処刑~ある勇者の呟き 二
僕は、鬼の王を名乗る少女の後を、歩く死体のような生気のない様子でついて歩いた。ずっとあの檻の中にいたせいか、上手く歩けず左右にゆらゆらと揺れてしまっていた。
水仙と名乗った中年の男は忙しいのか、面倒なのか、僕を雪羅に預けてさっさと立ち去ってしまった。
今ここは僕とこの少女の二人きりだ。
少女は後ろ姿でも可憐で、僕の様子を見るためたまに振り返ってもまた美しかった。
芸術品になど興味を持った事はないが、彼女の精巧な美しさを目の当たりにすると、美しい物を手元に置いておきたい気持ちがわかった。
僕はそのまま少女に見惚れながら、彼女の後をついて長い廊下を抜け、階段を上がり、ある扉の前に辿り着いた。
「ここが、今から貴方の部屋よ。お風呂へ入って中にある服へ着替えて待っていて。半刻程でまた迎えに来わ」
「そうか……ありがとう」
「!?」
雪羅は少し驚いた表情をした後に、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「えーっと、どうしたの? 僕、何か変なこと言った?」
「なんで、私にお礼なんて言うのよ、貴方おかしいわ」
「見ず知らずの僕の着替えや部屋まで用意してくれているなんて、とっても有り難いよ」
「私は、貴方を閉じ込めているのよ? 普通なら私を憎むべきよ……」
「じゃあ、ここに閉じ込められなかったとしたら、僕は幸せになれたのかな」
過ちを犯し、自殺をして、人も殺したこの僕が——
目の前の少女は、僕の発言に戸惑っているようだった。なんだかその態度だけで、この女の子は悪い子ではないのだろうなと、僕は悟った。
「お礼なんて初めて言われた……」
顔を真っ赤にした彼女はボソリと何か呟くと、途端に身を翻し、僕にさっさと準備しろと促した。
僕は雪羅に言われるがまま、部屋の中へ入った。
最後にもう一度少女にお礼を言って……。
※
風呂へ入り、用意されていた衣服に着替えた。
着物の袴のような台形のズボン、上には着物を一枚とそれを括れる紐のような帯だけだ。
着物の着方はわからないが、これなら僕でもなんとかなりそうである。
部屋の中は、壁掛けの提灯で照らされ、畳の上に座布団と布団と箪笥があり、仕切りに仕える屏風と隅の方にお膳が立て掛けてあった。
これからここが僕の部屋になるのだろうか。そう考えると、少し愛着が湧いてきたような気がした。
座布団の上に座り、雪羅が来るのを僕は待った。
頭上に角もあるし彼女が鬼だというのは間違いないのだろう。それとも鬼になりきる種族で、角はつけているという可能性もある。
そこまで考えて、そんな事どうでもいいことだと皮肉に笑った。
僕の運命は、この鬼を名乗る者達が握っているのは間違いないのだ、僕が思考して結論を得たとして何も変わらない。
地獄に堕ちても僕を苦しめた“青”の記憶は無くならない。彼女は僕を変わらず苦しめ続けるのだ。
これが僕の地獄。
自虐的な笑みが僕の口を歪める。
地獄で結構じゃないか、風呂に入れて部屋が貰えるなら万々歳だ。
「入るわよ」
扉がノックされ、雪羅が部屋に入ってきた。
部屋で一旦落ち着いた状態で見ても、雪羅は儚い雪のように綺麗で、思わずじっと見つめてしまった。
「な、何よ……」
「ああ、ごめん。雪羅が綺麗で見惚れた」
「!!」
雪羅の雪のように白い肌が赤く染まった。
まるで、雪に染み込む血のようで美しい。
「ば……馬鹿なこと言わないで! 褒めたって貴方の待遇は良くならないわよ」
充分良くしてもらっているし、媚びではなく心底そう思っているのだけどな。
僕は、雪羅に苦笑いで答えた。
雪羅は照れ隠しにふん、と鼻を鳴らし、「付いてきなさい」とだけ言ってそっぽを向いてしまった。
彼女の耳は真っ赤になっている。可愛いなぁ。
部屋を出て、彼女の後を追いながら長い廊下を進んで行く。
「僕はこれからどこへ連れて行かれるの?」
「着いたら説明するわ。今は仕事をしてもらうとだけ言っておく」
「そっか」
働かざるもの食うべからず。
住む場所も仕事もくれるなんてとっても有難い。
内容がブラックでも、こんな可愛い子と会えるなら我慢できそうだ。
「着いたわ、ここが貴方の職場」
雪羅は大きな観音開きの扉を開けた。
「これは……」
だだっ広い部屋の右端には、薄い木の板が立てられていて、上面の中心に半円の形の窪みが作られている。その両脇には皮の拘束具のようなベルトが石畳の地面に繋がっていた。
部屋の左側には色々な刃物が飾ってあり、その手前には水道と、人の身長より少し低いくらいの大きな木の樽が五つ並んでいた。
「ここが、貴方の仕事場よ、ここで貴方には処刑と解体をして貰うわ」
「マジですか……」
処刑だけならまだしも、解体までやらせるか。
だから、監禁していたときに、人間のバラバラ死体を見せてきたのかな。
死体に慣らすために、一応手順は踏んでくれていたのか?
