月都 ~君の本音
「本当、月都は広いな〜」
人の領地の首都・月都で、真朱は一人でぶらぶらと店を回って見ていた。
人の国の頂点に立つのが“輝夜”という姫で、真朱達一行は輝夜姫へ面会するためにこの国にしばし滞在していた。
どうやら輝夜姫は他の領地へ赴いており、都へ帰還するのを数日待たなければならないらしい。
輝夜姫が帰ってくるまでは自由行動となり、真朱は都の町並みを散策することにしたのだった。
真朱が歩いていると、視界の隅に色とりどりのちりめんが風に揺れている様が入った。
振り向くとそこには簪屋があった。
「可愛い」
真朱は簪屋に立ち寄り、一つ一つじっくりと観察した。
ちりめんや絹で作られた花飾りのついた簪から、耳かきに球がついたシンプルな簪まで、様々なものが並んでいる。
「彼女に贈り物かい?」
簪屋の男店主が真朱に声を掛けてきた。
「違うんです。ただ綺麗だったからつい見てしまって」
真朱は気不味そうに苦笑いを浮かべた。
「そうか、男の子でこういうものに興味を持つとは嬉しいねぇ。私も昔から簪が好きで、周りがチャンバラで遊んでいる最中に女の子に混じって花飾りを作ったものだ、何、恥ずかしがる必要はない、綺麗なものに惹かれる男なんていくらでもいる」
「ありがとうございます」
真朱は数ある簪の中から、真っ赤なちりめんで作られた小さな花が四つついた、花簪を購入した。
誰にも送らない自分用だ。
「さすが月都、こんなに素敵な簪が手に入って嬉しいです」
「え……げ? あ、ああー、いやいや喜んで貰えて嬉しいよ」
何故か苦笑いを浮かべる店主に対し不思議に思いながらも、真朱は笑顔でお礼を言い店を後にした。
真朱は昔から父に、“男らしくない、もっと男らしくしろ”と言われ育てられてきた。
男らしく振る舞うために、男の子向けのアクションアニメや映画を観るも、まったく面白味が感じられず、どちらかと言えば、女の子が見るような恋愛ものの方が好みに合い、親に隠れてこっそりと少女漫画を読んでいたこともあった。
男らしさとは何なのだろうと真朱は考える。
中学時代の同級生で、ヤンキーの男の子が女の子向けのキャラのグッズを好んで身に付けていたことを真朱は思い出した。そんな彼のことを周囲は誰も女々しいなんて言っていなかった。
しかし、可愛いものなんて一つも身に付けていない僕のことはみな一様に“可愛い”だの“女の子みたい”と言った。
男らしらと女らしさは身に付けているものではなく、当人の体格や仕草に多くが影響するのだろう。
真朱の小さくて細身の白い肌ではどんなに身に付けるものを努力しても男らしくはなれない。
体のせいで体育もまともにできないため、色黒にもなれない。
真朱の父親には、もっと男らしくしろと、最近より強く言われるようになった。
容姿が原因ならこれ以上は努力のしようがない。こんな体に産んだお前が悪いのだろうと父親に言ってやりたかったが、気が弱い真朱にそれを言葉にすることは不可能だった。
この世界には父はいない。
真朱はこの世界にいる限りは素の自分でいられるのではないか。
真朱以外のみなは元の世界に帰りたがっている。空気を壊すわけにもいかないため黙っていたが、真朱の真の願いはここで密かに暮らすことだった。
真朱は大きく溜め息をついた。
「その簪綺麗ね」
「えっ?」
声をかけられ振り向くと、美しい少女が少し低いところから真朱を見上げていた。
少女は12歳くらいだろうか、銀の髪に金の目をした、彫りの深い少し西洋風の顔立ちの美しい少女だった。
まるで人形のような現実味のない美しさに真朱は釘付けになってしまった。
「誰かへの贈り物なの?」
「いや、自分用。こういう綺麗なものが好きなんだ」
「そうなの、私もよ、気が合うわね」
少女は気さくで社交的な性格なのだろうか、赤の他人の真朱に気軽く話しかけてくる。
こんなに美しい少女が人懐こいのは少し心配である。
「あっちに綺麗な腕飾りを売っている店があるの。案内するから行きましょう」
「いや、今日はもう帰らないと」
「いいでしょう少しくらい。あなた異世界から来た旅人さんよね。興味があるの、少しでいいから遊んでくれない?」
「ああ、知っていたんだ」
