蔦責め
例の巨大蛙を倒した後、私はすぐに巻物を開いた。
巻物で自分のステータスを確認したところ、強めの妖を倒したお陰で私のレベルがそこそこ上がっていた。
掃除婦 伍
特技
雑巾拭き、箒掛け、モップ拭き、雑巾絞り
技
洗剤生成 肆、害虫駆除 弐、掃除人の底力 序
念願のモップを装備できるようになったようだが、ここでは手に入らないからあまり意味がない。
雑巾絞りという技に疑問を覚え、私は巻物のその部分に触れ詳しく調べると、雑巾をきっちり絞れるようになると説明があった。
雑巾だけでなんで刻む必要があるんだよ。一個にまとめろよと、私は呆れた。
洗剤生成のレベルが上がり変化があったのは、一度に生成できる量と早さが地味に上がったことだ。
害獣駆除はどうやら妖や動物を倒しやすくなるスキルで、これを持っていると攻撃が通りやすくなるらしい。
便利な能力きた。これはサバイバルに使えそうだ。
次に、新しく覚えた掃除人の底力の能力は……
掃除人の底力 序:異臭や異物に対しての嫌悪感が減る
これはもしかして、女としてどんどん残念になるってことかな……。
いや、ポジティブに考えなければ、私の紙みたいな精神が一つ強くなったのだ。
うんうん、決して女としての何かを捨てて行くスキルじゃないぞ。
“特技”の方はレベルが上がるにつれ覚えていき、“技”の方は使い込んだり経験したりして覚えるものなのだろう。
洞窟探索に行くにあたって、積極的に技を使って練度を上げないといけないな。
でも、まずは疲れたから少し休憩をしたい。死地をくぐり抜け、私は肉体的にも精神的にも疲弊していた。
休むにしても巨大蛙の死体をこのままにしておくと、屍臭につられて何か寄ってくる危険性が高い。無駄な危険因子を排除するためにも、私は休む前に遺体を片付けることにした。
ゴミ箱もないので、何でも入る道具袋にそのまま突っ込む。何かあった時に使えるかもしれないというもったいない精神も少しはあったかもしれない。
片付けが終わり落ち着く前に、私は服を全て脱ぎ全裸になった。
誰も見てないが、外で服を脱ぐのは恥ずかしく周囲を気にしながらゆっくりと脱いでいった。
脱ぎ終わると私は能力で大量に水を出し、簡易シャワーを浴びた。巨大蛙の胃の中にいたせいで、嘔吐物のような臭いが酷いためそれを洗い流したかったのだ。
洗剤生成で弱アルカリ性の濃度が低い洗剤を作り、それで体を洗う。オイルも欲しいが贅沢言ってられる状況ではないためこれで我慢する。
肌が多少カサつくことなど、異臭を纏ったまま探索して、その臭いにつられた敵が寄って来る事に比べたら大した問題ではない。
そのまま着ていた服もゴシゴシと洗って、陽が当たる場所の岩の上に置いて干した。
バケツを逆さまにしてその上に座り、服が乾くのを待ちながら休憩に入った。
こんなところで全裸で佇めるなんて、これも掃除人の底力のスキルのお陰なのか、はたまた自分の神経が死地を潜り抜けて図太くなったのか……
どうせこんな場所には誰もこないだろうし、気にしていたって仕方ない。
その後私は疲れたせいか、無防備にも膝にうつ伏せする体勢で裸のままうたた寝してしまった。
※
「ひぃっ!!」
悪夢をみて心地良い居眠りから目が覚めてしまった。
夢の内容は、私のお墓が作られ、みんなが私のお墓の前で合掌してるという、とても恐ろしいものだった。
縁起が悪いことこの上ない。こんな夢すぐに忘れてしまおう……。
干していた作業服が乾いたため、早速それを着て全裸タイム終了だ。
探索へ行く前にもう一度、ステータスを確認しようと思い巻物を確認したところ、またレベルが上がっていた。
「あれ? 何かしたっけ??」
