異世界?
クラスメイトと異世界転移した私は今、現地人の職業鑑定を受けていた。
「みえたぞ、お主の適正は武術師じゃ、戦うことに最も向いている職業とされている」
一緒に転移したクラスメイトの一人である体格が良い男子が、そう鑑定された。
「お主は、呪術師じゃな。主に魔術を得意とする。火・水・土・金・木属性の魔法を自由に操ることができる。次にお主は、神巫女じゃ。回復を得意としありとあらゆる怪我や病を癒すことができるであろう」
クラスメイト達が、いわゆるチート職に適正があるとどんどん鑑定されている。
そして、ついに私の番が来た――。
戦士、魔法使い、僧侶のような職業にクラスメイトが適正があると判断されたのだ。
ということは残る私は勇者の可能性が大ということだ。
心なしか胸を張って聞いた結果は、意外すぎるものだった。
「お主の職業は…………掃除婦じゃ」
「そ、掃除婦……?」
異世界に来て、まさか私は掃除婦という職につくことになったのだった。
※
少し前、私が異世界転移してきた時の話に戻ろう。
私は唐金柚子葉、どこにでもいる陰キャで、オタクな女子高生だ。
いつものように学校へ行き、授業を受け、放課後掃除をしていたはずなのに、ふと目が覚めると、そこは見慣れない洞窟の中だった。
頭に痛みがあり、意識も朦朧としている。
頬につく固いが冷たい地面が心地よく、また眠りについてしまいたい欲求に支配されそうになるが、私の文化人のプライドが地べたで寝続けることを許さなかった。
(学校にいたはずなのに……、ここはどこなの?)
何故私がこんなところにいるのか、直前まで何をしていたのか、よく思い出せない。
気怠い体に鞭打ち、無理矢理起き上がって、周囲を見回してみた。
ここは小さな洞窟の入り口付近のようだ。外から明るい光が差し込んでいるため、昼間だとわかる。
周囲には、私以外にも寝ている生徒がいた。
男子が二人、女子が一人で、私以外には計三人。みんなスヤスヤと寝ている。
三人とも見覚えのある顔で、同じクラスのメンバーだ。
彼らも私と共に、ここへ連れてこられたのだろうか。
時間を把握しようと、ポケットに入っているスマホを探るが見当たらない。
ここに連れてこられる最中に落ちたのか、奪われたのか、そのどちらにせよ、私の持ち物は、今身に付けている衣服だけのようだった。
私は、洞窟の入り口から辺りを見回す、洞窟の外は森の中で、乱雑に生えた樹木が、ここが天然の森だと物語っていた。
周囲に人らしい人はいなさそうだ。
私は倒れている彼らのことは一先ず放っておいて、何故自分がこんなところにいるのか少し考えてみた。
誰かの思惑でこんな洞窟に放置されたのだろうか。
拘束されていなかったことから、もし誰かの犯行ならここへ私達を連れてくるのが目的と思われる。
もう一つの可能性は、自分でここに辿り着いたが、なんらかの理由で記憶をなくしたか、だ。
誰かの手のものなら、私の貧相な頭ではデスゲームに巻き込まれて~とか、そんな二次元に影響されたような発想しか思い当たらない。
もう一つの可能性の、ここまでの記憶がない場合、なんらかの悲惨な出来事にあって、自己防衛のために記憶を封印した可能性が現実的かなぁ。
仮にデスゲームだった場合、今のうちに周りの人間を殺して置いた方がいいのかもしれかいけど、さすがにその可能性は著しく低いため、二番目の記憶がない方に賭けることにした。
人殺しなんかしたくないし。
取り敢えず、ここでじっとしているわけにもいかないし、周りを起こさないことには始まらなさそうだよね。
まず、寝ている女子に近づいた。
私はオタクで、あまり男子と話すこともないため、真っ先に声を掛ける相手は女の子を選んだ。
近づいてその子を見ると、同じクラスの女子だった。
名前は、杜若瑠璃、クラスのアイドル的な存在だ。美人で社交性もあり、勉強も運動もそつなくこなす。みんなの憧れのような女の子である。
これは、ダメだ。私にはレベルが高すぎる。
リア充の頂点にいるような女子にこちらからアクションするとか無理すぎる。
私は、他の男子二人を見た。
リア充の頂点女子よりは冴えない男の方がまだマシだ。
一人目は確か灰桜鴇、教室で隣の席に座っている男子だ。少し茶髪に染めた髪をワックスでセットしていて、シルバーリングを指にはめ、校則ギリギリで生きているのが見て取れる。
リア充怖いこいつも無理。
もう一人の男子を、近づいて見る。
