可愛い彼女 〜ある勇者の呟き
あれから僕は、処刑をし、死体を解体する日々がふた月程続いていた。
まったく処刑がない日もあれば、一日に数人仕事をする日もある。
今日は仕事がないそうなので、僕は部屋でごろごろとしていた。
死体の解体は最初は苦労して、肉も内蔵もぐちゃぐちゃ、血は其処彼処に残り、骨も形を留めていない酷い有り様だった。
それが今はスジに沿って包丁を入れ肉を裂き、美しく血抜きができるまでに至った。
最初の頃は血の臭いが気になり、風呂に何度も入り体を洗ったが、今では風呂は一日一回で問題ない。
血の臭いが罪悪感から来る幻想だったのか、単純に臭いに慣れたのかはわからない。
どちらにせよ自分が気にならないのであれば問題ない。
部屋の扉が小さくノックされる。
いや、自分だけが気にしないのではダメか。
「入るわよ」
扉の向こうから、鈴のような可愛いらしい声が聞こえる。
「ああ、雪羅いらっしゃい」
雪羅はこうして、時たま僕の部屋を訪れるのだ。そうして他愛もない話をして帰っていく。
ここへ来てから、処刑台へ連れてくる兵士達と事務的な会話をする以外での会話は、雪羅としかしていない。
雪羅との交流が、僕のここでの唯一の楽しみだった。
「雪羅は今日も可愛いね」
「あなたは今日も本当に軽い人ね」
僕が“可愛い”というと、雪羅は顔を林檎のように赤くして頬を膨らませ、プイッとそっぽを向いてしまうのだ。
それが、僕は可愛いくて仕方なくてついつい雪羅に可愛いと言ってしまうのだった。
「ねぇ、雪羅。抱き締めてもいい?」
「えっ? ど、どうして……はぅっ」
否定されないのを肯定と取り、僕は雪羅に近寄り小さな身体を抱き寄せた。戸惑っているようだが抵抗はしない。
「ちょっ、ど、どうしたのよ」
「僕から血生臭い臭いしない?」
「臭い? 特に何もしないけれど」
「それなら良かった」
僕はその答えに安心し、雪羅を解放してあげた。僕と彼女が臭いを感知しないのであれば問題ない。
「それで、今日は何の用なの?」
「勝手に話を進めないでよ! な、なんで私を……」
「ごめんね。雪羅が可愛くて、つい」
雪羅は顔を真っ赤にしながら「本当に軽いのだなら」と口を尖らせた。
彼女は小さく咳払いをし調子を整えた。
「今日はあなたに伝えたいことがあるの」
「なに?」
「あなたの処刑の仕事は終わりよ、別のことをしてもらうわ」
「へー、そうなんだ」
仕事にも慣れてきて、プロ意識を持ち始めたところなのに残念だ。
また新しく仕事を覚えなければならないのか。
「あなたにこれを……」
雪羅に巻物のようなものを渡された。
開けということなのか、僕は巻物の紐を外し中を開くと巻物は三週くらいしかなく中は白紙だった。
「えーと、これは?」
「巻物よ、何を見たいか念じればそこに見たいものが表示されるわ、表示される内容はあなたの現段階の能力や基本的な地図、手に入れた武器や、物の名前、使い方等ね」
「へー便利だね」
この世界でいう電子辞書のようなものだろうか。
これで通信が出来たらとても楽なのに。そうすればこの巻物は電子書籍からスマートフォンになるだろう。
「あなたの能力を見てみて」
「ああ、念じればいいんだよね」
僕が念じると巻物に職業とステータスが表示された。
勇者 二拾
特技
剣使い、弓使い、刀使い、槍使い、鞭使い、斧使い
万能魔術、万能回復術、鎧装備、盾装備
技
殺戮耐性 拾、死体解体 拾、恐怖耐性 拾、勇者の奇跡 壱
雪羅が横から覗き込もうと背伸びをしていたので、見やすいように巻物を少し斜めにした。そして、彼女は僕のステータスを見て目を丸くした。
「さすが勇者ね、すごいわ」
「二十レベル? いつの間にこんなに経験値積んだんだろう」
「貴方今まで処刑していたでしょう? 処刑をした時に倒した相手の強さに応じて経験を得て強くなったの」
処刑にはそんな意味もあったのか。
雪羅を見下ろすと、目を輝かせながら巻物に書かれている技や特技の解説をしてくれた。
「普通得意な武器っていうのは一人一つか二つなの、それが貴方には六つもあるわ。ただこれだけなら武術師という職業でも可能よ。貴方のすごいところは万能魔法も使えるところ、しかも攻撃魔法と回復魔法両方。一人で武術師、呪術師、神巫女、すべての要素を兼ね備えているわ。そして、この“勇者の奇跡”という技が凄いの」
「勇者の奇跡? どんな技なの?」
「これは貴方が世界の敵と判断した相手を必ず倒せる技なのよ」
「世界の敵を倒す……?」
「そうよ、大多数を救うために倒すべき命を判断し、その相手を必ず倒すことができる。倒せるのはいつになるかはわからないけれど、相手を倒す意志を持ち追い続ける限り、人生で必ずその機会が与えられる、それが勇者の奇跡よ」
いつか必ず倒せるっていうのが漠然としていて、本当にすごいのかいまいち実感が湧かないな。
それに、ステータスも他人と比較したわけではないから自分が強いとも思えない。
個人的には勇者とかどうでも良かったのだけど、雪羅が頬を紅潮させ、遊びをねだる子猫のように飛び跳ねながら楽しそうに話す様が、とても可愛いくて、今すぐにでも頭を撫でたいくらいで、それを見ていたら僕も段々と嬉しくなってきて、彼女がこんなに喜んでくれるなら、僕が勇者で良かったのかもしれないと思い直した。
「雪羅、そういえば別のことって何?」
「あっ! そうだわ、別のことっていうのは、武道場で妖と戦ってもらいたいということよ」
「妖……?」
「妖は野生にいる凶暴な化物のことよ。鬼や人、動物、妖同士……何でも無差別に襲って食べてしまうの」
「怖いなぁ……何故僕がそいつらと戦うの?」
「貴方には妖と戦って勝手さらに強くなってもらうわ」
「強く……?」
「そう、強く」
雪羅は真っ直ぐに僕の目を捉え言った。
さっきまでの、じゃれ付く子猫のような雰囲気は一切ない。鬼王・雪羅の顔だ。
「貴方には人の国の主、輝夜を倒して貰いたいの」
「輝夜?」
「そうよ、そいつは妖を操る力を持っているの、その妖を使って鬼の国の民を苦しめているのよ」
「えーっと、それは一体どういうことなの?」
どうやら雪羅が言うには人と鬼は長きに渡り、小競り合いを続けているらしい。
戦力は拮抗していたが、人間の頂点に立つ輝夜は妖を操る力を使い、それに押されて鬼の国は今危機的状況にあるそうなのだ。
「人の貴方にこんなことお願いするのはおかしいかもしれないけれど、貴方には鬼族の勇者になって欲しいの」
雪羅にお願いされたら断れない。
僕は雪羅には甘いのだ。
「いいよ、僕は君の下に付き、輝夜を打ち取る。約束だよ」
僕は雪羅の白く小さな手を取り、小指を絡ませ約束をした。触れた彼女の指は柔らかく、僕はまた抱き締めたい衝動に駆られた。




