デートイベント
「金雀枝さん、手を離してください」
「嫌だよ、離したら逃げるでしょう」
一緒にお茶したんだからもう解放して欲しいな。
せっかくの休日なので偉い人に気を使いたくないのですが。
「あの、手を離してくれないなら、花梨に言いますよ」
「いいんじゃないか? そうしたら朝昼晩と俺から歌が届くことになるだろう」
それはさすがに困る。金雀枝にまで手を出したかと私の悪評まで広まりかねない。
今はまだ、金雀枝に狙われた可哀想な人ポジションでいられているし、そこは崩したくない。
「いいだろ、好きな物買ってやるし」
「それは結構です。自分で働いたお金で買うからいいのです」
「男に貢がせるのも女の仕事だろう」
「私は貴族のお姫様とは違うので」
ここで何か買ってもらったりなんかしたら後が面倒そうだ。私は金雀枝とは出来れば関わりたくないのだ。
何とか衣服の支払いは自分でする旨を理解してもらい、買い物にだけ付き合ってもらうことにした。
渡は相変わらず私をガスガスと殴っている。かなりご機嫌斜めの様子だ。
注意を促してくれているのだろうが、人通りも多いし襲われる心配は少ないし大丈夫なはず。
きっと……
それから私達は二人で町を歩いたが、さすが金雀枝はここで育っただけあって色々な店を知っており、お蔭で目当ての服を見つけることができた。
私は、紹介してもらったお店で、中華風のトップにハーフパンツでポイントに桜の刺繍がある、動きやすくて可愛らしいデザインのものを買えて、とっても満足していた。
「金雀枝さん、ありがとうございます。お店案内してもらって助かりました」
帰り道、私は金雀枝の横をご機嫌に歩いていた。今日一日、共に行動して私は金雀枝に大分心を開いていた。もう逃げる気はないのだが、未だに手は離して貰えずにいる。
「あのー、そろそろ手を離していただけませんか?」
「どうしよっかな」
「今さら逃げませんよ」
「…………」
金雀枝は私の事を数秒じっと見つめた。
彼の顔立ちは綺麗なため、こうして見つめられると好きでもないのに胸が高鳴ってしまう。
「やっぱ、嫌だ」
「うっ、そうですか……」
さすがに、四竜殿に近づいたら離してもらえるだろう。
そこまで行ってもこの状態なら、失礼に当たろうと無理矢理引きはがさせてもらうか。
金雀枝はとても強引で、今いる四人の奥さんも無理矢理結婚したのではないかと思ったりもしたが、今日一緒にいて、子供っぽいところが可愛いと思ったり、町に詳しくて女の子が喜びそうなものも理解しているし、彼には彼の魅力があることを知った。
さらに見た目も良くて、身分もあるとなれば引く手数多なのも頷ける。
「少し寄っていきたい店があるのだけれどいいか?」
「どうぞ、今度は私が付き合います」
「ありがと、柚子葉」
名前を呼ばれて少しドキリとしてしまう。
今日初めて名前を読んでもらった。
一人の人間として認識してもらえたようで少し嬉しい。
金雀枝に連れられて来たのは小さな本屋さんだった。
八畳くらいの店内に山のように本が積み重なっている。
仮にもオタクの私は本の山に少しばかり胸を躍らせていた。
ちょうど手元にあった本を手に取り、軽く開いて中を確認すると、紙面には漢文なのか漢字がずらっと書いてあり、私はそっと本を閉じてそれを見なかったことにした。
「おやじ、子供の練習になりそうな本ないか?」
金雀枝は馴れた様子で店主に話しかけ、子供向けにお勧めの本を何冊か紹介してもらい、購入していた。
「勉強でもするのですか?」
「俺じゃない、俺の子にやる分だ」
「えっ、お子様がいらっしゃるのですか!?」
「いるぞ。息子が二人に娘が一人。何か月かしたらもう一人増える予定だ」
まさかの父親。ふらふらしているから子供がいるだなんて思ってもみなかった。
何だろうこの謎の敗北感は。でも妻が四人いるって言っていたし考えてみれば当たり前か。
「上の息子が五つになるからな、そろそろ本でも読ませようと思ってな」
「五歳……」
思ったより大きな子がいるのね。
この世界の人は結婚が早いから、子供も年齢に対して大きいことが多い。
桔梗も百合が十四の時の子供だと言うから驚いた。
本屋を出て、町をゆっくりと眺めながら帰路に着く。
「今度、黄竜殿の掃除に来てくれないか? 評判良いのだろ?」
「わかりました。予定を空けて置きます」
黄竜殿に立ち入るのは危険だと、渡にはこっぴどく言われていたけれど、花梨に言っておけば変な事はされないだろう。
二つ角を曲がれば四竜殿が見える別れ道で、私と金雀枝は別れた。金雀枝は黙って抜け出したため、裏口からそっと帰るのだそうだ。
「今日はありがとうございました」
「また、付き合ってよ。美味しい食事屋があってね。きっと気に入ると思うよ」
「そうですね、機会があれば」
※
金雀枝と別れ、部屋に戻った私は、また渡に正座させられていた。
「金雀枝とはあれ程関わるなと言ったでござるが?」
「人通りが多いから平気だと思いました」
「黄竜殿へ行く約束もしていたでござるな」
「北尚書に言ってから行けば大丈夫かなって」
渡がこちらの方へ身を乗り出し、私をじっと睨んでくる。無言の圧力がすごい。至近距離で渡に見つめられるのは流石に刺激が強過ぎて、私はぎゅっと目を閉じた。
「ごめんなさい。でも私、どうしても金雀枝の奥さん達に会ってみたいの」
「なんで」
「気になることがあるから」
「気になること?」
「うん、まだ秘密ね」
渡は、訝しげな表情で私を見たのだった。




