ポリッシャー
ポリッシャーは、大理石の床を舐めるように左右に動きながら、こちらへ近づいてきた。
遅い。とてつもなく遅い。
直線で進まず、蛇行しながらこちらへ来ているのだ、遅いに決まっている。
正直この遅さだし、邪気ポリッシャーは無視して先に進んでも良いのだけど、これを使って掃除すればレベルアップが期待出来そうだから、なるべく取っておきたい。
ただ、どう倒すかが問題だ。
切り刻んでしまっては使い物にならなくなってしまうし、安全に倒すためは……そうだ!
ポリッシャーは、床面に対し水平にある金属の円状の部分の下に、ブラシなりパッドなりが取り付けてある。パッドやブラシは床の材質によって付け替えるため取り外し可能だ。
そしてポリッシャーは、取り付けてあるパッドやらブラシを、回転させることによって動くのだ。
そのため、本体とパッドやブラシの間に何かが挟まれば、回転することが出来ず動かなくなってしまう。
まずは動きを止めて、どうすればいいかはその後考えればいい。
よし、この作戦で行こう。
接続部分に絡ませるには長い紐状の物がいいのだけど、何かないだろうか……私は思考を巡らせる。
そうだ、雑巾だ、雑巾を紐状になるように切り、それをブラシと本体の間に噛ませれば……!!
「渡! 申し訳ないけどこの雑巾を切っ……」
「でやぁあぁぁぁ!!!」
私が色々と作戦を練っている間に、渡がポリッシャーを真っ二つに叩き斬ってしまった。
「ちょっ、何やってるのーー!? 確かに邪気が払えたけどダメでしょ! ねぇ、もう、使えなくなっちゃったよ!」
「掃除道具なんかこの洞窟では不要でござろう」
「渡にはいらなくても、私にはいるのー」
ひどい、ひどすぎる。
掃除道具なんかダンジョン探索には不要という渡の意見もわかるし、刀などの全うな武器に比べたら使えないものにしか思えないだろう。
渡にしたら、何の価値もない道具が攻めてきて、それを倒しただけだからこれ以上は怒れない。
仕方ないか……ポリッシャーは諦めよう。
私は心の中で深い溜息をついた。
「しょうがない。渡、ポリッシャーはもういいや。先進もっか」
部屋の奥にも扉がある、そこから先に進めそうだ。
「その前に柚子葉殿、ここで少し休まぬか?」
「ここで?」
確かにここは締め切られている部屋で、妖もいない。
ゆっくりと休むには最適だろう。
「そだね、疲れたし賛成だよ。休もう。」
ここは部屋になっており、扉でしか出入りできない。
これなら久々に妖を警戒せずに眠れそうだ。
私と渡は、部屋の角と角の離れたところに各々腰を下ろした。渡の近くで休むと何をされるかわかったものじゃないから、なるべく離れての休息だ。
これぐらい離れていれば問題ないだろう。
渡と離れた私は、巻物を開き久々に自分のステータスを確認した。
掃除婦 伍拾弐
特技
雑巾拭き、箒がけ、モップ拭き、雑巾絞り、
モップ絞り、窓掃除、床掃除、ワックスがけ、
剥離、水撒き、ガム剥がし、油除去、
カーペット清掃、ゴミ取り、バキューム使い
石清掃、高圧洗浄、落ち葉拾い
技
洗剤生成 拾、害虫駆除 拾、害獣駆除 拾、
掃除人の底力 拾、洗濯人 拾、死体処理 拾、
草刈り 拾、殺菌 拾、消毒 陸、掃除人の見極め 拾
掃除人の奇跡 弐
おー、すごい成長している。
石清掃はそのまま石類の掃除が得意になり、高圧洗浄は道具なしで、自らが生成したものを高圧で飛ばすことができるようだ。
落ち葉拾いは落ち葉を自由に操ることが出来る能力で、簡易にゴミ袋に集めることができる優れものだそうだ。
風の強い日の落ち葉清掃もなんのそのだね。
ちなみに高圧洗浄で高圧で飛ばすことができるのは、洗剤生成等で自ら作成したもの限定で、そこら辺にある水等は飛ばすことは不可能なのだそうだ。
飛ばせるのが洗剤生成だけでも充分役に立つし、私としては問題ない。
あと、新しく増えた掃除人の奇跡って何だろう。
技の部分に触れて説明を見る。この巻物は現代のスマートフォンのように、こうして知りたい場所に触れると、その説明が出て来るのだ。
掃除人の奇跡
すべてを美しく綺麗にすることが出来る。拾になって初めて効果が発揮される。
これは掃除がすごーく上手くなる奇跡ってことか?
そして拾まで上げるの必須ってあるが、上げ方がわからない。
掃除していればいいのかな。
その他のスキルはどんな感じかなー、スキルを見ようとしたところ、何か嫌な予感を感じ、巻物を閉じた。
「柚子葉殿、何で閉じたでござるか、拙者にも見せて欲しいでござるー」
一寸サイズの渡が私の横でぴょんぴょんと飛んでいる。
何の気配もなしに近づいてくるなこいつ、これだけ接近されて初めて気配を察することができた。
「いーや、恥ずかしいし。掃除婦の能力なんて知ったってしょうもないでしょう」
「掃除婦がどんな技を持っているのか、知りたかったでござる」
「武士のあなたから見たら下らない取るに足らない能力だし、見たって何のことかわからないだから」
「では、柚子葉殿が本当に掃除婦かだけでも見せてくれぬか? 日常職の掃除婦が戦闘力をこんなに有しているなんて不思議でならないでござる」
「うーん、じゃあ、そこだけなら……」
私は渡に職業欄のみ表示させ、見せて上げた。
そこには大きく“職業 掃除婦”と表示されている。
「本当に掃除婦なのでござるな、うーむ不思議でござる」
「不思議じゃないよ、どんな職業だって強くなろうと思えば強くなれるし、渡のような武士だって日常生活で活躍することは出来るはず。戦闘職や日常職と決め付けて、それぞれの可能性を奪うのは私は良くないと思うの」
前の自分がそうだった。
掃除婦だから戦闘したって活躍出来ないと決め付け、諦めていた。
この洞窟に来て、私にも色々な可能性があると知ったのだ。
「柚子葉殿は珍しい考えをするお方なのだな、それぞれに適材適所があり、その能力を向いている職業で使うのがこの世界の基本でござる」
「そうなんだ、それはそれで職に溢れなくて済むだろうし、そういう社会は否定しないよ私は」
「拙者は柚子葉殿に賛成でござる。才能がなくても努力の仕方次第で何とかなることもある」
渡が笑った。
それはいつもの、何か含んだような笑みでなく、心の底からの笑顔に見えた。
彼にも心当たりがあるのだろうか。
職業を見せて納得してもらえたのか、渡は元の位置に戻っていった。
渡が遠くに行ったのを確認し、私もひと安心し寝転がって目を閉じた。




