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お掃除クエスト  作者: ちゃー!
鬼ヶ島編
45/107

攻略対象:引きこもり

「小三郎様、また来てしまいました」

「……」


 相変わらず桔梗からの返事は一切ない。

 あれから、牡丹に百合への文の配達を頼まれた際には、必ず桔梗の元へ寄って帰っている。

 しかし、この天の岩戸は中々頑固で、二週間程通っているも、最初の訪問以降は返事すらして貰えなかった。


「小三郎様、この前掃除を頼まれて私は初めて紫竜殿へ行ったのです。とても大きなところですね。赤竜殿より広くて驚きました。私はそこで絨毯の敷いてある大広間の掃除を承ったのですが、大変喜んでいただけました」


 最近私は、掃除の腕が評判となり、他の屋敷に掃除の手伝いで呼ばれることがしばしあった。

 そういうちょっとした、いつもと異なる日常の話を、私はここに来た際よく話題にしている。なんてことない普段の幸せな生活を桔梗に思い出して欲しいためだ。


「絨毯の清掃は、まずダニの駆除をしてから絨毯に付いているゴミをある程度私の能力で吸い取ります。それから全体に霧吹きで洗剤を掛けるのですが、シミがついているところは念入りに洗剤を掛けて放置して、その後は掃除婦一丸となって雑巾で叩くのです。いやあ、もうあの広さを必死に叩きましたので次の日は筋肉痛ですよ。最後は私の吸い取りの能力でゴミや汚れを吸い取って、ブラシで毛を整えて終了です」


 私は、その時のことを思い出し、目を閉じて思いを馳せた。桔梗からの反応は相も変わらずない。


「他のところへの出張っていいですね。最初は紫竜殿所属の掃除婦にあまり歓迎されていなかったのですが、作業後は心が通じ合って、その後の懇親会はとっても盛り上がっちゃいました」


 桔梗は無言のため、いつも通り私があったことをマシンガントークで話続けるだけだ。

 話したいことも話せたし、今日はここで帰ることにした。その日も桔梗からの返事は一言も貰えずに部屋を後にした。未だ彼の心は固く閉ざされているようだ。


 それから翌々日も私は白竜殿へ文の配達を頼まれていた。牡丹は私という便利な存在の登場により、郵便屋のごとく人をこき使いまくっている。

 今まで文を簡単に渡せなかった鬱憤が溜まっていたのか、筆がノってきたのか、最近は使いに頼まれる頻度が狭まっており、毎日配達をさせられるのも時間の問題だろう。


 私は百合へ文を渡した後、いつも通り桔梗の部屋へ立ち寄っていた。


「小三郎様、こんにちは。今日は昨日新しく作った洗剤について話しますね……」


 私が話し出すと、戸の隙間が少し開いた。

 私は思わず体を前へのめり出した。私の話でついに外に興味を持ってくれたのだろうか。


「どうでもいい……」

「はい?」


 小さな声のため、聞き取り辛く、隙間に耳を寄せた。


「だから、どうでもいい!」

「えっ……?」


 いきなり大きな声を出されて、私は体勢を崩してしまった。桔梗はお構いないし言葉を続ける。


「何なんだよ、お前は! ここへ来て僕に色々話していくのは百歩譲って良しとするが、その話の内容がおかしいんだよ。日常清掃と定期清掃の確執とか、設備の男に片思いしている掃除婦仲間の話とか新しい掃除の技術とか、僕にとって心底どうでもいい内容過ぎるんだよ!」


 何ということでしょう。桔梗は私の話の内容がお気に召さなかったらしい。


「外に興味持たせたいなら、せめて母様や兄上の近況とか話せよ。掃除婦事情なんか興味もないし、知りたくもないよ」


 どうしよう、桔梗が機嫌を損ねてしまった。

 この洗剤の話はどうしてもしたかったのに……。どうにか空気を変えて話を続けられないだろうか。


「すみません……ところで洗剤の話なんですけど……」

「話させねーよ」


 チッ、ダメだったか。

 仕方がない今回は洗剤の話は諦めるか。後で渡にじっくり話せばいいし。


「私の話そんなに面白くなかったですか?」

「面白いわけがないだろう、興味を持つと思う方が間違っている」

「すみません、男の子の好みとか知らなくて……小三郎様はどんな話題が好きなのでしょうか」

「好きな話題? ないね。例えあったとしても、お前と話す気にはなれない」

「そういえば、この前太師と白姫様と出掛けました」

「何だと!?」

「すみません、私の話には興味がないのでしたね……」

「ぐぬっ……か、家族の話は興味ある」


 家族想いの良い子なんだなぁ。その微笑ましさに私の顔は思わず緩んでしまった。

 桔梗が求めるので、この前牡丹と私の腕比べに百合が見学者として付いてきた話をしてあげた。

 勝負はまたも牡丹の勝ち、私は戦闘の技術が低く、手の内がバレた今となっては牡丹にあまり勝てないでいる。それでも牡丹にとっては修行になるらしく、数日置きに戦闘の練習に付き合わされていた。

 牡丹は己の戦っているところを百合に見せたかったのか、百合が希望したのか、この前は珍しく百合を連れてきたのだ。

 百合は本気の戦いを見る機会が少ないらしく、始終不安そうに私達が剣と箒を交えているのを観ていた。

 勝負がついて、百合の元へ二人で赴くと、顔色を青くして気分を悪そうにしており、連れてきた事を失敗したと牡丹はえらく後悔していた。


「母様は無事だったのだろうな」

「ええ、もちろんですとも。太師が責任持って慰めて差し上げましたので」

「そうか……、母様はあえかなお人なのだ。そのような刺激の強いものは見せないで欲しい。くれぐれも気を付けるように兄上にも伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 その日はそれで桔梗とお別れをした。私の方も色々と仕事があるため、あまり長居もしていられないのだ。

 赤竜殿までの帰り道、桔梗のような素直な子が、表を堂々と歩けずただ部屋に籠り続けなければならない事に憤りを私は感じていた。

 私は桔梗が決められた相手との結婚をしたくないというだけの理由で、閉じこもっているとはとても思えないのだ。

 この子ならばきっと家族のために望まない婚姻も受け入れるだろう。

 最初は百合への義理で桔梗へのコンタクトを試みていたが、今、私は彼の事が気になり始めていた。

 桔梗が引きこもっている原因を知って何とか解決したいと思った。

 勇者ではないため世界を救うことができなくても、出会って困っている人を救うことくらいはせめて私に出来ないだろうか。

 私が異世界からここに来た理由を、桔梗を救う事に求めるようになっていったのだった。


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