ドスファ……猪との死闘
私と渡は、地鳴りがする方を回避するように進んでいた。
地鳴りの主は私達に気がついているのか、こちらの方をゆっくりと追っているようだ。
渡の持っている地図の情報を確認しながら進みたいのだが、敵を避けながら進むのは非常に難しく、上手く目的の方向に進むことができずにいた。
「地獄猪って賢いのね」
「ん? そうでござるか?」
「私達、今、追いつめられているもの」
地図を見ると、私達が袋小路の方に逃げざるを得ないように敵が動いているのがわかる。
相手の地響きが大きくて位置を特定できないことから、大雑把な方向に離れるように逃げていたのが裏目に出た。
今私達には、確実に逃げられる道がない。
渡の説明によると、地獄猪はその巨体が目一杯四方を塞ぐような、こういった道の狭い洞窟内に生息し、敵を行き止まりまで追い詰めて大きな二つの牙で刺し殺して食べるそうだ。
魔法や攻撃がほぼ通らない固い防御力もある上毒も効かないため、追いつめられるとなす術なく牙につかれてしまうという。
ただ動きが非常に遅いため追い詰められさえしなければ脅威ではないそうなのだ。
しかし、今、私達は追い詰められつつある。
目の前の曲がり角を曲がるしかないが、そこを進むと行き止まり。
よって、何もしなければ負け確定である。
「ユズハ殿、このままだと助からないでござるよ」
「わかってる、迎え討つから覚悟して」
「魔法も攻撃も通らない敵でござるよ?」
「手はあるから、渡にも協力してもらうよ」
猪のスピードは遅い、まだ時間はある。
まずはトラップを作り、敵の足止めをする準備だ。渡には小さくなってもらい、私の上着のポケットに入れた。
曲がり角を曲がり、十メートルぐらいの距離の床にワックスを満遍なく生成し撒いていく。
それを一瞬で乾かし、それから塗って乾かす作業を三回繰り返した。
ワックスのレベルが高くなったことにより、瞬時に乾かすことが可能になったのだ。塗ったワックスの上に剥離剤を生成し、それを撒いていった。
これで簡易トラップは完成した。
後はここで地獄猪が到着するのを待つだけだ。
「柚子葉殿、これは一体何をする気でござるか?」
「まあ見ていて、地獄猪が来たら渡を猪の方に投げるから、渡は地獄猪の目を狙って」
「目でござるか? 確かに目は柔らかく唯一攻撃が通じる部位でござるが、それだけでは地獄猪は倒せぬでござるよ」
「一瞬隙を作れればいいの、後はこっちがやる」
「いやしかし、柚子葉殿は掃除婦でござろう。無謀でござる!」
「来た」
地鳴りをさせながら、地獄猪がこちらへ姿をゆっくりと現した。
地獄猪は洞窟の道一杯の巨体に、黒に近い茶色の毛皮を纏い、二本の鋭い牙を携えていた。
毛の色と牙は猪を思わせる部分があるが、目は猪とは違って顔の中心に大きな瞳が一つ付いていた。おそらく環境と狩りの仕方から、目の前だけ見ればいいため、そのように進化したのだろう。
地獄猪の威圧感は半端ない強さで、背を向けて走って逃げたい衝動にかられたが、ここを動いたら負けは確定。
逃げ出さないように足を踏ん張り、己に気合いを入れた。
猪はじわじわとマイペースにこちらへ近付いてくる
。今まで死地を潜り抜けたことなどないのであろう。何の警戒もせず、用意された食事に有り付くような余裕を見せていた。
地獄猪が一歩踏み出し、ついに剥離剤エリアに一歩を踏み入れた。
すると猪は呻き声を上げながらバランスを崩し、ずるりと巨体を揺らしながら壁にもたれ掛かってしまった。
地獄猪は足元が滑り上手く進めないことに焦りを感じているのか、必死に足をジタバタさせては、壁や床に身体をぶつけていた。
「渡、投げるよ! 地獄猪の目に刀を突き刺してこい」
「ちょ、待っ!!」
渡を、地獄猪の顔面辺りを目掛けて、思いっきりぶん投げた。
「ごふぅっ」
大の字に猪の顔にぶつかった渡は、落ちそうになったところを体勢を立て直し、毛を掴みながら地獄猪の顔面を駆け上がっていく。
手足が短い上に、剥離剤に足元を取られている不安定な状況では、地獄猪に渡を振り落とすことは出来ない。
渡は地獄猪の目に到着し、体と共に小さくなった刀を思い切り突き立てた。地獄猪の目から緑の液体が飛び散り、渡の顔を汚す。
地獄猪は、目をやられた痛みで大きく口を開き、叫び声を上げた。
今だ――。
開いた地獄猪の口内目掛けて、生成した塩を大量に流し込む。
地獄猪は吐き出そうとむせ込んでいるようだが、次々と流し込むため、その行動は無意味でしかない。
その状態でしばらく経つと、地獄猪はピクリとも動かなくなった。
「勝った……」
作戦が上手く功を奏したようだ。
ワックスを塗り、その上に剥離剤を塗布すると、ワックスが剥がれ超簡易な滑る床を作ることが出来る。
足止めさえ出来れば、あとは口を開けさせて、毒ではない大量に摂取したら体に悪い物を何かしら突っ込めば倒せる。そんな簡単な算段が今回は上手くいった。
私はその場で嬉しさのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだが、一方地獄猪に飛び乗っていた渡は、ただ呆然としながら地獄猪の口から溢れる大量の塩を見ていた。
「これは、ひどい……」
「ん? 渡、何か言った?」
「いや、何も言っていないでござるよ!」
せっかくの勝利なのに渡はあまり喜んでないな、武士だからこの程度の修羅場はなんてことないのだろか。
何だかテンションが低い渡は置いておいて、私は水を生成し辺りの剥離剤を流し、猪の周りを綺麗にした。
「渡、いつまでもそこにいないで降りてきたら?」
「そ、そうでござるな」
渡は元の人間大のサイズに戻り、地上に降り立ったところ足を思い切り滑らせ、その勢いで私の方へ突っ込んできた。
抱き止めることが出来ず、そのまま渡が覆い被さるように私は地面に押し倒された。
「いったぁ」
「す、すまぬ」
私の上に乗っかている渡の手が、私の胸を鷲掴みにしていた。
「いやあぁあああぁぁぁ!」
「わ、わざとじゃ……、ひぎゃ」
私は叫び、無我夢中で渡を押し退けた。
その後、渡の頬には紅葉痕が綺麗に刻まれたのだった。




