赤竜殿
私は牡丹に連れられ、赤い絨毯の敷かれた入り組んだ長い廊下を進んでいた。
外側から見ると一見寝殿造のように見えたが、部屋は御簾ではなく引き戸で仕切られており、古来の日本との文化の違いを改めて認識させられた。
夜のせいか人とすれ違うことは余りない、たまにすれ違っても牡丹の存在に気がつくと皆一様にその場でしゃがみ、扇で顔を隠しこちらを見ないようにしていた。その間一切無言である。
偉い人とすれ違う時の決まりなのだろうか、私の姿も見られないためこの文化は有難い。
「入れ」
「は、はい」
牡丹はある部屋の前で立ち止まり、鍵を取り出し、呪文を唱えながら大きな戸を開けた。
中を覗くと、大中小の漆塗りの手箱が所狭しと並んでいた。おそらくここは宝物庫なのではないだろうか。
「確かここら辺に仕舞ってあったはずなんだがなぁ……」
牡丹はぼやきながら、次々と箱の中を開け中を確認し
ていった。
「探し物ですか? 手伝いましょうか」
「いや、いい。お前は指一本触れるな」
「そうですか」
ここにあるものは全て高価な物なのだろう、私に触られて壊されたり盗まれたりすることを警戒している様子だ。
牡丹も一つ一つ丁寧に扱っているのがわかる。
「おお、これだ、これ」
牡丹はある箱を手に取り、私の方へと近付いた。
「布を取れ」
「は、はい」
牡丹は私が頭を隠すのに使っていた布を取ると、箱から鬼の角を取り出し私の頭につけてくれた。
頭を触れてみると、しっかりとそこに生えていたかのように角がつけられていた。
「ついた、しかも取れない」
「これは付け角だ。昔鬼の貴族の間で、角が多い方が良いという風習があってな、その時に付け角として使うために作られたものだ。とても高価なもので持っているだけで財力を示せる。お前では取る事も出来ないだろうから失くす心配はなかろう。もし取り外したい時は土の魔法が使える者に頼め」
「すごーい。今日から私は鬼ですね。ありがとうございます」
これなら鬼の中に紛れ込むことが出来る。
渡の分も欲しいけど、さすがに高価なものを二つも貸してくれとは言えないよね。使い道を説明するわけにもいかない。
「じゃあ、行くぞ」
「は、はい」
牡丹は急かすように次の目的地へ私を促した。
連れて行かれた先は何故か牡丹の私室だった。
「そこら辺に座っていろ」
「は……はい」
牡丹の部屋は八畳程の、権力者にしてはこじんまりとした部屋だった。部屋の三分の一程の所に屏風が立てられているため、それが実際の大きさより部屋を狭く見せている。そこで私は所在無さげに、屏風の前のさらに隅の方へ腰を下ろした。
牡丹が壁に幾つか掛けられている鈴を手に持ち、廊下に手だけを出し、それを小さく鳴らした。上品な鈴の音が微かに私の耳にも届く。
すると一分も経たない内に誰かが部屋へ訪ねてきた。
「太師、何用でございましょう」
部屋の戸の外から、女性の淑やかな声が聞こえてくる。
「入れ」
牡丹の指示に従い、正座した女性が静かに戸を開け入室してきた。
女性は頭を上げずに下を向いているためどのような顔かは見る事が出来ない。長く、艶やかな黒髪が印象的だ。
「面を上げよ」
女性がゆっくりと顔を上げ、私の存在に気がつき、少し驚いた表情をした。しかし、声は発さず、すぐに視線を牡丹に戻した。
「この女は柚子葉という。妖に襲われた所を助けてやった。明日からここで掃除婦として働かせる。今日は風呂と食事を用意してやれ。後、部屋は東の端に使っていない部屋があっただろう、あそこをやれ」
「畏まりました」
御飯という言葉に、私はピクリと反応した。
もしかしてやっとまともな食事が食べられるのかしら。
「あの~……」
「何だ?」
「とても図々しいお願いなのですが、私恥ずかしいことに大食らいなもので食事は常に二人前欲しいのですが」
「ああ、わかった。好きなだけ食え」
やや面倒臭そうな態度で言う牡丹に、私は本日何度目かの謝辞を述べた。
そこで、私は部屋に入ってきた女性へ身体を向けぺこりと頭を下げた。
「あ、あの、ゆ、柚子葉です。よ……よろしくお願いしま……す」
久々にコミュ障発動して噛みまくってしまった。
この人の好意的でない無言の圧力に飲まれてしまい、どうしても緊張してしまう。
女性は無言で小さく会釈をした。
嫌われたかな、反応薄過ぎてちょっと傷つくな。
「こいつは、女官の北尚書。俺の世話を任せている女官の一人だ。お前の直接の上司ではないが役職としては上になる。失礼のないように」
「は……はい」
失礼のないようにと言われても、この世界のマナーや常識を知らないため、どうしたら失礼ではないのかわからない。
取り敢えず北尚書は名前じゃなくて、役職だよね。上の立場の人は基本役職呼びだったのでそこは最低限守ればいいかな。
「花梨、柚子葉を案内してやれ、いいな」
花梨が北尚書の名前なのかな。可愛らしい名前だ。
花梨は黙ってお辞儀をし、私についてくるよう目線で促した。