確かこの子は、蘇芳真朱。小柄で女顔、気があまり大きくないのか、クラスメイトに女っぽいのを揶揄されても言い返せず、ただ苦笑いを浮かべるような子だ。
よし、起こすのはこの人にしよう。
気が小さそうだし、地味だし、オタクの私からしても親近感がある。
私は蘇芳君の体を揺すりながら声を掛けた。
「もし、もーし。朝ですよー、起きてくださーい。蘇芳くーん」
少しそうやって揺すっていると、蘇芳君は重たそうに目を開けた。
私を誰だか認識できてないのか、寝ぼけているのか、彼は目を開けた状態で止まってしまった。
「ああ……確か、柚子葉ちゃん?」
「そう、だよ。大丈夫? 怪我とかないかな?」
「う……、うん、大丈夫。えっと、ここは……?」
蘇芳君は、自分がいる場所を把握するかのように、辺りを見回した。
そして、倒れている二人に気が付き顔面を青くする。
「た、大変だ! 二人とも大丈夫!?」
駆け寄って二人を揺すり起こす蘇芳君。
いいぞもっとやれ。リア充とは積極的に関わりたくないから私はここで静観しておくからな。
瑠璃の方が先に起き上がり、頭を押さえながら周囲を見回していた。
灰桜君も、少し遅れて呻き声を上げながら目を開けた。
「ここは……」
「っ!! 何だよここは!?」
急に覚醒した灰桜君の声に、瑠璃の儚い声はかき消された。
「おい! 蘇芳どこだ! どうなってるんだよ!?」
灰桜君は、混乱した様子で蘇芳君の肩を掴み、怒鳴り声を上げた。
気の小さい真朱は、竦み上がってしまい悪くもないのに「ごめんなさい」と謝罪していた。
危なかった、私がやつを起こしていれば、不条理に怒鳴られていたのは私だったのか。危ない危ない。
「灰桜君、ちょっと落ち着いて。蘇芳君大丈夫?」
クラスのマドンナの存在に気が付き、灰桜君は頬を少し赤らめて、ばつが悪そうに蘇芳君を掴んでいた手を引っ込めた。げんきんな男だ。
「蘇芳君、何か知っているの?」
瑠璃は蘇芳君を真っ直ぐとらえて、質問した。
真朱は少しほっと胸を撫で下ろし、しどろもどろながらも、答え始めた。
「し、知らない。僕も唐金さんにさっき起こされたばかりで。二人が倒れていたから急いで声をかけたんだよ」
そこで、三人の視線が、輪から外れたところから傍観していた私へ集まる。
「わ、私もさっき起きたばかりで何もわからないよ」
三人は、私からすぐに視線を周囲に戻した。
一言で存在が空気になる。オタクの存在感なんてこんなものだ。
「ったく、なんで俺達こんなところにいるんだ?」
洞窟の壁を軽く叩きながら鴇がぼやいた。彼はポケットに手を突っ込み何かを取ろうと弄ったが、何もないことに気がつき、急に焦ったかのように己の身体を両手で叩いて確かめ始めた。
「スマホがねぇ……」
その台詞に他の二人も気が付き、自分の携帯電話の所在を確認するが、二人もなかったようで、落胆の色を浮かべた。
「誰かにとられたのかな?」
「だろうよ。クソっなんだってんだよ!」
瑠璃は不安そうに下を向き、灰桜君はわかりやすいようにイラついていた。
現代人の依存度が高いスマートフォンが奪われたことに対し、みんな不安を煽られ、場の空気がいっそう悪くなった。
スマートフォンは便利な機器であるために、喪失したときの穴は大きい。
コミュ障で、他人とコミニケーションを取ることにはあまりつかっていなかった私ですら、アプリゲームの体力を消費できないことに苛立ちを感じているし、リア充が知人と連絡が取れないストレスは大きいのだろう。
「私達、最後に何してたっけ?」
杜若瑠璃が、重い空気を変えるためか、周囲に問いかけた。それに、蘇芳君が、頭に手を当て熟考するような格好で、ゆっくりと答え始めた。
「えーっと、僕が覚えているのは、帰りのホームルームをしていて……。その後、どうしたんだっけ?」
「とりあえず、俺ら同じ班だったよな?」
「そうだね、確か私たち、この前の席替えで同じ班になったよね、それで……あっ!!」
瑠璃が何か思い付いたかのように、目を丸くした。
「そうだよ、私たち校舎裏の掃除していたんだ。班の当番で四人で。」
「そ、そうだ。箒で集めた落ち葉を、俺ら全員でゴミ袋に移し替えて、それで……畜生、そこで記憶がねぇ……」
灰桜君は悔しそうに、下唇を噛む。
ああそうか……
あの時……
オタクの私は、ある一つの可能性を思いつく。
いや、でも、まさか……
“異世界転移”
でも、こういう場合は転生するんじゃ?
