地上最強の掃除婦
「ひゃっほーー! 龍のジェットコースターだーー!」
じゃなくて……、こいつを倒さないといけないんだよ。
正確な速さはわからないが、龍はかなりのスピードが出ている、この速さで放り出され地面に落ちたら、私の体はぐちゃぐちゃに折れ曲り破裂するのは間違いないだろう。
龍の頭上に乗った私は、真上から龍に対し超高圧の水で攻撃を開始した。
あまりこの状態で体力を消耗したくはないので、圧力は上げられない。五十メガパスカルの水圧で龍を攻撃するも龍の堅い鱗はビクともしない。
私の高圧洗浄のお陰で、龍がピカピカに綺麗になっていくだけだ。
体に付いた汚れが綺麗に落とされたせいか、龍は黄金色に光り輝き出した。
キラキラの鱗は、まるで光を受けた稲畑のようで、私はその中を自由に舞っているような錯覚に落ちいった。
「綺麗……」
すると、猛スピードで動き回り、私を振り落とそうとしていた龍は、ゆっくりとスピードを落として止まり、頭を下げ私を地面に下ろしてくれた。
「あ……ありがとう」
何で下ろしてくれたのだろう……?
当の龍は真っ直ぐに私を見つめている。敵意はないようだ。
龍はどこかからフリップを出し、それに筆で器用に文字を書き始めた。
そして、書き終わったそれをこちらへ向ける。
そこには、『綺麗にしてくれてありがとう』と書かれていた。
「いえ、そんな、大したことでは」
私は片手を上げ、謙遜の仕草をする。
龍は次々とどこからともなくフリップを出し、文字を書き込んでいく。
龍って筆談で話すのか……、初めて知った。
『こんなところだと中々お風呂に入れなくて苦労していてね』
「はぁ、大変なのですね……、ずっとここにいるのですか?」
『かれこれ何年くらいかなぁ、たまに食事が届くくらいでずっと閉じ込められっぱなしさ』
「何で閉じ込められているのですか?」
『妖を操る女の子に操られてしまってここまで連れてこられてしまったのさ。ここに私を閉じ込めて、鬼と人間の領土をこの洞窟を使って行き来出来ないよう、阻止しろと言われてね』
妖を操る女の子って私達が退治しろって言われた鬼かな? 名前はなんて言ったけ、忘れてしまった。
「龍さんはその女の子をどうにかしない限りはここに居続けないといけないのですか?」
『そういうわけでもない、私くらいになれば出ようと思えば出られるが、その少女が気に入ってね、その少女の人生が終わるまではここで働いてみようと思ったのさ、龍は退屈だからな』
「そうだったのですね、その割に龍さんは私に手加減していませんでしたか?」
『それはそっちもだろう? 君なら私を一瞬で屠ることも可能だったはずだ、しかし君はそれをしなかった。だから、君の戦いごっこに付き合ってやろうと思ったんだ』
「!!……何でそれを知っているのですか?」
『君と同じ職業の者に大昔に会ったことがあってね、そいつも君と同じ技が使えた』
「掃除の職業ってことですか?」
『そうだ。神のように強いやつだったよ。君もとても強かった』
「ありがとうございます、ところでその人の事詳しく聞かせてもらえませんか?」
『今は止めておこう、もし、いつか二人きりになれる時がもしあったら話そうではないか』
「は、はぁ……」
あと一人は渡のことかな? 絶賛気絶中だけど、聞かれると不味い話なのかな。
そうだ、渡を起こさないと。
「渡、大丈夫? 渡ー!」
ダメだ、起きない。怪我もないし呼吸もしているけれど目が覚める様子がない。
『その小さい男は心配せずとも無事起きるであろう、放っておけ』
「そ、そうですか」
私は再度渡をポケットにしまった。
龍は渡に対して、やや冷たいような気がするのは気のせいだろうか。
『あそこにもう一つの鏡がある。あそこから抜けられる、先へ行くがいい』
「ありがとうございま…………」
私が、渡から龍に視線を戻した時だった。
龍の身体が一瞬でバラバラになり、肉片が宙を舞い、真っ赤な血が頭上から降り注いだのは——。
私の顔や体に血が降り注ぎ、生臭さで鼻や喉が一杯になった。急な吐き気に襲われるが吐いている場合ではない。
どこだ、どこにいる!?