己の行動を振り返り、巨大蛙の死体を片したり、自分の服を洗った事を思い出した。
掃除婦 漆
特技
雑巾拭き、箒掛け、モップ拭き、雑巾絞り、モップ絞り
技
洗剤生成 伍、害虫駆除 弐、掃除人の底力 弐、洗濯人 序 死体処理 弐
洗濯人はそのまま洗濯が得意になるスキル、死体処理は死体を上手く片付けることができるスキルのようだ。
モップ絞りはモップを固く絞れるようになるようだ。
(何故、絞るのと使うので特技を分けるのか)
今、一瞬、こんな発想をしそうな知り合いの顔が浮かんだが、彼は関係ないだろう。何せこの異世界に彼は来ていないのだから。
一通りの確認も済み、深呼吸をし、この場所から先へ行く覚悟を決めた。
武器として使っていた箒は折ってしまったため、濡れた雑巾を武器の代わりにした。
使えるかはわからないけれどないよりかはマシなはずだ。
準備が整ったため、ゆっくりと横穴から中の様子を伺った。
どうやら妖の類は近くにはいなさそうだ。
暗い洞窟の中に一歩踏み出し、私はゆっくりと歩き出した。
明かりがない割に、私の視界ははっきりとしている。
どうやら掃除婦の職業の特徴に、暗いところでも掃除ができるようにと、“暗視”のような能力がデフォルトで備わっていると巻物で見た。
これなら洞窟探索での視界は心配する必要はなさそうだ。
暗い洞窟を道なりに進んで行くと分かれ道に出くわした。
私は分かれ道は必ず右を選ぶことに決めた。途中で道がわからなくなっても困るので、法則性を持たせたかったからだ。それから毎回別れ道は右を選び続けた。
しばらく歩いたが特に何も起こらず、平和な時間が続くと、途端に空腹が気になり出した。
(そういえば、お腹が空いたなー)
蛙は洗剤まみれにしてしまったから食べられないし、なにか食べられそうな妖か動物出てこないかな。
野菜の方が好きだけど、植物はさすがにこんな洞窟の奥には生えてないだろう……と、思った矢先、植物の蔦のようなものを発見した。
緑色で人の腕くらいの太さのある蔦が洞窟の壁に張り巡らされている。
どう見てもただの草だが、食べられない事はないはずだ。これからの事も考えて栄養は取れる時に取っておいた方がいいだろう。
私がその蔦をいただこうと、手を伸ばした瞬間――
「えっ?」
その蔦は触手のように動き出し、私のことを締め上げた。
「ちょ、離せっ、この!!」
蔦を叩いてもビクともしない。
こんな暗い洞窟に緑色の植物があることに違和感を覚えるべきだった。
腹が減り、まともな判断が出来てなかった己を恨む。
蔦が四方八方から私の身体へ伸びてきて、四肢に絡みついた。じわじわと私の身体を蔦が這っていく。その蔦の一つは股の間を這い、別の蔦が私の首を締め上げた。
「はっ……ぐぅ……」
私は目を何とか開き、蔦の先を見遣る。蔦の先に本体のような存在を確認できた。
本体はウツボカズラを巨大にしたような姿をしている。壺のような形の本体に、獲物を生け捕りにして食べているのだろうか。
(この形なら……)
私は壺形の本体の上に、洗剤生成で大量に酸性洗剤を生成しぶち込んでやった。
壺の中に目一杯の洗剤が入ると、本体は茶色く変色し、そのままくたっと頭を垂れた。敵は絶命したようだ。私を掴んでいた蔦が緩み、解ける。
敵と私の能力の相性が良かったお陰で、今回は楽に倒すことができたようだ。
無事倒せた事を確認し、今度こそ蔦をいただこうと手近な蔦を適当なサイズに千切った。
生野菜にはドレッシングが欲しいが贅沢は言ってられない。
せめて洗剤の成分抽出してなんとか塩化ナトリウム作れないだろうかと思うが、何の道具もないこの状況では不可能だという結論に至った。
