鰐戦
どれくらいここにいたのだろう。
体が休まり、また動き出そうと立ち上がった。
あまり休み過ぎるのは良くない。動く気力がすぐになくなってしまうからだ。
気力を一度無くしてしまえば、待っているのは"死"だ。私はまだ死ぬつもりはない。
来た道を戻り、別れ道を一つ左へ進んだ。
たまに妖に遭遇すれば倒し、行き止まりがあれば休憩し、先へ進んでいった。
そんな風に過ごしていたら、妖と戦うことにも大分慣れてきた。みんなと一緒に居た時では考えられないくらいの成長だ。
あの時は、勇者だと思っていたら掃除婦で、戦闘向きでない職業と聞いて意気消沈していた。
チート職業のみんなに嫉妬して、“どうせ私なんか”と思い、すぐに諦めて動こうとしていなかった。
鴇があんな風に怒るのも仕方なかったのかもしれない。
もし、生きて再会出来たら、みんなに謝ろう。
一人で妖しかいないこんな洞窟に放り出されて、誰にも頼れなくて、やっと少しは戦えるようになった。
ここを出る頃には私も戦力になれると思う。そしたら、みんなと今度こそ戦える。
そんな姿を夢見て、私は脱出を心に誓ったのだった。
※
しばらく歩いていると、川のせせらぎのような音が聞こえてきた。
地下水脈だろうか、疲れ切った私は水の音に吸い寄せられるように音のする方へと歩いていた。
先へ進むと、仄かだが明りが見えてきた、もしかして外なのではと期待に胸を踊らせながら一歩踏み出すと、そこには、川があり、緑があり、光が降り注いでいた。
しかし、出口などてはなく、手の届かない天井に出入り口のある、大きな窪地のような場所だった。
ここからの脱出を期待していただけに、少し気分が下がったが、場所としては良い場所である。
出られないのは残念だが、久しぶりに光を浴びることが出来て、とても気持ちがいい。
そこら辺には、草花も生えている。何か食べられるものはあるかな。
そろそろ、蔦の塩漬け以外のものも食べたい。
そうだ、魚。
川に魚はいないだろうかと思い、川の方を覗き込んだとき、鰐の妖と目が合った――。
「…………」
私と鰐はしばらく見つめ合う。
「失礼シマシター」
後退り振り返ると、そこにはすでにもう二匹の鰐がいらっしゃった。見つめ合った鰐も、川から出て私の方へ近付いていて、私は三匹の鰐に囲まれてしまっていた。
妖の鰐は、体長ニメートルはありそうな巨体で、目は横並びに三つついており、不揃いな牙が口から溢れ出すかのように存在していた。
あれに噛み付かれて、デスローリングされたら、とてもじゃないが生き残れないだろう。
逃げられたら逃げたいが、囲まれてしまって簡単に逃げられない。
(ならば……)
私は右手にスクイジを持ち、内一匹に向かって駆け出した。
水平にスクイジを持ち、その手を鰐に差し出す。
私の右手に噛みつこうとし、鰐が口を開けた瞬間、私はスクイジを垂直に持ち直した。
スクイジがつっかえ棒のようになり、一瞬鰐の口が開いたままになる。その隙をつき、以前手に入れた粘玉を鰐の口の中に放り込んだ。
粘玉には毒がある。
素肌が触れる程度なら問題ないが、体内に入ると致命的な毒となるだろう。
鴇が以前毒にやられ、瑠璃に治療してもらったことから、それは間違いない。
体内に粘玉を放り込まれた鰐は、一瞬のうちに毒に倒れ泡を吹いていた。
一匹倒したことによって、逃げる隙が出来た。
私はそこから抜け、一目散に元来た道へと逃げ出した。
妖の鰐が通常の鰐と同じ性質なら、陸上の敵は深く追わないはずだ。このまま走れば逃げ切れる——と思ったが、現実はそう甘くはない。
二匹の鰐は果敢にも、私を逃がすものかと追ってきた。
しかも、結構早い。
(来ないでーー!)
空洞を抜け洞窟に入り、複雑な道を行き、鰐達を撒く作戦に変更した。
右、左、右、右、左と複雑に曲がり角を曲がっていく――。
妖の鰐は、私とスピードが対して変わらないため、距離を離すことができず、どんなに複雑な道を逃げても、追いかけっこを終わらす決め手には至らなかった。
「ギャッ」
体がぐらりと揺れ、体勢を崩してしまう。どうやら足元の石に躓いてしまったようだ。
転びはしなかったが、体がよろけ、スピードが落ちてしまう。その隙に鰐の手が私の足へ伸び、鋭い爪が私のふくらはぎを抉った。
「っツ!!」
肉が裂け、血が飛び散る。
左足の燃えるような痛みに叫び出しそうになるが、今立ち止まったら完全に鰐の餌食になってしまう。道具袋の中には薬草があるが取り出して手当する暇は私にはない。
すぐに立て直し、痛む足を鞭打ち全速力で走り続けた。
目の前にある曲がり角を右に曲がったら、目の前に巨大な穴が道一杯に広がっていた。
とてもじゃないが、これを飛び越えて先に進むことはできない。
「最悪……」
落ちて逃げるか、迎え討つか。
目の前には、同じく角を曲がった鰐が、ジリジリと私に近付いてきている。
向かって右の鰐が、すぐさま私の方へ先に攻撃を仕掛けてきた。
こちらへ向かい、真っ直ぐに突進してくる。
私の方へ近付き、いざ飛び掛からんと踏み込んだ奴の足元に、液体洗剤を生成し出現させた。
鰐は突如出現した洗剤のせいで、思い切り滑ってしまい体勢を崩してしまった。
そして、飛び出す方向を誤り、私の背後の穴へと落ちていった。
これで一匹減った、後は残り一匹。
最後の鰐の妖は、私に対して警戒しているのか、無鉄砲に飛び掛ってくる様子はない。
お互い様子を伺い、緊迫した空気が流れる。
これは、一か八か仕掛けるしかない。
私は、もう一つの武器のシャンプーを出し、敵に向かって駆け出した。
最初に倒した鰐のような作戦で、シャンプーで口を固定し、開いた口に強力な洗剤を流し込んで隙を作る作戦だ。
敵に私の手を差し出すと、最後の鰐は口を開かずに回転し、尻尾で私の体を思い切り打ち付けた。
「がはぁっ!」
その反動で吹っ飛んだ私の体は、弧を描いて宙を舞い、背後にある大きな穴へと吸い込まれていった――。