私は“何か”の気配を察知し、亜空間を一望する。
いた——。
そいつは、亜空間の上の方に宙に浮くようにして存在していた。
“それ”は仮面をつけており、体長二メートルはありそうだ。
毛のない猿のような、はたまた原始的な人間のような印象を受けた。
肌の色は真っ白で、頭部のみ赤い毛が生えている。
強い——。
隙がどこにもなく、一瞬見ただけで死を予感する程の強さがあった。
【ごごは、誰も遠ざぜない】
その白い化物は、声にならないような声で独り言のように呟き、一歩こちらへ踏み出した。
その白い化物は一瞬で私の目の前に辿り着き、そして私の足元に崩れ落ちた。
息はしていない、白い化物はもう死んでいる。
「間に合った……」
気が抜けたように、膝からへたり込んでしまった。
この白い化物が生き物で良かった……、もし、生き物でなければ私は殺されていた。
害獣駆除、害中駆除、草刈り、殺菌——
これらの技を同時に発動させた。
この四つの技がカンストしたことにより、私は、脊椎動物、無脊椎動物、植物、菌、これらの生物を一瞬で屠ることが出来るようになった。
あまりにも強力なため、力をどう使っていいのかもわからずなるべく避けていた技なのだが、今回はこの力を使用しなければこちらがやられていただろう。
龍すらものともしない恐ろしく強い敵の存在に、急に寒気がし震えた。
そして、そいつを一瞬で絶命させた自分の能力に眩暈がした……。
ともかく、ここにはいたくない。
私は鏡を抜け、この場所から移動した。
※
鏡を抜けた先も、前の場所と同じような、鏡だけがある小部屋になっていた。
ここで少し休もう。
今の出来事で精神が酷く疲弊してしまった。
しばらく、休んでいたら渡が目覚め、どうやって抜けたのか問いただされたが、龍に頼んだら通してもらえたとだけ話した。
渡は不思議そうな顔をしていたが、私の疲れ切った様子を読み取り、何も追及しないでくれたようだ。
「ごめん、渡。もう少し休ませて貰ってもいい?」
「勿論でござる。拙者が不甲斐ないばかりに苦労を掛けたようで申し訳ない」
「そんなことないよ、こうして二人共無事だし」
力無い笑みを渡に向け、私はそのまま抱えた膝に顔を埋めて休憩をした。
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渡は、休んだ柚子葉を見上げていた。
柚子葉は何の警戒心もなく、寝息を立てている。
先程の戦いで、渡は気絶などしていなかった。ただの“ふり”だ。
渡は柚子葉の戦いを全て見ていたのだ。
渡は驚いた。まさか掃除婦があの“白猿”を一瞬で倒してしまうとは——。
国一番の剣士である渡でさえ無傷で倒せる相手ではない。
それ程までに恐ろしい相手を、柚子葉はものともしなかった。
「これは姫に感謝しなければならないでござるなぁ……」
柚子葉はどうやら渡に力を隠している節があった。
気絶した演技をして、柚子葉の強さを見極めようかと思ったが、これは予想外過ぎる結果だった。
一体どうやって倒したというのだろう。敵が柚子葉に近づいたと思った瞬間には、もう勝負は決していた。
ただの掃除婦が、こんなに戦闘力を有しているわけがない。柚子葉はおかしい——。
実は渡は、無理矢理にでも柚子葉と肉体関係を結ぼうと思っていた。柚子葉は美人だし、故意ではない体質から来る、渡の破廉恥行為にも悪くない反応をしていた。
しかし、この強さを見せられた後ではそんな気は微塵もなくなってしまった。
その代わり、柚子葉と言う強敵と戦ってみたい気持ちが生じた。しかし、何度思考し、数多の戦術を考えても勝てる想像が出来なかった。
先程、白猿を葬った能力の正体がわからなくては、渡に勝ち目は一つもない。
渡の剣士としての血が全身を駆け巡り、渡の体を芯から熱く滾らせた。
勝ち目のない相手の出現に、渡の目は今までにない程、燦々と輝いていた。




