ」
「わ、わかった」
渡は私の手の内は知り尽くしているだろうから、どう攻撃をしようか少し悩み、最初は定番の高圧水を渡目掛け繰り出す。
私の出した高圧水が渡を一直線に襲う。
しかし、渡はそれを一歩も動かずに斬り捨てた。
「柚子葉殿、本気で来るでござる。もっと圧力は上げられるはずでござろう」
「う、うん」
渡は舐めるなと言わんばかりに、私の本気を所望した。
私は渡の強さを信じ、最近開発した新技を披露する。
天、左右、後方に水の弾を多量につくりそれを一気に発射し、あえて空けてある前面に勢いよく逃げるように仕向ける。逃げ出したその先に極細の水のカッターが張り巡らされており、それで体を切り裂く技だ。
急に水に囲まれ焦った勢いで飛び出すため、気が付いた時には既に遅しというトラップなのだが、どうやら失敗してしまったようだ。渡はその場から一歩も動かずに一太刀で全てを消し去ってしまう。
私はそれを予想し次の攻撃の準備をしていた。
水操りの能力で渡の周囲に水で壁を作り、私は高圧の能力を利用し宙へ舞う。上から塩素系洗剤と酸性洗剤を混ぜたものを水の壁の中へ落とした。密閉されたところで塩素ガスを発生させる、これも確実に止めを刺す技の一つだ。
しかし、渡はいつの間にか脱出しており、私の高さまで飛んできていた。
スローモーションのように視界がゆっくりと動き、渡と空中で目が合いそのまましばらく見つめ合ったような感覚に陥った。はっきりと捉えた彼の瞳には、怒りの炎が揺れていた。
「グハァッ!!」
渡に空中で肘打ちをくらわされ、私の身体は地面へ強く打ち付けられた。
衝撃のため呼吸すらままならず、ただただ蹲っていると、渡の刀が首筋ぎりぎりのところに突き立てられた。
霞む視界でなんとか渡を見上げると、彼はそのまま私へ覆いかぶさってきた。そして、強く私の顎を掴み、息がかかりそうなくらいの至近距離で私を憎々し気に見つめた。
「柚子葉殿にとって拙者は本気を出す価値もない男なのでござるか?」
「わ、私は……本気……きゃっ」
渡は左手で私の腕を強く握った。あまりの痛さに、目から涙が浮かんでくる。
「拙者は見ていたでござるよ、白猿を無傷で倒したあの強さは何でござるか?」
「はく……えん?」
「洞窟の中で龍を切り刻んだ白い人型の妖でござる……」
あのシーンを渡は見ていたのか。一瞬で生命を奪うことが可能な“あの技”を使うところを――。
「ち、ちがう……の、あれは……」
流れで技について打ち明けようするが、技の悍ましさを思い出し、私は口を紡いでしまった。
もし、私が視界に入った者を一瞬で消せることを知ったら渡はどう思うのだろう。
今のような対等な関係が崩れることはないだろうか、気味悪がられて避けられることはないだろうか、私にそこまでの戦闘力がないと知って失望され捨てられてしまうのではないか。
悪い想像が脳を支配し負のループに陥った私は、渡の問いに答えることが出来なかった。
渡は溜息をつき、私から離れた。
少し悲しそうな顔をしている。私は渡にそんな表情をさせたいわけじゃないのに。
「柚子葉殿が悪いのではない、本気を出させることができなかった拙者の弱さが悪いのであろうな」
違う、そうではないと否定したいのに、出来ない。
“あの能力”の存在を打ち明けない限り、私が何を言っても彼には嫌味にしか聞こえないのだ。
私は悔しくて、強く握った拳から血が滲み出ていた。
それから渡は再度私のポケットに戻り、妖の登場を二人で静かに待った。
現れた妖は大した強さではなく、洞窟にいた地獄猪を二回り小さくしたような猪と熊を足したような姿の妖だった。
襲いかかってきた妖をちゃっちゃと退治して、証拠として見せるため死体を袋へ回収した。
それから、少し気不味い空気のまま私達は帰路についた。
あくる日、昼頃になると私は会う人会う人に妖を退治したことを、褒めちぎられた。
どうやら、私が止めを刺した瞬間を検非違使に見られていたようで、それから一気に噂が広まったのだそうだ。
牡丹の恋人だと騒がれた時並みに、色々な人に物珍しい視線を浴びせかけられ、渡の事で手一杯だった私はそれだけで酷く疲れを感じてしまったのだった。