だが、いざとなるとこんな化け物食べられるのだろうかというネガティブな考えが頭を過る。しかし、食べて栄養を取らなければ死んでしまうこの状況を考えると、食べる以外の選択肢はないと脳は答えを導き出した。
私は水を生成し、蔦を洗って泥や土埃をよく洗い落とす。綺麗に落ちたのを確認し、私は大きく口を開けた。
「いただきまーす」
私は蔦の妖に口をつけ、嚙み千切った。
青臭い
苦い
美味しくない
それが、蔦の妖を食べた味の感想だ。
せめて塩が欲しい。もしくは、火で炙りたい。
火か……、私でも火を起こすことは可能なのだろうか。
私は魔法が使えるようにならなそうだし、かといってサバイバルの知識もないし。
私の持っている洗剤生成を応用して発火というのは無理だろうか……少し考えるがまったく思いつかない。
友達に誘われて入った化学部の活動は掃除好きの部長の意向により、学校の掃除活動がメインで化学部としての標準的な活動は一切していなかった。
もっと真面目に化学の勉強をしていれば、今ある力を使って火を起こすこともできたのだろうか。後悔先に立たずだが、歯噛みしてしまう。
火が現状無理と考えると生肉は危険そうだから、草類を中心に食べた方がいいのかもしれない。でも、草も毒草とかあるか……今食べているこいつ大丈夫だったかな。
蔦の妖は生き物が寄ってきて、それを生け捕りにするタイプのようだから、本体そのものに寄せ付ける必要がある。そう考えると蔦には毒はないと思う。特に今も何ともないし。
蔦の妖はそこそこ大きいし、洗剤まみれの本体から蔦の部分だけブチブチと引っこ抜き、簡易携帯食料にすることにした。
本体と蔦をそれぞれ道具袋に突っ込んだ。
洗剤まみれの食べられない部分を袋にしまったのは、掃除扱いになって経験値が貰えるからだ。
私の場合、戦うより掃除した方が経験値効率はいいのである。
今の戦いと掃除でどれくらい強くなったか、巻物を確認した。
掃除婦 拾
特技
雑巾拭き、箒掛け、モップ拭き、雑巾絞り、モップ絞り、窓掃除
技
洗剤生成 陸、害虫駆除 弐、掃除人の底力 弐、洗濯人 序、死体処理 弐、草刈り 壱
窓拭きのスキルか、この世界に窓なんてあったの見た事ないけれど。
草刈りは、名前そのまま植物系に対して強くなるスキルらしい、このスキルのお陰か、洗剤生成の中に除草剤と塩が追加された。
“塩”だと……
あー、もっと早く巻物見ておけばよかった。
そしたら、蔦に塩掛けて食べられたのに。
除草で塩か……。
雑草対策には塩がいいと言うけど、親には塩はあまり使わない方がいいって言われたな。
なんでも塩害があるとか。
腹ごしらえも完了し、元気も戻ってきた。私は"よし"と気合を入れ、先へと急いだ。
こんな所出来れば長居はしたくないのだ。出口を見つけるため私は一歩を踏み出した。
洞窟を進んで行くと、ついに袋小路にぶつかった。
一個前の別れ道に戻ろうとすると、視界の隅になにやら箱があるのが見えた。
袋小路の方へ戻り、奥をよく見ると玉手箱のような箱が置いてあった。
「なんだこれ」
どう見ても人が置いていったものだろう。
ということは、ここら辺は人通りがあるってことかな……?
中身がなんであろうと、最低限この箱は使えそうだ。蔦と塩を入れれば塩漬けが出来る。
ミミックとか言うオチはないよね、そしたら戦えばいいだけか。
なるようになれと、私は迷わず箱を開けた。
「ん?」
中に入っていたのは、T字型の物体が二つ。
一つは、素材が金属のようなもので先端にゴムが付いているもの、もう一つは全体的に太めで、持ち手以外が毛のようなもので覆われている。
あれ、これ見た事あるぞ、確か窓掃除で使う奴じゃないかな。
二つの物体に対して巻物を照らす。こうする事で巻物のアイテムの詳細が表示されるのだ。
なに、なに?
