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お掃除クエスト  作者: ちゃー!
異世界へ
17/107

雑巾さんは運命の相手?

 大きな水飛沫を立て、私は水中に真っ逆さまに落ちた。

 鰐に跳ね飛ばされ落ちた先が、どうやら池だったようだ。

 地面に叩きつけられることはなかったが、服が水を吸い、水中で上手く動くことができない。


 苦しい……早く水面へ上がらないと。


 私はなんとかもがいて、水上へ顔を出すことが出来た。


「ぷはぁー!」


 死ぬかと思った……。手で軽く目の周りの水を拭う。

 取り敢えずどこか岸に上がろうと周囲をぐるりと見渡すと、水面の一部に赤く染まった場所があることに気がついた。


 血だ……


 先ほど私が落としたと思われる鰐に、オレンジ色の小型の魚の妖が大量に群がり、鰐の血肉を引き千切り、我も我もと鰐肉を喰らっていた。

 その様はまるでピラニアを想像させた。


 マズイ

 ヤバイ

 逃げなければ……


 私は、魚達とは反対側にある岸へ向かった。

 服を着ているせいか上手く泳げない。

 服がない方が早く泳げるが、服を脱ぐと噛みつかれた場合にダイレクトに肌を抉られてしまうし、水の中に生息する変な寄生虫の侵入を防ぐためにも脱ぐ選択はなしだ。


 多少深さはあるが、小さな池で岸までの距離は短いし、幸いまだピラニアは鰐肉に夢中でこちらには気がついていない。今のうちに速やかに移動すればなんとかなりそうだ。

 私はパニックにならないように心を落ち着けながら、ゆっくりと岸まで泳いでいった。


(あと、少し、もうすぐ着く)


 残り岸まで数メートルのところで、鰐肉を食い尽くしたのか、一部のピラニア達がこちらへと方向を変えた。

 来る――。

 岸まで急いで泳ぐが、私のスピードでは魚に敵わない。すぐに追い付かれてしまうだろう。

 数匹のピラニアがこちらへ泳いできた。

 岸まで手が届こうとした時、ピラニアに追いつかれ、最初の一匹が私を食い殺すべく牙を向けた。


 噛みつかれる、そう思った瞬間、水中を自由に泳いでいたピラニアが苦しそうに口をパクパクとし、水面に横たわるように浮かび上がった。


(よし、間に合った!!)