「解体したものは、頭、骨、内蔵、肉、それ以外に分けて樽に入れておいて」
「わかった」
「…………」
「どうしたの?」
「嫌がらないのね」
「今更だよ」
「そう……」
雪羅が少し寂しそうな顔をした気がしたけれど、僕の気のせいかな。
「では、まずは最初の処刑をしてもらうわ」
「わかった」
雪羅に、曲線を描いている刀を渡された。柳葉刀という刀らしく、他国から輸入したものなのだそうだ。
手にずっしりと本物の刀の重さが伝わってきて、夢を見ているような感覚だったのが、急に現実味を帯びてきた。
いや、違う。ここは地獄で、処刑もきっとリアルな幻想だ。生身の人間ではない。
そう思うのに、柳葉刀を持つ手が冷や汗で滑り、何度も握り返すはめになった。
「入りなさい」
雪羅の合図で兵士のような恰好をした中年の男が、二人の兵士に挟まれてやってきた。
両サイドの兵士と真ん中の中年兵士は着ている鎧の色や形が違う。おそらく他国の兵士なのだろう。
中年兵士は薬を使われているのか、歩くのもやっとの状態だ。
木の板の上に頭が置かれる。
雪羅が目だけで切れと、僕に合図をした。
中年兵士の横へ歩き、柳葉刀を振り上げる。
柳葉刀を振りかざしたところで僕の身体は震え、止まってしまった。
ダメだ……、振り下ろせない。
首を斬らなければならないのに、体が動かない。
汗が流れ、涙も浮かんで来る。
ここは、地獄なんだ。これが、自殺をし人を殺した僕への罰なんだ。完遂しなくてどうする。
(幻覚だ。これは、幻覚なんだ。振り下ろせ!!)
ダメだ、出来ない。手が、動かない……。
「ねえ」
雪羅が話しかけてきたので、僕は一旦刀を下ろした。
「その処刑される男の経歴を教えてあげるわ」
雪羅は無表情で、僕の方へおもむろに歩み寄ってきた。
僕の右横に立ち、中年兵士を見下ろした。
「この男は人間よ。私達鬼と人間は長く戦をしているの。こいつは敵国の兵士」
「捕虜?」
「違うわ、この国で捕らえたの。犯罪者として」
「……犯罪者」
そうか、ここは死刑囚の死刑執行場所だったのか。
「この男はね、戦の混乱の中で、鬼の幼い子供を攫い人気のないところで子供に乱暴していたの。子供の内蔵はぐちゃぐちゃにされて、首を絞められて殺されていたわ」
「ひどい……」
「人間はね、鬼に対して残酷なの。鬼は人間ではないから何をしても良いという考えのものが多いのよ。だからこういうことがよく起こるの」
雪羅は一見淡々と冷静な様子で語ったが、拳は力強く握られ、瞳は怒りの炎を宿していた。
そんな雪羅に僕は何も言えなかった。
「殺してくれる?」
雪羅の紅い瞳が、僕を真っ直ぐに捕らえた。
こんな危険な男は、ここで殺してしまうのが後々の被害を考えると最善なのだろう。
死刑は所詮人殺し、殺人に殺人で返すことが、鬼と人との関係回復に繋がるとは思えないが、政治的なことは僕が口を出すことではない。
「雪羅、綺麗な服が汚れるといけないから離れていて」
「……ありがとう」
雪羅は、黙って後ろへ下がった。
僕は再度、刀を振り上げる。
目の前にいる男は卑劣な殺人者だとわかっている。
もし、現場を目撃することがあれば、間違いなくこいつを殺して子供を助けるだろう。
しかし、目で見たわけではないせいで、いまいち実感が湧かずに、振り下ろそうとする手が止まってしまう。
雪羅は、そんな腰抜けの僕に対して何も言わない。
殺せ 殺せ 殺せ 殺せ
振り下ろせ!!
僕の手は一向に動かすことができない。
ダメだ。考え方を変えなければ。
僕は目を閉じて、殺人鬼の気持ちを想像する。
何故この男は、強姦殺人を何回も続けたのだろう。
嫌な事なら連続で自らすることはない、捕まって裁かれるリスクを負ってまでやる程の楽しみがあったのだろう。
目の前のこの男を犯す気はさらさら無いが、殺すだけなら今できる。
殺人が楽しいかどうかを、今、試すことができる。
殺人は楽しい。
殺人は楽しい。
殺人は楽しい。
よし、これならいける。
僕の心の準備が整った。
僕は犯罪者の首に、思い切り柳葉刀を振り下ろした。
その時の僕の顔は、きっと笑っていたと思う。