スクイジー(ゴムの方)、シャンプー(毛の方)
清掃用装備品。
窓掃除で活躍する優れもの。
バケツと乾いたタオルも要用意。
他の道具まで要求してくるのかよ。あるからいいけど。
スクイジーとシャンプーを取り出すと、その下にベルトと筒が置いてあった。
ベルトを腰に装着し、筒の中にスクイジーとシャンプーを入れる。
すごい、しっくりくる。窓掃除の特技があるから装備は問題なくできるらしい。
そういえば、ダンジョン内には隠された装備品があると、夕霧に聞きたけどこれがそれか。けど何故掃除人用の装備品がさも剣や杖のような武器が如くこんな所にあるのだろうか。
考えるが答えなど出ない。この世界の仕組み自体よくわかってないのだから当たり前だ。
今回手に入れた道具が武器として使えるか微妙だけど、ないよりはマシなはず。
装備を完了させ、その後は、箱を水と洗剤で洗って、その中に蔦と塩を入れて塩漬けを作った。
これで、ある程度はマシな食事になるだろう。
一通りの作業が完了し、再度別れ道まで引き返し、先へ進んだ。
スクイジーとシャンプーは、両手で持つとトンファーのようで見た目武器っぽい。弱い妖出てきたら、これで戦ってみたいなと心をワクワクとさせた。
鼻歌交じりに先へ進むと、目の前に粘玉が現れた。
こいつは異世界に来た時に初めて出会った妖だ。単品でなら掃除婦の私でも楽勝に倒せた妖である。
ただ、確かこいつは集団行動をして、敵を倒す妖だったはずだ。群れで来られると中々厄介である。
様子を見るために後ずさると、目の前にいた粘玉が突如として消えた。
(ん? どこに行った?)
奴がいたところを凝視し、近付こうとした時だった。
巨大な粘玉が陰からゆっくりと現れた。
先ほど消えたと思った粘玉はどうやらこいつに吸収されたらしい。
粘玉Aがなかまをよんだ粘玉Bが現れた……なんと粘玉たちが合体して……ってシーンを思わず想像してしまう。
巨大粘玉は私へ気がつき、獲物を狩らんと襲いかかってきた。
巨体には相応しくない速さでこちらへ近づいてくる。
体育2の私のスピードでは、逃げ切ることは不可能だろう。
ならば、迎え討つまで!!!
※※※※
迫り来る粘玉を、ギリギリのタイミングで避ける。
しかし、反動で洞窟の壁にぶつかり、背中を思い切り打ち付けてしまった。一瞬飛ぶ意識を鞭打ち、目の前の敵を視界に捉える。
敵は既に眼前まで近づき、避ける間もない。私は咄嗟にスクイジーを出し、それで敵を受けた。
何とか持ち堪えるが、相手の力の方が格段に強い為、力に押され、目と鼻の先まで敵が迫ってきている。
もう、ダメだ……!! 堪えられない!!
※※※※
と、いったやり取りはまったくなく、こちらに全速力で突進してきた巨大粘玉の頭上に大量に塩を生成し、お見舞いしてやった。
塩に水分を吸われ、急激に萎んでいく巨大粘玉。
私の足下には、通常サイズまで縮んでしまった粘玉がいる。
私はそれに水生成で水分を足してやり、生け捕り状態で道具袋の中につっこんだ。何かに使えるかもしれないしね。
粘玉は水分が主な成分だと言う事は、一見しただけでわかる。だったら塩をかけるまでだ。
案の定巨大粘玉は小さくなり、何の脅威にもならない姿にまで成り下がった。
楽に倒せて良かった。塩のお陰だね。
私は、何事もなかったように先に進むと、ここも行き止まりだった。
少し疲れたから、この袋小路で少し休むか。
周囲を緊張しながら進むのはやはり疲れる。
「あー、お布団で寝たいなー」
平和な日本が懐かしい。
家に帰れば、ご飯が食べられて、安全な部屋で眠る事ができる。
「帰りたいな……」
私は、冷たい壁にもたれ掛かり、天井を仰いでため息をついた。