 私の方へ来ていたピラニアは、殆どそのような様子で次々と息絶えていった。

 その隙に、最後の力を振り絞って岸に上がり、その勢いで寝転び、荒れる息を整えた。

 今度こそ死ぬかと思った。


 私は先程水中で、周囲に大量に洗剤を生成しながら移動し、近づいてきたピラニアを洗剤漬けにし倒す作戦を実行していた。

 妖のピラニアがどの程度の洗剤量まで耐えられるのか基準もわからなかったから、兎も角自分の限界まで生成した。無事致死量まで足りたのは奇跡といっていいだろう。

 助かったと実感したら、身体の力が一気に抜けた。


「はぁ、はぁ……」


 疲れた、立てない……。


 鰐から全力で逃げた後に、服を着たまま力一杯泳いだのだ。

 スポーツもやっていない女子にはキツすぎる運動だ。

 体勢を変えようと、おもむろに足を動かしたところ、足に激痛が走った。


「っ痛!」


 そうだ、鰐に足を引っ掻かれたのだった。薬草で治療しないと。

 私は袋から薬草を取り出し食べると、見る見るうちに傷が治っていった。

 薬草を買っておいて本当によかった。


 その状態で暫く息を整え、立ち上がる。

 服を脱ぎ、濡れた服を搾りまた身に付けた。

 濡れた服がへばり付いて気持ち悪いが、乾かしている時間はない。さっさと、この場を去らなければ。

 水場の近くになんていたら他の妖に遭遇しかねないし。


 私は自分が落ちてきた方向を仰ぎ見る。

 鰐に落とされ、洞窟のさらに下層に来てしまったのは痛い。

 これでまた、地上まで遠くなってしまった。


「このまま一生ここでサバイバルしながら過ごすことになったらどうしよ……」


 それは、絶対嫌だ。何としても避けたい。

 でも、私が脱出する頃には鬼退治も全部終わってましたー、とかは高い可能性としてあり得るな。


 そうだ、今のステータスを確認しよう。

 私は移動をしながら、巻物を取り出し確認した。


 掃除婦 弐拾


 特技

 雑巾拭き、箒がけ、モップ拭き、雑巾絞り、

 モップ絞り、窓掃除、床掃除、ワックスがけ、

 剥離、水撒き、ガム剥がし、油除去、

 カーペット清掃、ゴミ取り、バキューム使い


 技

 洗剤生成 拾、害虫駆除 陸、害獣駆除 参、

 掃除人の底力 拾、洗濯人 弐、死体処理 捌、

 草刈り 弐、殺菌 参、消毒 弐、掃除人の見極め 弐



 特技の方は新しいものをかなり習得していた。

 掃除できる幅と装備が増えた感じだね。

 技の方は、どうやらレベル拾が最高のようで、洗剤生成と掃除人の底力がどうやらカンストしたようだ。


 洗剤生成はカンスト特典として、これまで何倍もの量の洗剤を一度に作れるようになった。

 二十五メートルプール一杯分ぐらいらしい。

 何百トンの世界だね、はい。

 掃除人の底力の方の特典は、汚物を素手で触っても何の不快感も感じなくなるとあった。


 いや、やらねーよ?

 本当やりませからね!


 で、他の特技は殺菌と害獣駆除と掃除人の見極めか……。

 害獣駆除と殺菌と消毒は名前の通りそのまんま。

 動物を倒しやすくなる害獣駆除と、菌を殺しやすくなる殺菌、消毒は身体に有毒なものを緩和する力があるようだ。

 掃除人の見極めの項目をみると、 掃除に必要な道具や洗剤量、人数の予想がつきやすくなるスキルのようだ。


 色々とサバイバルに応用できそうな技が増えた。

 お陰様で、また一つ自分に自信がついてきた。


 そうなると、武器になる道具がまた何か欲しいな。

 スクイジ&シャンプーは鰐と戦う時に使い捨ててしまったし、私の手持ちの武器は、また雑巾だけになってしまった。

 まるで雑巾が、私に雑巾をメインで使えと言っているように感じる……。


 “私しかいないんだよ、貴女と真に結ばれているのは私、貴女は私を使うしかないのよ”


 雑巾さんがヤンデレ美少女だと思ったらなんか萌てきた。

 あまり使う予定はないけれど。

 悲観していても仕方ない。こんな状態でネガティブになりすぎると心が潰れてしまう。

 もし側に誰かいたら、もう少し元気でいられたのだろうか。もしもの事なんて考えても無駄か……。

 私はまた分かれ道は右へ右へと進んでいた。

 水に濡れているせいか、階層が下がったせいか、寒気が私の肌を包んでいた。

 両手に息を吹き掛け寒さを誤魔化しながら歩みを進め、しばらく歩いた先で適当な行き止まりを見つけた。ここなら休息を取れそうだ。

 今いるフロアに妖の数は少ないのか、今までまったく出会わない。

 それの意味することを後々理解するのだが、現状は束の間の安寧に心を穏やかにしていた。


 命の危機に晒されるのは、こんなに精神を疲弊するものなのか。

 妖が出ないのはありがたいけれど、そろそろ蔦もなくなってきたから新しい食料が欲しいところ。

 レタスの妖とか出ないだろうか、好物のレタスを思い出しながらお腹を擦った。

 そんな都合良く出てきてくれたら食べ物に苦労しないか。お店で食料が買えるって凄い事なのだとこんな状態になって認識することになるとは思わなかった。

 人間が作り出した生きやすい世の中と隔絶された洞窟で、私は生きて出ることが出来るのだろか。


 座った状態で足を伸ばすと、ジメリとした服が体にへばり付き、それが体温で温まりなんとも言えない気持ち悪さを醸し出していた。

 そういえば、服が濡れていたんだった。

 服を少し乾かそうと下着のみになり、岩に服を掛けた時、何がが上から落ちてきて私のブラジャーの中に入った。


「ひゃっ!」


 虫? 妖?

 ブラの中で“それ”はもがくように動き、中にある私の突起を思い切り掴んできた。

 その物体は丁寧に愛撫するように、私の胸の飾りを握る手を強めたり緩めたりしている。 


「やめっ……」


 私は立ち上がり、振り落とそうとブラを外すと、今度は“それ”が下の方へ落ちていき、私のショーツを掴み下へずりおろしたと思えば、そのショーツの中に潜り込んでいった。


「ひゃっ! ヤダッ! そこは掴まないでぇ……あっあっいやっ……ダメぇ……あっ、ひぐぅ!!」


 熱くなった全身から力が抜け、膝から地面に崩れ落ちると、何故だか私は男の人の顔の上に跨っていた。

 私と地面の間にある見た事もない男の出現に私の気は動転し、妖の存在も忘れ思い切り叫んでしまった。


 ※


「すまぬでござる。拙者がご迷惑をかけたようで」


 私の目の前には、頬に紅葉痕をつけた男が正座していた。

 年は二十歳前後で、身長は180センチぐらいだろうか。長い髪を一つにまとめていて、目が大きく、凹凸の少ない輪郭が身長に不釣り合いな幼さを感じさせるが、吊り上がった濃い眉が年相応の男らしさを感じさせた。


