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お掃除クエスト  作者: ちゃー!
鬼ヶ島編
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恋文

 私は仕事終わりに、花梨に教養の授業をしてもらっていた。

 かねてから牡丹が付けると言っていた教育係をつけてもうことが叶い、それが花梨だったのだ。

 ただ、花梨も忙しい身の上なので、教えてもらえるのは週二日程度だ。

 教えて貰った内容は、主にマナーやこの屋敷に関わる基礎知識だ。

 マナーに関しては、ここに働く者は時雨一族の顔は出来る限り見てはいけないとか、こちらから声を掛けるのはなるべく避け、挨拶もみだりにしてはいけない等色々あるらしい。花梨のような身分の高い女官であればある程度制限は緩いらしいが、私のような雇われ職人は守らなければ失礼にあたるとのことである。

 花梨に習うまでそんなこと知らなかったため、自由に話しかけてしまっていた。桔梗にも下らない話を沢山聞かせてしまったし申訳ない。一応百合の許可は取っているし、桔梗にはこちらから話しかけさせていただこう。そうしないと話してもらえないしね。

 それと、この屋敷に関しての基礎知識も教えてもらっているが、ここに来て一月以上経ったが知らないことが沢山あった。

 このお屋敷は四竜殿と呼ばれていて、鬼ヶ島の最奥にあるということや、この鬼ヶ島の四竜殿の奥にある橋を渡らないと、鬼王・雪羅の居城“白銀雪殿(ハクギンセツデン)”に行くことはかなわないのだそうだ。

 鬼王の元に行くのには必ずここを介さないとならないのか。鬼王を目指しているはずの仲間達と合流するにはここにいるのがやはりベストということだろう。


「少し疑問なのですが、雪羅様は名前で呼んでもいいのですか?」

「ええ、鬼王は必ず今までの名前を捨てて“雪羅”という称号を受け継ぎ名乗ることになっているの。だから“雪羅様”というのは呼び名であって名前ではないのよ」

「へー、そうなのですか」


 複雑でよく理解出来ないけれど、雪羅様って呼んでも失礼ではないということか。それだけわかれば十分だ。


「ところで、北尚書は雪羅様に会ったことはあるのですか?」

「私は催しがあるときに姿をお見掛けするくらいだけれど、父からは大変奥ゆかしい方だと言っていたわ。尚書の父ですら会話を交わすことは少ないのですって」


 花梨の父は尚書という、雪羅の秘書官のような役職の人らしい。その関係で雪羅に会うことも多いのだとか。

 花梨が北尚書と呼ばれているのは父親の役職の“尚書”と、住んでいる方角がたまたま牡丹の部屋から北にあったから北尚書と呼ばれているのだそうだ。

 役職だけなら“女官”なのだが女官だけだと誰が誰だかわからないため、女性は親や夫の役職に方角や部屋の名前等、雇い主や本人が適当につけて、それで呼ばれるらしい。


 それにしても、雪羅は奥ゆかしい印象の子なのか、もしかして人見知りなのかな。そうだとしたら共感するな。私もそうだし。

 雪羅を倒すためと旅立ちしたが、正直今の私はまったく倒す気が起きないでいた。

 親が早くに亡くなったため、年若くして王となった同世代の少女。これで暴君ならまだしも、悪い噂をする人もいない。そんな彼女を誰が殺せるだろう。

 家族や友人の待つ元の世界へは帰りたいけれども、もし雪羅を犠牲にしなければならないのであれば無理に帰る必要はないかとすら思う。

 私は思いの外この鬼の国が気に入ってしまったようだ。

 そういえば、色々な屋敷を行き来しているが、渡の想い人の姫の影も形も見えない、心当たりのある人がいないか花梨に聞いてみようか。


「姫ですか? どうでしょう、このお屋敷内にいらっしゃる年頃の姫は内府の奥様方くらいしか思い付かないですね。外のお屋敷には時雨氏に連なる方が沢山いらっしゃるので、それを入れましたらキリがなくなりますし……」


 時雨氏の姫は屋敷の外にもいるのか、そうだとしたら簡単に見つけることは適わないだろう。

 ただでさえ、この世界の姫という人種はあまり外に出ないものなのに。


 私は花梨にお礼を言い、その日の授業はそれで終わりにした。私達が解散しようとしたところ、タイミング良く女官が部屋へ訪ねて来た。

 珍しいことなので、何事かと花梨と顔を見合わせ、訝しげに戸を開けた。

 すると、女官は私宛に手紙を差し出してきた。


「内府から柚子葉さんへ御文でございます」


 手紙? 金雀枝から?

 手紙は柚子の木の枝に括り付けてあった。

 私はそれを受け取り、まじまじと見つめる。何だろう、嫌な予感しかしない。

 女官が去った後、私と花梨は部屋で頂いた文を恐る恐る見つめた。

 金雀枝とは連れ去られそうになったあの一件以来会ってはいない。渡に注意されたのもあり、行動パターンや道を変えて自衛していたのだ。

 正直、金雀枝にはあの時のことで恨まれていても仕方ないため、どんなことが書いてあるのか不安でたまらない。

 薄黄色の和紙を破かないようにそっと解き、手に乗せた。ザラつく手触りが新鮮だ。

 嫌々広げてみると、文には和歌が認められていた。



 —実らぬ樹 面影重ね もの思ふ 柚子の香匂ふ 恋し黒髪—


 どういう意味かわからず、首を捻った私を見て、花梨が簡単に解説をしてくれた。


「そうね、柚子の木を見ると柚子葉さんを思い出して切なくなるとかそんな意味かしら。柚子葉さんのことを大して知らないから名前に着目するしかなかったのでしょうね、安っぽいお歌だこと」

「北尚書は内府に対してはえらく辛口ですね」


 花梨は普段から色々苦労させられているようだから仕方ないことなのだろうけれど。

 それにしても、金雀枝は未だに私を諦めていなかったということかな、すごく困る。


「これってお返事書いた方がいいのですかね……?」

「柚子葉さんが内府にご興味がおありなら返しても良いですが、興味がないのであれば無視で構いませんよ。色恋沙汰に身分は関係ありませんから」

「そうなのですか、では、このまま放っておきます」


それから何通か和歌が届いたが、私はすべてを無視して過ごした。



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