誘われた時は美人局かと思ったが、異世界人に興味があるなら少しついて行ってもいいかと真朱は思い直した。
お世辞抜きで真朱達は強い。それを知った上で真朱達を騙そうとする輩はそういないだろう。
「じゃあ少しだけなら。そうだ、僕は真朱。君は何て呼べばいい?」
「私は、か……神子よ」
「神子ちゃんか、かっこいい名前だねぇ」
神子の神秘的な容姿によく合った名前だと、真朱は思った。
「こっちよ、来て」
神子に導かれるまま、真朱は町の中をゆったり進んだ。
通りにある色んな店を紹介してもらいながら、目的の店まで進んでいくと、段々町の外れまで連れてこらた。
少し不安になりながらも少女の後を付いていくと周囲に建物もないような場所にぽつんとその店はあった。
「ここよ」
木造の簡易的な建物の中で、暖簾や看板も出ていない、一見するとただの住居にしか見えない。
「ここ本当にお店なの?」
「ええ、地元の人間しか知らないの」
神子が先に店に入り、真朱も後に続く。
「いらっしゃい」
黒い髪を後ろで一つに束ね、白い着物を着た、赤いアイシャドウが印象的な女性が真朱達を迎え入れた。
中は確かにお店のようで、綺麗な石で作られたブレスレットが整頓され並べられていた。
真朱は店主へ軽く挨拶し、店の商品を見て回った。
瑪瑙で作られた爽やかな印象のもの、翡翠で作られた癒されるような色合いのもの、群青色の瑠璃で作られたブレスレットを見て瑠璃のことを思い出したりと、見ているだけで真朱の気分は満たされた。
「これ、可愛いでしょ、真朱におすすめよ」
神子が綺麗な、紅玉のブレスレットを真朱に見せてきた。
紅玉と紅石英が交互に並んでいて、まるでお姫様のような可愛らしさで、真朱は一目惚れしたような感覚に落ち入り、思わず目尻が下がってしまった。
「可愛いな、すっごく欲しい。いくら?」
「私が贈り物するわよ」
「い、いいよ。悪いし」
真朱達は各地で妖退治をしていたため、その謝礼でここにあるものを購入するくらいの余裕はあった。
決して安い物ではないだろうし、今日出会った少女に奢ってもらうわけにもいかない。
「なら私から贈ります」
黙って立っていた店主がふいに口を開く。
「異世界から来た勇者様一行の真朱様でございますよね、存じ上げております。妖を倒していただき平和を守ってくださっているお礼でございます」
店主は何もかも見透かしたような妖艶な笑みを浮かべ、真朱へブレスレットを差し出した。
「そ、そういうことなら……ありがとうございます」
店主の雰囲気に押され真朱は思わずブレスレットを受け取ってしまう。
「その腕飾り、真朱にとっても似合うわよ」
「ありがとう」
神子は下から覗き込むように真朱を見上げた。
その完璧な美しさに、一瞬真朱は吸い込まれそうになり、思わず目を逸らしてしまう。
「さ……さすが、月都ですね、こんな素敵なお店があるなんて、もし冒険が終わったあかつきにはまた立ち寄りたいです」
店主と神子は、しばし面食らった顔をしたが、すぐに何か腑に落ちたようで、お互い顔を見合わせた。
店主は苦笑いを浮かべ、また来てくださいと腰を折った。
道があやふやだったため店を後にして、神子に宿まで送ってもらった。
「神子ちゃん、今日はありがとう。すごく楽かったよ」
「私もよ、また機会があったら遊んでね」
「勿論だよ。そうだ、これ。神子ちゃんにあげる」
神子の髪に、今日買った花簪をさしてやる。
「え、いいの? これ、真朱が気に入ったやつじゃ」
「いいよ、素敵な腕飾りも貰えたし、今日のお礼」
神子は少し照れた様子で、真朱から目を逸らした。
「ありがとう」
再会を約束し、真朱は神子と別れた。
その後真朱が宿へ帰ると、夕霧に、輝夜姫は暫く多忙のため会うことは出来ないと言われ、翌日には皆で月都を出立した。
後から知ったことだが首都の名前は月都ではなく、月都と読むと判明した。
真朱が月都と言う度、みなが一様に戸惑ったのはそういうことだった。
夕霧、鴇、瑠璃に真朱が最初に月都と言ったとき妙な空気が流れたことを思い出した。
月都と言い続けるのも恥ずかしいが、今更訂正するのもまた恥ずかしい。
このまま知らぬ振りを続け、月都で通すか迷う真朱だった。