「あなた誰? なんであんなとこにいたの?」


 私は半泣きで男を問い詰めた。あんな目に合ったのに半泣きで抑えてる自分を褒めて上げたい。


「あんなところとは、其方の股間と下着の間にということか?」

「もう一回殴ってもいい?」

「ははは、冗談でござるよ。実は拙者は魔力で一寸の大きさまで小さくなることが出来るのでござる、巷では一寸武士と言う名で通っているのでござるよ」

「で?」

「そんな怖い目で見ないで欲しいでござる、綺麗な顔が台無しでござるよ」

「で!?」

「うう……、拙者、実はある理由で鬼領を目指していたでござる、ただ簡単に人が鬼領の境を抜けることは不可能、だからこの洞窟を通って鬼領まで行くことにしたでござるよ」

「やっぱりここって、地上に繋がっているの!?」

「繋がっているでござるよ、ただ強力な妖が其処彼処にいて通常なら通り抜けは不可能、だから拙者は小さくなって隠れながら進んでいたでござる、その途中で足を滑らして落ちた先が、其方の下着の中であったでござるよ」


 ということは、やはり下着の中で蠢いていたのもこいつだったのか。

 私は、こいつに……うぅ、泣きたい。


「一応これは事故で、他意はなかったわけね」

「もちろんでござる。何故か拙者は昔から、わざとでないのに女性に破廉恥な行為を働いてしまう体質でござってな、転んだ先に女性の胸があり、いつの間にかそれを揉んでいるなんてことは日常茶飯事なのでござる。さっきも何か柔らかいものに落ちて無我夢中でもがいて、なんとか元の大きさに戻ったらあんな状態でだったでござる」


 どうやら一寸武士とやらは、気色の悪いことにラッキースケベの体質があるようだった。

 事故なら仕方ない。泣きたい気分だが、泣いている場合でもないしね。

 それに、ここから出ることが出来るというのは良い情報を聞いた。出られないかもと心のどこかで思っていたのも事実だし、これからの旅に希望が持てた。


「そういえば、私の名前言ってなかったよね、唐金柚子葉、見ての通り掃除婦。あなたは一寸武士さん?」

「一寸武士は通り名でござる。名前は鳥塚渡、渡と呼んでいただきたい」

「そ、渡ね、ここから出るための道程は知っているの?」

「大体は、わかるでござるよ」

「じゃあ、その道教えてもらえる? 道に迷って困っていたの」

「お伴して案内するでござるよ」

「道だけ教えてくれればいいから」


 私は満面の笑みで、渡の申し出を断った。

 ラッキースケベを発動する男と旅なんかできるか。


「拙者は役に立つでござるよ、柚子葉殿は掃除婦でござったな、ということは魔法が使えないのでないか? 拙者は基本的な魔法なら一通り使えるでござるよ」

「えっ? もしかして、火の魔法とか使えたりする?」

「はぁ、簡単なものであれば」


 火の魔法……火で料理が作れる。

 蔦の塩漬け以外のものが食べられる。


「よし、渡。一緒に行こうか」

「有難い、一人では心細かったでござるよ、よろしくでござる」

「うん、よろしく」


 無意識のラッキースケベ発動は困るが、こちらが気を付けて防ぐしかないだろう。

 魔法が使えて道案内も出来るなら仲間として十二分に役に立つしね。


「あれ? 何か聞こえない?」


 何だろう、地鳴りのような音が聞こえる。

 何か巨大なものが移動しているような……


「この地鳴りは地獄猪の足音でござる、ここら一帯の主でござるな」

「どんな妖なの?」

「見た目は猪に似ているでござるが、動きは遅く、巨体で、目の前に入った生き物は強力な力で全て食い尽くしてしまう恐ろしい妖でござるよ」


 だからこのフロアには妖一匹いなかったのか……。

 動きが遅ければ袋小路に追い込まれない限りは問題なさそうだ。


「見つかったら勝てないでござる、慎重に進むでござる」

「了解」


 私と渡はゆっくりと移動を開始した。



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