美味しく焼けました
さて、地獄猪を倒すのに洗剤ではなく、塩を使ったのには理由がある。
それは勿論、食べるためだ。
洗剤まみれでは食べることはできないが、塩なら平気だ。味付けにもなる。
渡がいるから火も使えるし、久々の蔦以外の食事にありつくことが可能なのだ。
「この巨体どうやって解体したらいいんだろ……」
「解体?」
「そう、さすがに捌かないと食べられないし」
「えっ? 食べるでござるか?」
「えっ? 食べないの?」
渡と上手く意思の疎通がとれない。
火があって、肉があって、食べる以外の選択肢があるの?
「まあ、解体なら拙者が出来るでござるが、妖を食べるなんて聞いたことないでござるよ」
「私、ここに来てから蔦の妖しか食べてないけど」
渡に、箱に入れてある塩漬けにされた蔦を見せた。
「これ、食人草でござるか!? も、もしや、柚子葉殿が一人で倒したでござるか?」
「食人草って名前かはわからないけど、大きくて蔦を操る妖ならそうかな」
「掃除婦の柚子葉殿が一人で?」
「これ見たでしょ、嘘じゃないって」
「し、信じらない……」
どうやら、蔦の妖……食人草は相当危険な妖のようで、この洞窟内では地獄猪並みに出会ったら助からない妖の一匹なのだそう。
食人草は人を蔦で捕らえ、本体へ投げ込み食べてしまう。
魔法は一切効かず、剣で切っても次々と蔦が生えてきて物量に負けてしまうそうだ。
そんな食人草も、流石に魔法耐性はあっても、洗剤には耐性なかったようだ。お陰で私には簡単に倒せた妖だ。
洗剤を戦闘に使うなんて、普通しないし仕方ないね。
相手が悪かったのさ。
渡は、眉間に指を当て難しい顔をした後、大きくため息を吐いた。
「まあ、地獄猪の解体をやってみるでござるよ、心臓が止まっているから血抜きに苦労するかもしれないがよいか?」
「ありがとー、ってか渡すごいよね、解体できるとか、猟師か何かなの?」
「武士なら普通に持っている技でござるよ、解体の技術を得て、敵のどこを断てばいいのかを見極めるでござる」
「へー、渡って案外凄い武士?」
「いや、まだまだ修行中の身でござる」
謙遜なのか、本当にそうなのかは、私には判断出来ない。
けれど、単身こんな洞窟に乗り込んで来る辺り、そこそこ腕があるのは事実なのだろう。
私はやることもなく、しばらく渡が解体するのを横で見ていた。
地獄猪は生きているときこそ鋼鉄の防御を持っていたが、死んだことによって肉質が柔らかくなり刀を差し入れやすくなったようだ。
魔力か何かで固い肉壁を作っていたのかもしれない。
「柚子葉殿、水を出して貰えるか? 血を洗い流したいでござる」
ある程度切り込みを入れた段階で、渡がそんな要求をしてきた。
「お安い御用」
私は水を操り、地獄猪の血を流していく。
水撒きの特技のお陰で液体を自由に動かすことが出来るようになったのだ。
今までは任意の場所に出現させて落とすしか出来なかったけれど、この特技のお陰で色々な動かし方を出来るようになった。
その後二人で巨体に手こずりながらも協力し合い、無事綺麗に解体することが出来た。
「お疲れ様、じゃあここから料理だね」
「ほ、本当に食べるでござるか?」
「うん、食べなきゃ死んじゃうし、渡は食べないの?」
「拙者は魔力で数週間は空腹をしのぐ事が出来るでござる、食べる必要はないでござるよ」
「まあ、そう言わず。渡も一緒に食べようよ、一人で食べてもつまらないし」
「いやぁしかし、ぐぬぬ……」
私は渡を説得しつつ、肉を火にかけるように促した。
渡は、刀の先に塩で味付けした肉を刺し、刀身に炎を纏わせこんがりと焼いていく。
刀をこんなに便利に使うなんて、渡は武士なのに刀を道具としてしか見ていないようだ。
日本の武士は刀は武士の魂というイメージが私にはある。あくまで私のイメージだから、実際にはどうなのかはわからないけれど。
「焼けたでござるよ」
「ありがとう、ちょっと冷ましてから食べるね」
熱々すぎるため、しばし温度が下がるのを待つ。
まだかな、まだかな。
久々のたんぱく質だ、楽しみで涎が口の中が一杯になってしまった。肉はあまり好きじゃないのだけど、今回ばかりはご馳走に見える。
そろそろ火傷しない程度には冷めてきた、冷めたといってもまだまだ熱々だけれど。
肉の塊にふーふーと息を吹き掛け、大きな口を開けかぶり付く。
か……固い……。
でも、美味しい。
噛みちぎりづらいし、クセは強いし、大味だけど、美味しい。
私はガツガツと肉に食らいついた。
「渡も食べようよ、私はお腹ペコペコだったから美味しいけど、渡が食べても悪くないと思うよ」
「そ、そうでござるか……?」
渡も小さく口を開けパクリと肉を食べた。
「ん、んーー、うーむ……拙者には無理でござる」
渡は一口食べただけで顔を背けてしまった。
よっぽどの空腹じゃないと、妖って美味しくはないんだろうね。残りは私が食べるからいいのだけど。
「そういえば渡って、何で鬼領に行こうと思っているの?」
「いや……何というか」
「何よ、勿体ぶって秘密の任務か何かなの?」
「い……いや、そういう訳では……」
渡の目は宙を泳ぎ、そして小さく溜息をつき、観念するかのように行動理由についてポツリポツリと語り出した。
「お……鬼の姫に一目惚れしたでござる」
「へー、って、鬼の姫!?」
鬼と人間が恋に落ちるなんてあるのか、双子の姫に憎むべき敵のように言われていたから意外だ。
「鬼と恋愛ってアリなの?」
「少ないでござるが、ないことはないでござるよ」
「そうなんだ」
国同士は仲違いしているけれど、個人単位では人によりけりなのか。
この世界について少し勉強になった。
「一目惚れした相手に会いに行くなんて素敵だね、どんな人なの?」
「昔、鬼ヶ島に住まう時雨氏の姫でござる。職場に向かう途中で遠くから一瞬だけ姿をお見掛けして、それで一目で恋に落ちたでござる」
「ほうほう、素敵だね」
一目しか見てないのに相手に惚れるのってちょっと怖い。
リア充だと普通にある事なのかな、恋愛未経験の私にはよくわからない感覚だ。
「そ、そうだ、柚子葉殿には恋する相手はいないでござるか?」
「あー私そういうの全然ダメだから、よくわからないし、興味もない」
百合の美少女がイチャイチャしているので幸せだし、という言葉は飲み込んだ。
非オタに言っても、はてなマークしか浮かばないだろうからね。
私のリアルの恋愛経験なんて、高校に入って私に何度も告白してきた物好きな先輩がいたけれど、まったく興味が湧かなかったから何回もお断りした程度だ。
「柚子葉殿はせっかく美人さんなのに勿体無いでござるな」
「美人じゃないって」
サラっと美人とかいう辺り女に慣れてそうだなぁ。
彼女とかいたことあるのかな?
ラッキースケベする男が彼氏って大変そうだ。
「じゃあ食べ終わったし、そろそろ行きますか」
私は残った大量の肉や残骸を道具袋にしまった。内蔵や骨など、使えない死骸をしまう私を渡は不思議そうに見ていた。
説明するのが面倒なので、そんな渡に掃除しているとだけ、私は答えたのだった。




