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お掃除クエスト  作者: ちゃー!
鬼ヶ島編
49/107

金雀枝の妻たちへ

「小三郎様、扉を開けてください」

「…………」


 返事がない、ただの引きこもりのようだ。

 今日も私は懲りずに桔梗の部屋を訪ねていた。

 返事がもらえないのであれば仕方がない。今日は裏の手を使うか。


「小三郎様なんかこの部屋臭います、臭いです、やばいです」

「は!?」

「掃除ちゃんとしていますか? 扉も締め切っていますし、換気もままならないのではないですか? 白姫様も困っていらっしゃるようでしたよ」

「そ、それは、本当か……」

「言い辛いのですが、本当です」

「言い辛い割にははっきりと言うな……」


 おお食い付いた。プライド高いとこあるから、こう言ったら反応すると思った通りだ。


「私を中へ入れてはくださいませんか?お掃除いたします」

「お前を……中へ?」


 桔梗は返事をしあぐねるように、しばし沈黙した。それは検討の余地があるということだ。もう一押ししてみるか。


「私は小三郎様を無理矢理外に出したりしませんよ、一介の掃除婦ですから。そんな力もありません」


 それから数秒間を空け、桔梗は少し戸を開けた。


「入れ」

「ありがとうございます」


 これは桔梗と私の関係性の中で大きな一歩と言えた。

 遂に、彼の姿を見る事が出来るのだ。私はゆっくりと、物音をなるべく立てないように部屋の中へと踏み込んだ。

 中は板張りの床に、少ない家具。とくにゴミもなく、清潔な部屋といえた。

 部屋が臭い云々は嘘であるため、部屋の小綺麗さに少し頭を悩ませる。何とか綺麗になったかのように見せなければならないのだが……。

 どうしようかと、部屋中を一周眺め、私は桔梗に視線を移した。彼は部屋の隅にある畳の上で、こちらに背を向け座っている。

 彼には触れず、私はまず高いところの埃を取っていくことにした。やはり高さがあり、簡単に取れないところにはさすがに埃が溜まっていた。

 上から拭き掃除をしていき、 床も軽くゴミを取って拭き取った。

 霧吹きで、最近生成出来るようになったエタノールで作ったオリジナル消毒剤を、「これは特別な消毒剤なんです」と言いながら、部屋中に適当に振り掛けた。


「終わりました。それでは私は失礼いたします」

「あ……ああ」


 私は速やかに部屋から出た。

 出ようとした時に、小さい声で「ありがとう」と、桔梗から感謝され、心が少し暖かくなる。


 赤竜殿への帰り道——、私は桔梗のことを考えていた。私がいる間、彼は始終背中を向けていた。

 彼が引きこもっている理由は結婚が嫌だとか言う理由ではない、ただ単に顔を見られたくないのだ。

 それが意味することは一つしかない。


「…………」


 私は立ち止まり、顎に手を当て思案した。

 桔梗を助け出すには、この屋敷に絡まった蔓を全て断たなければならないのだろう。


 私は決意を胸に、その足で黄竜殿へ向かい、金雀枝の妻達に接触を試みた。妻達には必ずしも会って話す必要はない。視界に入るだけでも充分だ。

 私は数週間に渡り何度か黄竜殿へ通い、金雀枝の妻を確認することが出来た。


 一人目は少し気の強そうな美人の黄梅という姫で、金雀枝との間に若君が一人おり、今は二人目を身籠っているそうだ。掃除婦の情報網で調べたところ、実は昔は牡丹の嫁候補だったらしいが、横から金雀枝が掻っ攫ったらしい。


 二人目は甘菜という儚げな雰囲気が百合に似た姫だ。その事を黄竜殿の掃除婦に言ったら、百合の妹だと教えて貰った。貴族達はコミュニティが狭く其処彼処に親類縁者が見て取れた。彼女は金雀枝との間に姫が一人いるようだ。


 三人目は少し鈍臭いところがあり、黙って座っていれば美人だと言われている雛罌粟という姫だ。黄竜殿で仕事をした時に彼女が盛大に転ぶところを何度も見かけた。雛罌粟とは部屋の掃除を頼まれた時に、乳飲み子を抱く彼女と少し会話をすることが出来た。


「旦那様に最初に出会った時は驚いたわ。実はね、私は昔は太師との縁談の話があったのよ、素敵な方だと聞いていたけれど、知りもしない人と結婚するのが毎日毎日不安で仕方なかったわ。けれど、ある日太師が訪ねてきて、そのお姿を拝見したらとっても素敵な貴公子でいらして不安が全て吹き飛んでしまったわ。強引なところがあったけれど、それがまた魅力的で私は彼に夢中になったの。それが金雀枝様よ。彼は太師のふりをして私を攫いに来たの。私はそのまま太師との縁談はなかったことになって、晴れて旦那様の妻となったわ」


 彼女は金雀枝に夢中なようで、そこにいる間ずっと金雀枝との惚気話を聞かされた。そしてお喋りな彼女は金雀枝との馴れ初めを一通り話し終わると、今度は他の妻達へ悪態をつき始め、私は「さようでございますか」とか「大変ですね」とか相槌を打ちながら、なるべく波風立てないように時間がただ過ぎるのを待っていた。


 四人目は私が一人で池の清掃をしていた時に、あちらから突然話しかけてきた。


「ねぇ、貴女、人間でしょう」


 ここで言う人間は、鬼ではないということだ。

 何故バレたのだろう。私は否定も肯定も出来ずに立ち尽くしてしまった。それを肯定と受け取ったのか、彼女はにやりと笑い話を続けた。


「私も実は人間なの」

「え……?」


 彼女の頭には立派な角が生えている。薊と名乗る彼女は、己の頭の角を軽く触れて少しの間外してみせ、器用にそれを元の位置につけた。

 そこで私は飾り角の存在を思い出す。


「ねえ、少しお話ししましょう。 同じ人間同士ね」


 薊は妖しげに瞳を揺らした。


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