朝
目が覚めると日は完全に昇りきっていた。
上体を起こし、伸びをしてから立ち上がる。身支度を整え外に出ると、広場の方角から誰かが口論するような聞こえた。
「喧嘩? まさか……」
声の判別はできないが、鴇と渡が言い争っているのではないかと焦り、私は急いで広場へと向かった。そして現場へ着き深く後悔したのだった。
突撃せずに、まずは陰からこっそりと様子を伺うべきだったのだ。
だってそこに居たのは、この世界でなるべく会いたくないあの男だったのだから。
「ああ、柚子葉さん、お久しぶりです」
「桃次郎さ……ん?」
桃次郎が私の方へ駆け寄ろうとするのを渡が首根っこを掴んで阻止をした。
そして、ぶん投げた。
「何をする! 鳥塚!」
「お前は少し大人しくしていろ」
「貴様に僕を拘束する権利はない」
「拙者はお前の上長でござる」
「僕は姫様の命令以外聞く気はない」
「はい! そこで一旦終了」
火花を散らしながら睨み合う二人の間に私は無理矢理割り込んだ。このままでは話が進まない。
「渡、おはよう。桃次郎さん、お久しぶりです。それと、犬護さん、申治さん、雉歌さんも」
少し離れたところで疲れた顔をしながら控えている桃次郎のお供は、名前を呼ばれて力なく笑った。
桃次郎のお供三人はどこかやつれており、肌にツヤもなく頬もこけていた。
「桃次郎さん、お供の皆さんは体調が悪そうですが大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「でも、すごく体調が悪そうですよ?」
「大丈夫です」
桃次郎はお供を一瞥もせずに言い放った。ここまではっきり言われてしまうと何も言えなくなる。
私が心配そうにお供の三人を見ていると、渡に声を掛けられた。
「柚子葉、体調はどうでござるか?」
「大丈夫だよ、ありがとう。渡は?」
「拙者は問題ない」
問題ないとは言っても疲れてはいるはずだ。後で移動する時は小さくなってもらい休んでいてもらおう。
「桃次郎さんはどうしてここに?」
「僕は姫の命令で突然『こんな辺鄙なところに村があるから取り敢えずここに行け』と言われて来ただけです」
「そうだったのですね、お疲れ様です」
「確かに夜通し死体の片づけをされて苦労しましたが、柚子葉さんに会えたのですっかり気分は回復しまし……ぬわぁっ」
私の目の前まで迫って来た桃次郎を、渡が再度ぶん投げた。
渡は再度私から離れたところに飛ばされる桃次郎を、ザマァ見ろと言わんばかりに忌々し気に鼻で笑った。
「渡、そう言えば鴇君見なかった?」
「ああ……、そういえば見てないでござるな」
「そっか、まだ村からは出ていないと思うのだけど。ちょっと探してみるね」
私は鴇の影を探すように、その場でぐるり周囲を見渡した。そこで、先程までいた桃次郎のお供の姿が見えなくなっている事に気が付いた。
「桃次郎さん、お供の方々の姿が見えないようですが」
「ああ、本当だ」
桃次郎は然したる関心もないようで、気のない返事だけした。
「あいつらなら大丈夫でしょう。必要ならば呼べばいいですし、そうすればすぐに戻ってきますから」
「そうなのですか?」
「下僕ですから」
相変わらず桃次郎は、己のお供達に人権がないかのような扱いをしているようだ。
桃次郎はある条件さえ揃えば他人を意のままに操る能力があると聞いた。あの三人はその条件に合致してしまったがために桃次郎の下で無理矢理働かされているのだろうか。
職業選択の自由を奪われたのならば可哀想だし、もし辛い思いをしているのであればどうにか助けて上げたいのだが、彼等三人とだけ話せる機会が中々ないのが悩みだ。
「それじゃあ、私は鴇君のところに行くから」
私は着いて来ようとする桃次郎をかわしながらその場を離れた。
お屋敷から広場までの道すがらすれ違わなかったということは屋敷には戻っていなさそうだ。
私が鴇の名を呼びながら村の中を一通り歩き回っていたところ、村の北端から人が会話をする声が聞こえてきた。
「鴇君?」
声のする方へゆっくりと歩いていくと、人影が見えた。
村のはずれにある小屋の前で、鴇と桃次郎のお供三人が集まっているようだ。
珍しい組み合わせだ。険悪な雰囲気はなく和気藹々としている。
「あなたは恩人です!」
犬護が木の器を手に持ちながら、鴇の事を神を見るような輝いた目で見ていた。
雉歌と申治も同じように鴇を見ている。
この短い間に何があったと言うのだろうか。
「鴇君……?」
入っていいのかわからず、様子を伺うように私は彼等に話掛けた。
「唐金」
鴇は彼等をその場に待たせ、私の方へ小走りで近付いてきた。
「鴇君、この状況は?」
「えーっと、ループの前に実はこいつらとちょっと会ったことがあって、その時も吉備団子しか食べてないって言うから食事を分け与えたことがあったんだ」
「そんな事があったんだ」
「ああ、それで今回も飢えていそうだったから、村に余っていた食料を分けてやった」
余程今までが辛かったのだろう、三人は鴇を救世主を見るような目で見ている。
三人からは先ほどの陰鬱な空気は感じられず、血色が戻ってきていた。
具合が悪そうに見えたのは空腹のせいだったのだろうか。ただの干飯にお湯をかけ梅干しを乗せただけの食事を、彼等はご馳走のように有難がっていた。
そして、食事の後になると腹が膨れて思考が冷静になったのか、犬護が怒りの表情で握り拳を作った。
「桃次郎め……俺たちを奴隷のように扱き使いやがって」
犬護は口端から牙を覗かせながらぐるると呻るように言った。
「そうよ! 許せないわ」
雉歌は立ち上がり、ケンケンと鳴いた。
「でも、僕達はあいつに仕返しはできない」
申治は背中を丸めて、小さくなった。
私は彼等の前にしゃがみ込み、彼等と目線を合わせた。
「申治君、それはどういうことか教えて貰ってもいいかな?」
「うん」
周囲を見て桃次郎が居ない事を確認すると、彼の能力について申治は語り始めた。
「あいつは僕達に必ず命令を下す事ができるんだ。そういう能力を持っている」
「能力?」
そこまで言ってもいいのか一瞬言い淀んだ申治に続き、犬護が続きを答えた。
「犬、猿、鳥にちなんだ名前を持っている物を桃次郎は自由に命令を下す事が出来るのです。どうやらそれ以外にも命令を下すための何か条件があるようですがそこまでは……」
犬護は犬、申治は猿、雉歌は雉。確かに皆名前に動物の漢字が入っている。
「お前達は嫌々あいつの元に居るってことか?」
正義感の強い鴇の心に火がついたのか、彼の瞳に力が篭った。
雉歌が今度は答える。
「今までは気にもしていませんでした。ただ食事もまともにさせてもらっていませんでしたので、それが奴隷のような扱いだったなとたった今自覚したところですので……」
「そうか」
鴇はその言葉を受け、何か決意をしたようだった。
「俺が桃次郎にお前らを解放できるか交渉してやる」
鴇は胸を張り、お供達は歓喜した。
そして、私はどこか他人事のように彼等を応援した。