こんな状況、深く考えても仕方がない、事実こうしてここにいるわけだし。
今、この場で、このファンタジーな可能性を他のメンバーに話すことはしない。誰も信じず、馬鹿にされるとがオチだ。
それにここは洞窟で、外は森。
まだ、ここが異世界だと、確定する要素は何一つないのだから。
「もしかして、僕たち、誰かに連れ去られたのかな?」
蘇芳君が恐る恐る口を開く。みんなの視線が蘇芳君に集まり彼は、思わず視線を下へ向け、小さい声でまた「ごめん」と口にした。
「うん、蘇芳君の言う通り、私もそうじゃないかと思う」
瑠璃は、あえて蘇芳君の名前を強調して賛同した。彼にに気遣ったのだろう。
さすが、クラス1の人気者。心配りができている。
「でも、意味わかんねぇよ。拘束もしないで洞窟に放置とか」
灰桜君は納得がいってない様子だ。
私も、これがただの人攫いだとしたら、意味がわからない。
「えっと、馬鹿にされるかもしれないし、聞き流してくれて構わないんだけど……」
蘇芳君が目を泳がせながら、もごもごと喋り出した。
瑠璃は優しい笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷き暗に続きを促した。
「本当、突飛な妄想なんだけど、例えば僕らを適当に攫ってウイルス兵器に感染させて、人里に合流させて感染させるとか……」
「はぁ!? 何で俺らなんだよ!」
「ひっ、ごめんなさい」
灰桜君の怒鳴り声に蘇芳君は完全に萎縮してしまっている。
オタ心をくすぐる推理だからもうちょっと聞いていたかったのに、灰桜鴇自重しろ。
「灰桜君ちょっと落ち着いて」
瑠璃にキツめに注意され、灰桜君は勢いを削がれしゅんと項垂れた。
マドンナ効果すげー。
「唐金さんはどう思う?」
マドンナはあろうことか、話題の矛先を私へ向けた。
この空気で、異世界転移ではないかなんて言ったら、ただの阿呆だ。これだからオタクはと思われるに違いない。
「あ、と…特にないかな」
そういえば、私がオタクだってみんな知っているのかな。
あえて主張はしていないし、一応見た目は清潔になるよう心掛けているけど、リア充に比べれば地味だし、一見してオタクとわかるから、特に隠してはいないんだけど。
まあ、周囲はそもそも、私に興味なんかないと思うけどね。
「そっか、まあ、私もこれといって思い当たる節があるわけじゃないんだよね、ごめんね、いきなり話振っちゃって」
瑠璃は、両手を口元の前で合わせてごめんの仕草をした。
さすがリア充の頂点、フォローもさり気ない。私は、気にしてないことを伝えるため首を左右に振った。
瑠璃は私の反応にニコリとした後、再度一同を見渡した。
この場の主導権は全て彼女が握っていた。まとめ役になれる子が転移組の中にいたのが唯一の救いだ。
「みんな、とりあえず、ここ出ようか? どんな理由にしろここで閉じ籠っているわけにもいかないし」
誰も彼女の意見を否定しない。
連絡手段もない今、この洞窟に滞在してもなんの解決にもならないのは、誰もがわかっている。
真朱は若干不安そうだが、外に出るほかないことは理解しているようだった。
「うっし。じゃあ、そこら辺で武器になりそうなもの探そうぜ」
灰桜君は、少し楽し気にみんなを先導した。
冒険的なものにワクワクしているのだろうか、いかにも男子らしいなと思った。
偉そうに語れるほど男を知っているわけではないのだけれど、うちのリア充の弟も、田舎に行った時に森や山で目を輝かせて楽しそうにしていたし、間違ってはいないと思う。
こうして、私たちは、洞窟の中から早々に出ることにした。